キスしたら治るんじゃない?

 学校でたくさん雪音を愛でたその日の放課後、私たちはいつものように手を繋いで歩いていた。


「あ、そうだ雪音。土曜日か日曜日にでも遊びに行かない?」


「いいけど、どこいくの?」


「普通にお買い物かな。前に雪音の家に行った時に、アロマのいい香りがして気に入ったから、おすすめがあれば教えてよ」


「わかった。なら、土曜日はどう?」


「ありがと。時間は13時に駅前でいい?」


「いいよ」


 こうして土曜日に遊びにいく約束をした私たちは、他にはどこに行こうかなど話しながら家へと帰った。





 土曜日。今日は雪音とデートをする日なので、少し早めに起きて出かける準備をする。そして、あと少しで準備が終わるという時にスマホに電話があった。


 誰からかと思い確認してみると、今日デートに行く約束をした雪音からだった。

 どうしたのだろうと疑問に思いながらも、とりあえず電話に出てみる。


「雪音?どうしたの?」


『ごめん、六華。起きたら熱があって、今日行けそうにない』


「熱がでたなら仕方ないね。大丈夫そう?」


『1日休めば多分。ほんとにごめんね』


「大丈夫だよ。お買い物はまた今度行こう。今は体調を治さないとね」


『ありがと。それじゃ、またね』


「うん」


 どうやら雪音は風邪を引いてしまったようなので、今日のデートは急遽無しになってしまった。


「さて、どうしようかな。…あ、そうだ。せっかくだしお見舞いに行こうかな」


 これまで2回ほど雪音の家には行ったことがあるので、場所はちゃんと覚えてる。

 今日は休日だからご両親もいるだろうが、やはり風邪を引いた時に一人というのは寂しいものだろう。


「それに、これを機にご両親に挨拶しておくのもいいかもね。そうなると…」


 ご両親に会う可能性があるとすれば、第一印象は大事だろう。なので、雪音の家に行く前に手土産と彼女になにかを買っていく必要がある。

 私は何を持っていけば良いのか分からなかったので、母親に相談することにした。


「お母さん。友達が風邪引いたらしいからお見舞いに行きたいんだけど、家族の方には何を持っていったらいいのかな」


「あら、それは大変ね。そういうことなら、焼き菓子とかが良いと思うわよ?

 お金は出してあげるから、その子の家に行く前に買って行きなさい」


「わかった。ありがと」


 母親から手土産のアドバイスとお金を貰った私は、すぐに準備をして家を出る。

 そして、駅の近くにあるお店で手土産を買ったあと、コンビニでスポーツドリンクやゼリーなども買って雪菜の家へと向かった。





 雪音の家についた私は少しだけ緊張していた。なにせ、これまで彼女の両親には一度も会った事がないので、どういう人なのかまったく分からないからだ。


「よし」


 私は少しだけ気合を入れてインターホンを押す。

 しばらくするとドアゆっくりと開き、中から雪音より少しだけ小柄で、おっとりとした雰囲気のある可愛らしい人が出て来た。

 とても若く見えるが、雪音には姉妹がいないため、おそらくこの人が母親なのだろう。


「はーい。どなたかしら?」


「あ、初めまして。雪音さんと同じクラスの雪喰と言います」


「あ!もしかして六華ちゃんかしら?」


「え、私のことご存じなんですか?」


「えぇ!雪音からいつもお話を聞いているもの!」


 雪音が私のことを話してくれているのは嬉しいが、変なことを言われていないか少しだけ不安だ。


「今日はどうしたのかしら?」


「実は、今日は雪音さんと遊ぶ約束をしていたんですが、風邪を引いたと聞いたのでお見舞いに来ました」


「そうだったのね。なら、あの子の様子を見て行ってあげて?あの子も六華ちゃんに会えると喜ぶだろうし!」


「ありがとうございます。それと、こちら玄関で申し訳ないですが、よければ皆さんで召し上がってください」


 私はそう言いながら、先ほど来る途中に買って来た焼き菓子を渡す。


「あらあら、これはご丁寧にありがとうね。雪音の部屋は分かるわよね?前に来たことがあるって雪音から聞いているもの。もし寝てたら、そのまま入っちゃっていいわよ!」


「わかりました。ありがとうございます」


 こうして雪音のお母さんから許可をもらった私は、家に上がらせてもらい、雪音の部屋がある場所に向かった。





コンコンコン


「雪音。六華だけど、今大丈夫?」


 雪音の部屋の前へとやって来た私は、扉を軽くノックして声をかけてみる。

 しかし、雪音からの返答はなかったので、おそらく寝ているのだろう。


 ここに来る前に、雪音のお母さんから寝ていた場合はそのまま入って良いと言われたので、私はゆっくりと扉を開けながら部屋の中に入った。


 部屋はカーテンが閉められているため少しだけ薄暗いが、まったく見えないわけではないので物音を立てないように雪音に近づく。そしてベットの近くに膝をつくと、彼女の寝顔を眺める。


