感情のままに side雪音

 放課後。帰り支度をすぐに済ませると、雫たちに帰ることを伝えて六華の席に向かう。


「行くよ」


 それだけ言うと、私は六華のことを待たずに歩き始める。たまに六華がちゃんとついてきているかを確認するが、彼女は何も言わずについてきていた。


 学校を出ると、私はすぐに彼女と手を繋ぐ。これは周りに私たちの仲をアピールするためだ。そしてあわよくば、お昼の時の女にも見せつけてやるつもりで手を繋いでいる。


 しばらく私と六華は無言で歩き、学校からだいぶ離れた頃、私はお昼の時の事を彼女に尋ねた。


「ねぇ、六華。聞きたいことがあるんだけど」


「ん?なに?」


 私の言葉に対して、六華は『急に改まってどうしたの?』と言いたげな軽さで返してくる。それが余計に私の怒りと嫉妬心を逆撫でする。


「お昼休みに六華に会いに来た子。あの子誰。今まであんな子知り合いにいなかったじゃん」


「あぁ、のことね。昨日の放課後に仲良くなったんだよ。一緒に帰りませんかって誘われたから一緒に帰ったけど、結構良い子だったよ」


(美桜?今、呼び捨てで呼んだの?私が名前で呼んでもらえたのなんて、付き合ってからなのに……ずるい)


 すでに長谷川とかいう女が私の六華に名前で呼ばれていることに、怒り以外の感情が湧いてこない。


「美桜…?もう下の名前で呼んでるの?」


「まぁね。話しやすかったら、仲良くなるのもあっという間だったよ」


 仲良くなった。その一言が酷く私の心を抉る。私以外と仲良くしないで欲しい。私以外と一緒に過ごさないで欲しい。

 そういった独占欲が私の心を支配するが、私自身がこれまで六華以外の人とも仲良くしてきたため、それをとやかくいう資格が私にはない。


 六華の時間を私だけで独占したいのに、その資格が無いという現状に歯痒さを感じ、無意識のうちに握っていた手に力を込める。


 その後、私は六華に何もいう事ができず、また無言のまま駅まで歩き、結局私が降りる駅まで一言も話す事ができなかった。





 六華と電車で別れてから家に帰宅後、私は必死になっていろいろと考える。

 どうしたら六華からあの女を引き離せるのか、どうしたら六華の時間を私だけのものにできるのか。


 だが、いくら必死になって考えても、仲の良い人、友達と言われてしまえば、これまで友達との時間、彼女との時間の両方を大事にしてきた私が、私だけを見て欲しい、私とだけ時間を共有して欲しと言う資格がない。


 それでも、私じゃない誰かと六華が一緒にいるのは嫌だし、なにより私がそれを許せそうにない。


 気持ちのままに彼女に言えば私は楽かもしれないが、それはただの我儘でしかなく、めんどくさい女でしか無い。


 休日に入っても同じことを何度も考えては結局答えが出ないという無駄な時間を過ごす。

 その間、六華と話す気にもならなかったのでメッセージを送ることもなかった。





 どれだけ悩んでも答えが出ないまま休日が終わり、月曜日を迎える。

 その日は朝から気が重く、学校で大好きな六華に会うのがしんどいと思うほどだった。


(六華には私以外と仲良くしてほしくない。でも、私がそれを言うことはできない。ほんと、どうしたらいいんだろう…。はぁ。こんな自分が嫌になる…)


 そんな事を考えながら学校に着くと、六華はまだ来ておらず、彼女がきたのはチャイムがなる少し前だった。


 私は教室に入ってきた彼女をただただ見つめる。最近では六華のことを目で追うのが当たり前になってしまい、常に気にしてしまう。


 少しするとチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。

 それから午前の間、私は六華と話せば悩みが消えるかもしれないと思い話しかけに行こうとするが、タイミング悪くどこかに行ったり葛飾さんと話している事が多く、話すことができなかった。





