最悪です side雪音
風邪を引いて寝込んだ日から一週間は本当に幸せだった。
六華と私は、毎日のように一緒に帰っていたし、人気のないところに行けばどちらからともなくたくさんキスをした。
時には近くに人がいてもキスをしたが、バレるかもしれないというスリルかがとても楽しく、私からキスをすることも多かった。
しかし、一週間が過ぎたあたりから友達に誘われることが多くなり、断ろうとしてもなかなか断れず、少しずつ六華との距離が離れていった。
そして、何故かいつも気づけば周りに人はおらず、一人の男の子と二人きりにされることが多かった。
二人きりになるなら六華の方が良いが、ここで帰るのも相手に失礼だと思い、仕方なく最後まで付き合う。
放課後。今日も私はいつもの彼、瀬名隼人君に勉強を教える。六華には放課後にメッセージで一緒に帰れないことを伝えて先に帰ってもらったが、私の心は彼女と一緒に帰りたかったと強く訴える。
そのことが顔に出ないよう必死になって笑顔を作り、瀬名君の質問に答えて行く。
「ここの問題はこうやって…」
「あぁ、なるほど。じゃあこっちも?」
「そうそう!」
一緒に勉強するなら六華とやりたかったが、考えるだけ無駄なことなので、無難に褒めながら対応して行く。
「瀬名君は飲み込みが早いね!」
「いやいや、朝比奈さんの教え方が良いからさ。おかげで次のテストはいつもより良い点が取れそうだよ」
「そんな事ないよー。お互いテストに向けて頑張ろうね!」
私はそう言うと、瀬名君の相手はそこそこに、六華のことを考えながら対応していった。
六華と一緒にいられなくなってから二週間が経った頃、私にとってこの上なく不快な事件が起きる。
その日の放課後は、いつものように友人たちに連れられて図書室に来ていた。
私たちはテストも近いことから、今日はみんなで勉強をしていたのだが、一人、また一人と何かしらの用事で帰って行く。
そして、残ったのはいつものように私と瀬名君だけになった。
勉強を終えた後、私たちは図書室を出て廊下を歩く。
瀬名君はいろいろな話をしてくれるので、一緒にいるのは楽しいのだが、妙に女慣れしてる気がしてあまり好きではない。
しばらく歩いていると、瀬名君は何を思ったのか突然立ち止まり、道を塞ぐように向かい合ってきた。
「どうしたの?このままだと帰れ…」
私が帰れないよ、と言おうとした瞬間、瀬名君が私に近づいてきて抱きしめられた。
何が起こったのか理解できなかった私は、すぐに抵抗することが出来ず、抱きしめられ続ける。
「朝比奈さん。俺、君のことが好きなんだ。もし良かったら、俺と付き合ってくれないか」
「やめてよ!」
そう耳元で囁く声は非常に不愉快で気持ち悪く、私は思わず彼を突き飛ばす。
六華にされた時は幸福に満ちた行為でも、興味もない人にこんな事をされるのは気持ち悪くて仕方ない。
「…え?」
瀬名君は私に拒絶されたことが理解できないのか、しばらく呆然としている。
私はその隙に逃げるように昇降口まで行くと、急いで靴を履き替えて家へと走って帰った。
家に帰った私は、すぐにお風呂に入って汚れを落とそうとする。
しかし、何度体を洗っても抱きしめられた時の不快感は無くならず、次第に涙が流れてくる。
「うぅ…。りっかぁ。私どうしたら…」
六華に抱きしめられ、彼女の匂いをたくさんつけてきた制服も、今では他の人に抱きしめられたことで気持ち悪くて仕方がない。
もう瀬名君とは関わりたくないが、彼は私以外の他の子たちとも仲が良いため、彼を避けてみんなと一緒にいることは出来ない。
だから私は、これからも我慢して生活して行くしか無いわけだが、せめて六華にだけは告白されたこと、そしてちゃんと断った事を伝えるべきだと思った。
いつ一緒に帰れるかは分からないが、次一緒に帰った時にはちゃんと伝えようと決心し、私はお風呂から出た。
それから数日後、ようやく六華と一緒に帰れる日が来た。
この数日間は、振ったにもかかわらず瀬名君がしつこく、また友人たちも何かと私たちを二人きりにしようとするので一緒に帰れなかったのだ。
しかし、久しぶりに一緒に帰れるのに六華はずっと黙ったままで、私は彼女の雰囲気に呑まれて話しかけることが出来なかった。
