できませんでした side雪音

 お昼休みも残り20分ほどになったころ、教室の入り口にまたあの子が来た。

 私は思わずその子睨んでしまったが、六華がちゃんと話してくれると言っていたので、彼女のことを信じて何もせずに座って待つ。

 そして、六華とその子は一度教室を出ていき、お昼休みの終わりを告げるチャイムがなる少し前に六華は戻ってきた。


 私はそれを確認すると、すぐにメッセージを送る。


『帰りに話聞かせて』


 メッセージを送ると、私が見ていたことに気づいたのか、六華が私の方を向いて微笑む。その笑顔に少しだけドキッとしたが、表情には出さないように我慢する。

 それからすぐにスマホに通知があったので確認すると、『わかった』とメッセージが返ってきたので、私は彼女がちゃんと話してくれたのだと密かに安堵した。





 午後の授業が終わったあと、私たちは学校の近くにあるカフェに寄ってお昼の件について六華から話を聞いていた。


「それで六華。あの子とはどうなったの。ちゃんと伝えてくれたんだよね」


「伝えたよ。向こうもちゃんと分かってくれたし、今度からはないと思うよ」


「そう。ならいいけど」


 私は六華がちゃんと約束を守ってくれたことに一安心して、先ほど注文したアイスティーを一口飲む。

 六華もカフェオレを一口飲んだ後、コップをテーブルに置くと、何かを思い出したように自身の鎖骨あたりを指さしながら尋ねてくる。


「そういえばここ、どうだった?」


 そう聞いてきた六華は、珍しく悪戯をしているのがわかる表情で私のことを見てくる。そして、彼女がキスマークのことを言っているのだと分かった瞬間、私の顔が一気に熱をもった。


「な、何とか誤魔化したよ。最初はみんなに何を言われているのか分からなかったけど、鏡で見せてもらったら分かった」


「ふふ。よかったね、誤魔化せて」


「ほんとだよ。まさかあの時にキスマークを付けられてるとか思わなかった。出来れば今度からは目立たないところに付けてよ…」


「ん?付けてはいいんだ」


「それはいいよ。むしろそうしてくれた方が…」


 むしろそうしてくれた方が、私としては嬉しい。だってキスマークがあることで、私は六華のものだと認識することができるのだから。

 しかし、それを言葉にするのは恥ずかしかったので、最後の方は小声になってしまった。


「そ、それでさ、六華。この後なんだけど…」


「どうかした?」


「この後、私の家に来ない?今日も両親は遅いし、ど、どうかな?」


 それでも、この間の続きをしてほしかった私は勇気を出して六華のことを家に誘う。彼女はしばらく考え込むと、わかったと了承してくれた。

 私はそれが嬉しくて、今日初めて心の底から笑うことができた。


 私は六華にすぐに行こうと声をかけ、せかすように彼女の腕を引いてお店を後にした。





 部屋に着くと、私は前のように六華をクッションに座らせ、私は今回も飲み物などを取りに行く。冷蔵庫の中にはオレンジジュースしかなかったので、私はそれをコップに注ぐと、お盆に乗せて部屋へと戻る。