 昼休み。私がいつも通り雫たちと昼食を食べている用意をしていると、六華と葛飾さんがお昼を買うために教室を出ようとしているのが視界に入った。


 私はそんな二人を眺めていると、突然二人の動きが止まった。

 そして、二人の間から見えたのは、先週六華と話していた長谷川さんだった。


 私は何故か胸騒ぎがしたので、じっと六華たちのことを見続ける。

 すると、長谷川さんが何かを六華に渡して少しだけ話すと、自分のクラスへと戻って行った。


 六華と葛飾さんとも何かを話していたようで、葛飾さんだけが教室を出ていき、六華は自分の席へと戻ろうとする。


 しかし、六華の手にはさっきまで無かった物があり、それはどう見てもお弁当にしか見えない。おそらく、長谷川さんがさっき渡したのだろう。


 その事実に気づいた私は、無意識のうちに席を立ち六華に近づく。


「六華、今すぐついてきて」


「ん?どうしたの雪音。私、莉緒を待たないといけないんだけど?」


「いいから来て」


 私はそう言うと、六華の手首を掴んで無理やり引っ張る。

 今の私には、なりふり構っている余裕はなく、感情のままに行動した。


 六華の手を無理やり引いたまましばらく歩くと空き教室が見えたので、私はそこに入るとドアを閉めて鍵をかけた。

 そして六華の方へ振り返ると、私は抑えきれなくなった嫉妬心に任せて、さっきの事を問いただす。


「ねぇ、六華。さっきのあれはどういう事」


「あれって?」


「お弁当の事だよ!なんであの子からお弁当なんて貰ったの!」


 私は嫉妬と怒りと焦りで頭の中がぐちゃぐちゃになり、いつもより大きい声で彼女のことを責めてしまう。

 しかし、彼女はそんな私のことなど気にも止めず、さらに不快になる事を言ってくる。


「なんでって、美桜とは土曜日に遊びに行ったから、そのお礼とかじゃないかな?」


「…は?あの女と遊びに行ったの?二人で?」


 どうか聞き間違いであって欲しい。そんな思いを込めて聞き返すが、現実は酷く残酷だった。


「そうだよ?前に一緒に帰った時に誘われてね。せっかく友達になれたんだし、いいかなって」


「いいわけないでしょ!なんで私に一言も言ってくれなかったの!私は六華の彼女だよね!なんで私に黙って他の女に会いに行くのさ!」


「女って。ただの友達だよ?雪音だって友達と二人で遊びに行くことはあるでしょ?それと同じだよ」


「…っ。でも!一言くらい言ってくれてもよかったじゃん!」


「私もこれまで雪音からそんな話は聞いたことないよ?私にだけそれを言うのは少しずるくないかな?」


「…そうだけどっ。でも…でも…」


 六華が言っていることはどれも正しくて、私が言っていることは自分のこれまでを棚に上げた我儘でしかない。

 それは分かっている。分かってはいるが気持ちがそれを許せなかった。


(…ずるい。本当にそうだ。六華がいう通り、私はずるい女だ…。もうどうしたら良いのか分からない…)


 悔しさと焦りと悲しみにより私は泣きそうになったので俯く。もう六華の顔を見て話す事ができなかった。


 そんな私を六華は優しく抱きしめてくれた。いつもはそれが嬉しいのに、今日は自分がひどく惨めに思える。そのせいか未だ顔を上げる事ができず、私の視界には灰色の床のみが映る。


 六華は私のことを抱きしめたまま、落ち着かせるように優しく声をかけてくれる。


「雪音、ごめん。私も少し言い過ぎたね。これからはちゃんと言うようにするから、雪音も今度からは私に教えてくれる?そうしたら今回みたいにはならないと思うし、お互い安心できると思うんだ。

だから、そんなに不安そうな顔をしないで?大丈夫だから。私が好きなのは雪音だけだよ」


 私だけを好きだと言ってくれた彼女の声には、確かな愛情が感じられた。私は恐る恐る顔を上げて、六華の顔を見る。


「…本当に?」


「本当だよ」


 その表情はとても真剣で、嘘ではない事が分かる。


 それでも、一度抱いた不安が簡単に消えることはなくて、この不安を消して欲しかった私は彼女にお願いをする。


「ならキスして」


「わかった」


 六華はそう言うと、触れるだけの優しいキスをしてくれた。唇が離れると、六華が不安は消えたかと尋ねてくる。でも、それだけじゃ私の心は満たされなかったので、もう一度お願いをする。


 私の我儘に六華は何も言わずにもう一度キスをしてくれた。私はそれが嬉しくて、前に六華がしてくれたように、彼女の口の中に自身の舌を入れて絡める。

 私からするのは初めてなので、ちゃんとできているかは分からないが、私は必死に舌を絡めて彼女を求め続けた。


 空き教室には私と六華が舌を絡めあう水音がわずかに響き、彼女の舌からは私に対する愛情が流れ込んでくる。

 それが私の心を満たしていき、さっきまでの不安が少しずつなくなっていった。


 しばらくの間そうしていると、どちらからともなく唇を離す。そのまま六華の顔を見てみると、いつもはクールでかっこいい六華がわずかに頬を赤らめていた。

 彼女の珍しい姿に見惚れていると、突然私の制服の襟元がずらされて鎖骨のあたりにキスをされた。


「んっ。六華、くすぐったい」


「少し我慢して」


 初めてのことで少しくすぐったかったが、六華が我慢してというなら従うしかないだろう。

 しばらくの間くすぐったさに耐えると、六華は顔を上げて襟元を直してくれた。


「何したの?」


「んー。まぁ、あとで確認してみてよ」


「わかった」


 何をされたのかは分からないが、教えてくれなかったので改めて一人で確認することにした。そして、教室に戻る前にお弁当をどうするのか尋ねると、彼女は残すのも申し訳ないから食べるという。


 確かに、せっかく作ってくれたものを全く手を付けずに返すのは相手にも失礼なので、今回だけは許すことにした。

 ただ、次回からはこんなことがないようにするため、しっかりと釘を刺しておく。


 その後、教室に戻った私たちは各々の席に向かったが、私が席に戻ると雫に鎖骨のあざはどうしたのかと聞かれた。

 あざに関して全く心当たりがなかった私は、雫から鏡を借りて自分で確認してみた。するとそこには確かに赤いあざがあり、そこは先ほど六華がキスをした場所だった。


(これって、キスマークでは?!)


 そのことを理解した私は、一気に顔が熱くなるが、キスマークであることは知られたくなかったので、虫刺されだと言って適当に誤魔化すのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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