それでもこの間あった事を彼女に伝えると決めていた私は、勇気を出して話しかける。
「六華、この後なんだけど…」
「なに」
返事はしてくれるが、六華は私のことを一切見てくれず、言葉にも私に興味がないと言うかのように冷たい。
「ち、近くのカフェに寄って、久しぶり話さない?」
「そうだね。いいよ」
六華が了承してくれたので、私たちはカフェへと向かって無言のまま歩いて行く。
しかし、カフェに入ってからも私たちは険悪なままで、前までどうやって話していたのかを忘れてしまったかのように話せずにいた。
それでも、このままではダメだと気持ちを切り替え、話そうと思っていたことを伝える。
「あの、六華。実は…」
「なに」
「ごめんね、六華。私、告白されちゃった…」
なんとか絞り出すように言えたその言葉は、今にも消えそうなほど小さな声だったと思う。
私はちゃんと六華に聞こえていたことを願いながら、気にしなくて良いと、私がいるから断ったよねと言って許してくれると思っていた。
「ふーん。…で?」
しかし、彼女から返ってきたのは聞いたことのないほど冷たい声だった。
「で、でも!ちゃんと断ったから!私は六華の彼女だし、他の人になんか興味ないもん!」
私は慌てて断ったこと、自分は六華の彼女であり、他の人には興味がないことを頑張って伝える。
「そう。まぁ、話は分かったよ」
その一言を受け、私は僅かな希望を持つ。またいつもの優しい六華に戻ってくれること。またいつものように私をたくさん愛してくれること。二週間前までのあの幸せな日々に戻ってくれることをひたすら祈った。
「じ、じゃあ!」
しかし、現実とはとても残酷なもので、次に言われた言葉に私は絶望する。
「でもさ、私見たんだよね。雪音が抱きしめられてるところ」
「…え?」
最初、彼女が何のことを言っているのか分からなかったが、抱きしめられているところと言われてあの時のことを思い出す。
それと同時に、あれを六華に見られてしまったという事実が私の心を抉る。
「みて、たの?」
「バッチリとね」
「違うの!あれは瀬名君が突然抱きしめてきたからびっくりしただけで、すぐにやめてもらったよ!」
私はあの時のことを必死で否定するが、六華の雰囲気が変わることはなかった。
「そうなんだ。…でもね、雪音。ぶっちゃけ、そうなった経緯とかはどうでもいいんだ。
私が許せないのは、その男が勝手に私のものに触れたっていうことと、雪音が油断して抱きしめられたっていう結果だけなんだから」
私にそう言い放った六華の表情は、今まで見たことがないほど冷たく、瞳は冷え切っていた。
「だからさ。申し訳ないけど、しばらくの間私に近づかないでくれるかな。今回ばかりはそう簡単に許せそうにはないんだよね。だから、お互い少し距離を置いた方がいいと思う」
そして、六華は私に対して明確な拒絶を示してくる。あまりのショックに、私はもはや何も言葉が出てこず、溢れ出そうになる涙を堪えるので精一杯だった。
「今回は私がお金を出しておくから、落ち着いたら帰りな」
六華は最後に何かを言っていた気がしたが、それを聞く余裕は今の私にはなかった。
それからどれほどそうしていたのかは分からないが、いつまでもここにいる訳にもいかないので、席を立ってレジの方へと向かう。
その後のことはあまり覚えておらず、私は気づいたら自分の家に帰ってきて部屋の中にいた。
ただ、六華に言われたことだけがずっと頭から離れず、私の頭の中はぐちゃぐちゃになっていった。
「油断…か。ほんとにその通りかもしれない。最近は六華に愛してもらえることが嬉しくて浮かれてたのかも」
よく考えればおかしな点はいくらでもあった。気付けば周りに人がおらず、いつも瀬名君と二人きりにされていた。
おそらく他の友人たちに協力を仰ぎ、私とさらに近づく機会を得ようとしていたのだろう。
「私はこれからどうしたら…」
六華に拒絶された私は、これからどうして行くのが正解なのか、どうしたらもとの関係に戻れるのかを必死になって考えるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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