知りませんでした side雪音
六華に拒絶された日から私は、ずっと同じことを考えていた。
どうしたら六華ともとの関係に戻れるのか、私にとって何が一番大切なのか。
しかし、いくら考えても私は必ずある所で考えが躓いてしまう。
それは、六華と友達のどちらが大切なのかという点だ。
今回の発端となった瀬名君だけならば、私は迷わず関係を切れるだろう。
ただ、ことはそう簡単にはいかない。瀬名君は私以外の友人たちとも仲が良いため、彼と関係を切ろうとすれば、私は周りからも距離を置かれる可能性がある。
それは友人も大切にしたいと思う私にとってはとても耐えられそうにはないことだった。
そんな堂々巡りを繰り返していくうちに、夜はほとんど眠れなくなり、自分でもわかるほどに顔色が悪くなっていく。
学校にいる間は何とかメイクで誤魔化そうとするが、やはり同性である雫たちには気づかれるし、それによって男の子たちにも心配され始める。
その中にはことの発端となった瀬名君もいるが、私としては関わってほしくなかった。
でも、他の子たちは私が彼を振ったことを知らないのか、いつものように二人きりにしようとしてくる。
私はそれがたまらなく嫌で、何とか雫にだけはそばにいてもらうようにしたし、彼女も私のことを一人にしないよう行動してくれた。
それでも瀬名君は諦めることなく私に近づこうとしてきて、終いには私が頑張って六華に話しかけに行こうとしても邪魔をしてくる。
私は六華と話して、何とか今の拗れてしまった関係をもとに戻すための機会を得ようと、最後の手段に出ることにした。
金曜日の放課後、私は求めていた人物が来るのを校門前で待つ。
しばらくすると、その人は明るい金髪を揺らしながら少しだけ楽しそうに歩いてきた。
私はこのチャンスを逃さないため、すぐに駆け寄り声をかける。
「葛飾さん」
「ん?あぁ、雪音さんか。どしたん?」
「突然ごめんね。少しだけ付き合ってもらえる?」
「……わかった」
葛飾さんはしばらくの間私のことをじっと見つめると、真剣な表情をしながら了承してくれた。
そして、私たちは校門前から離れ、近くのハンバーガーショップへと向かう。
「何か食べる?」
「私はいいかな。葛飾さんは?」
「私はチョコパイでも食べようかな」
彼女はそう言うと、チョコパイと飲み物を注文して空いている席へと向かう。
私もそれについていき、彼女の向かい側の席に座った。
「それで?私に何のようなの?」
「単刀直入に言うけど、私と六華が話す機会を作ってほしいの」
「なんで?」
「私たち、今ちょっと喧嘩みたいになってて、ちゃんと話したいの」
「ふーん。雪音さんは六華と何が話したいの?話してどうするの?」
葛飾さんからの質問は、私がここ数日の間ずっと悩んでいたことだった。
でも、やはりいくら考えても私がどうしたいのかが分からなかった。
「わからない。でも、とにかく話して何とかしないと…」
「なるほどね。…そんな曖昧な状態であいつにあったら、次こそ捨てられるよ」
私は捨てられると言う言葉を聞いた瞬間、思考が完全に止まる。
「捨て、られる?どういうこと?」
「雪音さん。あなたには中学時代、困っていた時に助けてもらった恩がある。
でも、私にとってはあなたよりもあいつの方が大切なんだ。
それに、雪音さんはあいつのことをほとんど理解していないし、自分がどうしたいのかも分かっていない。
そんなあなたが今の六華に会っても、あいつを怒らせるだけだよ」
私が六華のことを理解していない。その一言が私の心に容赦なく突き刺さる。
私は六華の彼女で、付き合ったのはまだ半年ほどだが、中学三年の時には友人としてよく遊んでいた。
そんな私が彼女のことを理解していないと言われれば、さすがに怒りが湧いてくる。
「なら!あなたは私よりも六華に詳しいって言うの!!」
「少なくとも、雪音さんと付き合う前のあいつのことなら、私はあなたよりも知ってるよ。
そうだね…例えば、あいつが可愛い物が好きなのは知ってるよね」
「知ってるよ」
「なら、あなたと関わる前まではスカートが好きだったことは?」
「…え?」
私は葛飾さんから言われた言葉をすぐに理解する事が出来なかった。
だって六華は、私と一緒にいる時はいつもズボンで、スカートを私服で履いているところなど見たことが無かった。
「やっぱり知らないよね。あいつはあなたと友達になる前まではスカートが好きでよく履いていたし、髪を短くしたのもあなたと遊ぶようになってからだ。
それにあいつは大の猫好きで、よく野良猫を見つけては可愛がっていたし、あなたほどではないけど、クラスでは人気な方で友達も今よりずっと多かった」
葛飾さんから言われたことは、どれも私の知らない事だらけだった。
ただ、髪についてだけは、六華と同じクラスになったばかりの頃を思い出してみると、確かに綺麗な黒髪を伸ばしていた気がする。
「じ、じゃあ、何で今は…」
「全てあなたのためだよ。スカートを履かなくなったのは、あなたが変な輩に絡まれた時すぐに走って駆けつけられるように。
髪を切ったのは、少しでも男っぽく見せて周りを牽制するため。
猫については、あなたが猫アレルギーだって知ったから、それ以来猫が好きだという事実をずっと隠してる。
それに、今あまり友達がいないのは、雪音さんと付き合ったことであなたを不安にさせないためだ。