「付き合って半年経つけど、寝顔を見るのは初めてかも…」


 すると、人がいることに気づいたのか、閉じられていた雪音の目がゆっくりと開かれる。


「ぅん?…りっかぁ?」


「おはよ、雪音」


「りっかだぁ。わたしのりっかがいる〜」


 まだ寝ぼけているのか、私の名前を呼びながらふにゃりと笑う彼女はとても可愛く、思わず胸がキュンとしてしまった。

 そんな私のことなどお構い無しに、雪音は私の顔の方に手を伸ばすと頬に触れてくる。


「…あれ?六華?」


「うん。雪音の六華だよ」


 そこでようやく目が覚めたのか、私が来ていることに気づいた雪音はもう一度私の名前を呼んだ。


「なんで六華がここにいるの?」


「お見舞いにきたよ。部屋にはちゃんとお母さんの許可をもらってから入ってるから安心してね」


「まって、今すごく髪とかボサボサだし、すごく恥ずかしいこと言った気がする!」


 私がこれまでの経緯を説明すると、先ほどまでの事を思い出して恥ずかしくなったのか、雪音は急に布団に潜った。


「大丈夫、そんなに乱れてなかったよ。それに、私の六華って言われて嬉しかったから気にしないで」


「…ほんとに?」


「うん。あ、そうだ。ゼリーとか飲み物買って来たけど食べる?」


「…食べる」


 雪音はそう言うと、布団の中から出て来て体だけを起こす。

 私は買って来たゼリーを袋から出して蓋を開けると、食べやすい大きさで掬って雪音の口元に持っていく。


「はい、あーん」


「あーん。ん…美味しい」


「よかった。はい、次ね」


(可愛いなぁ。ずっとこうしてお世話してあげたくなっちゃう)


 そんな事を考えながら、私はゼリーが無くなるまで雪音に食べさせ続けた。ゼリーを食べ終わると、雪音は喉が渇いたと言うので買って来た飲み物を彼女に渡そうとする。


 しかし、私はここで良い事を思いついたので、飲み物を雪音に渡さず、代わりに私が一口分口に含んだ。


「り、六華?…んぐっ?!」


 そして、そのまま雪音にキスをすると、口に含んでいた飲み物を少しずつ雪音の口の中に移していく。


 雪音が飲み物を全部飲み込んだのを確認すると、私は唇を離して彼女の顔を見てみる。すると、雪音は顔を少し赤くしながらキスをしたことについて咎めてくる。


「な、なんで口移しなの。私、風邪引いてるんだよ?」


「それはほら、風邪ってうつしたらすぐに治るって言うでしょ?だからキスをしたらいいんじゃないかなって」


「そしたら次は六華が風邪を引いちゃうじゃん」


「雪音からなら喜んでうつされてあげるよ」


 私はそう言いながら、もう一度触れるだけのキスをしたあと時計を確認してみる。

 買い物をした後に来たためか、現在は17時を少し過ぎたあたりだった。

 これ以上長居すると、雪音のためにも良くないと思った私は、そろそろ帰ることにした。


「雪音、そろそろ私帰るね」


「え、もう帰るの?まだ居てくれてもいいのに…」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私が居たら休めないでしょ?」


 私の説明を聞いても寂しそうにする雪音が可愛かったので、耳元に口を寄せて囁きかける。


「ちゃんと治ったらご褒美あげるから、今日はいい子にしてね」


「う、うん!」


「ふふ。それじゃ、またね」


「今日は来てくれてありがとう!気をつけてね!」


 私は最後に軽く手を振ると、雪音の部屋を出てお母さんに挨拶をしにいく。


「すみません。そろそろ帰ります」


「あら、もう帰っちゃうのね。雪音はどうだった?」


「はい。寝ていたおかげかだいぶ体調も戻ったようです」


「そう。ならよかったわ。今日はありがとうね。またいつでもいらっしゃい!」


「ありがとうございます。では、失礼致します」


 雪音のお母さんにも挨拶を済ませた私は、これから帰る事を母親にメッセージで伝えて駅まで歩いた。


(ふふ。雪音のお母さんにも挨拶できたし、もう少し先に進んでもいいかもね。ここまでは計画も順調だし…)





 そう。ここまでは順調に進んでいた。しかし、世の中そう甘くはないようで、雪音のお見舞いに行った日から三週間後、想定外の事件が起きることになる。







「ごめん、六華。私、告白されちゃった…」






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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