 待ってる間、六華はスマホを使っていたようで、私が戻ってきたことに気づくと顔を上げてこちらを見てきた。


 その一つ一つの仕草が今は可愛くて愛おしく、彼女に思い切り抱きつきたくなる気持ちをなんとか抑え、テーブルの上に持ってきたものを置いて隣に座る。


 しかし、六華に早く手を出してもらいたい私は、散歩に連れていってほしい犬のようにソワソワしてしまい、六華のことを強く意識してしまう。


「雪音、少しだけ足の間開けてくれる?」


 すると、六華は何を思ったのか、突然私に足の間を開けるように言ってきた。

 私は不思議に思いながらも、とりあえず六華のいう事に従って足の間に少しだけ隙間を作った。


「うん?こう?」


 六華に確認をしながら足の間に隙間を作ると、彼女は急に立ち上がり、さっき指示された通りに作った足の間に座った。

 そして、そのまま私に体を預けるとまったりと寛ぎ始めた。


「り、六華?!」


 私は突然のことに驚くあまり、声を上擦らせてしまったが、彼女に行動の意味を尋ねようと思い名前を呼ぶ。


「んー?嫌だった?」


 しかし、六華の返事はなんともマイペースなもので、私だけが意識しているようで少しだけ恥ずかしくなる。


「い、いやじゃないけど、でも…」


 六華は慌てている私を見るのが楽しいというかのように落ち着いて私のことを見ており、意地悪で嫌なのかとまだ聞いてくる。


 もちろん、好きな人にこうして身を委ねてもらえることは幸せだし可愛いと思うが、いかんせん、これまで甘えるのはいつも私からで、六華から甘えられるということは無かった。なので私が慌ててしまうのも仕方のないことだろう。


 そんな私を見かねてか、六華は私の手を優しく握ってくれた。

 私はそれだけでだいぶ落ち着くことができ、最後に一度だけ深呼吸をする。


(よく考えると、今の状況は私が六華を好きにしていいってことだよね。なら、前に六華にしてもらったみたいに私もやれば…)


 意を決した私は、体を預けてくれている六華の腰に腕を回して抱きしめる。

 そして、恥ずかしいのを我慢して六華の首筋にそっとキスをしたり、顔を埋めて匂いを嗅いだりしてみる。


(ふわぁ。六華の首筋綺麗。色も白くて雪のようだし、肌触りも凄く良い。匂いも私とは全然違くて、少し柑橘系の爽やかな香りがする。この匂い好きかも…)


 その後も、私は何度も六華の首筋や髪などにキスをし、彼女の匂いが私に、私の匂いが彼女に少しでもつくように体を抱き寄せる。


 しかし、どんなに頑張ってもやはり恥ずかしいし、六華にしてもらったことしか知らない私にはここまでが限界だった。

 その後はせっかくのチャンスを活かすことができず、六華と二人で動画を見ながら過ごすことしかできなかった。





 六華が家に帰った後、私はしばらく何も考えることができなかった。

 そして、お風呂に入って部屋に戻ると、六華が私の部屋に来ていた時のことを思い出す。


「はぁ。私、何もできなかった。せっかく六華が私に体を預けてくれたのに、できたのは首筋へのキスと匂いを嗅ぐことくらい。これじゃあ変態みたいじゃん。…でも、好きな人の匂いって何故か凄く落ち着くんだよね」


 六華に何もできなかった言い訳を自分で自分にしながら、私の一人反省会はまだ続く。


「本当はもっと六華が私にしてくれたみたいにいろいろしてあげたいけど、私はあまりそういうこと知らないし、恥ずかしくてあまり積極的にできそうにないな。そしてないより…」


 そしてなにより、今日六華に何をしても良い状況になった時、確かに嬉しかったしドキドキもしたけれど、何故か物足りなさを感じた。


 それは恐らく六華からされるのではなく、私が六華にする側だったからだろう。

 大好きな六華が、あのかっこいい顔を自分から私に近づけてキスをし、綺麗な瞳を私への情欲で染めながら行為に及ぶあの瞬間の彼女がたまらなく好きなのだ。


 だから、自分から六華にするということに物足りなさを感じるし、彼女からの愛がもっと欲しいと求めてしまう。


「六華、寂しいよ…」


 今日、彼女に愛してもらえなかったことへの寂しさを感じながら、彼女の匂いがまだ少しだけ残っている制服を抱きしめて、私は寂しさを紛らわせるのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327




※ちょこっと話


 最近では多くの方に読んでいただけているこの作品ですが、実は投稿初日のPV数は20人くらいで、その後もあまり伸びずキリのいいところで終わらせようかとも思うほどでした。


 しかし、今では毎日多くの方に読んでいただき、嬉しいコメントもいただけるようになりました!

 しかも、今年は新年初日に初のギフトまでお送りいただきました!本当に嬉しいことばかりなので、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。


 本当にありがとうございました!今後も本作をよろしくお願い致します!


 以上。ちょこっと話でした。

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