だから異性との関わりは完璧に絶ったし、スキンシップの激しい同性とも距離を置くようになった。
結果残ったのが、私を含めたほんの数人のみで、今もあいつの友達でいられてるってわけ」
六華の知らなかったことを次々と知らされ、私の頭はどんどん混乱していく。
「確かにこれはあいつが勝手に決めてやってる事だし、あなたには一切責任はない。
でも、あいつはそれだけあなたを本気で愛していたし、他の何を切り捨ててでも優先したいものだった。
そんな大切な存在が、知らない男に抱きしめられているのを見たらどうだろう。…それが今の結果なんだよ」
私は最後まで聞かされて、もはや言葉を発することができなかった。
あまりにも重くて歪んだ六華の愛。それを知ってしまった私は、改めて自分のことを考えてみる。
私は果たして、逆の立場になった時に同じことができるだろうか。…いや、きっと出来ないだろう。そのせいで今もこうして六華と友人の間で悩んでいるのだから。
「あいつがあなたに向けている愛はかなり一方的だし重いものだよ。もし耐えられそうにないなら、良い機会だし別れるって手もあるんじゃないかな。
多分あいつも覚悟はできてると思う。あとはあなたが自分で決めるだけだ」
葛飾さんは最後にそう言うと、チョコパイを食べ切って帰って行った。
その後、私は家に帰ってきてから、先ほど聞いた話について考える。
確かに葛飾さんの言う通り、彼女の行動は一方的なものであり、重く歪んだ愛からくるものだ。
ただ、根本にあるのは私を好きだと、愛しているという感情のみ。
「六華はずっと、ずっと私だけを愛してくれていたんだね…」
私に足りないものは、きっと覚悟なのだろう。一般的に考えるなら、友人と恋人のどちらかのみを選ぶなんてことは間違えているし、どちらも大切にしていくのが普通だ。
現に、周りにいる人は恋人と私たち友人との関係を両方とも大切にしている人たちばかりだ。
ただ、私の恋人はそうじゃない。友人よりも、好きなものよりも私を優先する。
そんな人と付き合っていくのなら、生半可な覚悟じゃ無理だ。
「別れるなら良い機会…ね」
私がどうしたいのかはまだ分からない。ただ、今は無性に六華に会いたくて、彼女のことだけを考える。
「会いに行ってみようかな」
彼女の家は、高校に入学したての頃に何度か行ったことがあるので場所は分かる。
「明日行ってみよう」
そう決心した私は、明日に備えて早めにベットに入り、すぐに眠りにつくのであった。
翌日。起きて朝食を食べた私は、部屋の片付けなどをしたあとに出かける支度を済ませると、14時前には家を出る。
六華の家までは30分ほどかかるので、近くで何か手土産を買っていくつもりだ。
近くのケーキ屋さんに来た私は、六華とご家族ようにケーキを選んでいく。
「六華は甘いのが好きだから苺のショートケーキかな。ご両親は何が好きか分からないけど、とりあえずモンブランとチョコケーキにして、予備でミルフィーユも買っておこうかな」
4つのケーキを買った私は、スマホで時間を確認すると、すでに14時30分になっており、私はケーキを揺らさない程度に急いで駅へと向かった。
なんとか予定通りに六華の家の近くまで来れた私は、どうやって六華にあってもらうかを考える。
「普通に行けば、お母さんとかが入れてくれるかな。でも、会ったとして話くれるかはわからないよね…」
そうして、六華の家が見えるところまで来た時、家の前に人影が現れた。
「あれは…六華だ」
私は急いで彼女のもとへ向かい、何とか話してもらおうと足を踏み出した。
しかし、六華の後ろからもう一人、家の中から人が出てきたことに気づいた瞬間歩みを止める。
「あの子は」
そこにいたのは以前、昼休みの時に六華にお弁当を渡していた子で、私が一番嫉妬した相手だった。
「あの子がどうして六華の家から」
私は何が起きているのか分からず、ただその光景を眺めていることしかできなかった。
六華とあの子は楽しそうに話したあと、六華が彼女に顔を近づけていく。
死角になっていたのでしっかりと見えたわけではないが、あれはどう見ても頬にキスをしているようにしか見えなかった。
私は一歩後ずさると、今見た光景を受け入れることができず、ケーキを持っていることも忘れて走りだした。
近くの公園に来た私は、ベンチに座りながら先ほど見たこと、葛飾さんに言われたことを思い出す。
「捨てられる?…私が、六華に?あの女に六華を取られるってこと?」
そんな未来を想像しただけで、これまで感じたことのない怒りが湧いてくる。
「認めない。絶対に私は認めないから…」
私はベンチから立ち上がると、走ったせいでぐちゃぐちゃになったケーキをゴミ箱に捨て、家へと向かって歩き出す。
「六華は私だけのものだよ」
この時、私の中で友人と六華の間で揺れていた天秤が一気に六華の方に傾く。
覚悟は決まった。あとは実行に移して六華に私の覚悟を見せつけるだけだ。
「待ってて、六華。必ずそこまでいくから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327
※私は基本、食べ物を残したり捨てることに罪悪感を感じるのですが、雪音の心境の変化を表すため、罪悪感に耐えながらケーキを捨てました。
ケーキ、作ってくれた人、ごめんね…
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