え、初めて聞いた

 私がお昼を食べ終わり時計を確認すると、お昼休みも残すところ20分となっていた。


「六華、あの子さっきの子じゃね?」


 莉緒はそう言いながら、教室の入り口の方を見る。私も彼女の視線を追って見てみると、そこには長谷川さんが立っていた。


「そういえばお弁当を貰った時に、あとで回収に来るって言ってたっけ。ちょっと行ってくるね」


「はいよー」


 莉緒の返事を聞いた後、私は食べ終わったお弁当を持って彼女のもとへ向かう。その際、後ろの方から視線を感じるが、今は気にしない事にする。


「長谷川さん、お弁当ありがとね。すごく美味しかったよ」


「それはよかったです!お口に合わなかったらどうしようかと不安だったので安心しました!」


 長谷川さんはそう言うと、本当に安心したというのが伝わるような表情で軽く微笑む。


「それと、私からも少し話があるんだけど、今いいかな?」


「大丈夫ですよ!場所を変えましょうか?」


「そうだね。ここだと少し人が多いから、場所を変えようか」


「わかりました!」


 長谷川さんの了承も得たので、私は彼女と一緒に移動する。





 少し歩くと人の少ない場所に着いたので、私はそこで立ち止まって話をする事にした。


「長谷川さん。お弁当本当にありがとね」


「いえ!私が好きでやった事なので気にしないでください!よければまた作りましょうか?」


「それは嬉しいんだけど、遠慮しておくね。

私ね。実は恋人がいるんだけど、長谷川さんにお弁当貰うところ見られちゃって。

 それで結構不安にさせたみたいでさ。だから申し訳ないんけど今後は貰えそうにない」


 私がそう言うと、長谷川さんは下を向いて肩を僅かに震わせる。

 どうしたのだろうかと思い声をかけようとすると、彼女は勢い良く顔を上げて私に詰め寄ってくる。


「やっぱりお付き合いされている方がいらっしゃったのですね!」


「…え?知ってたの?」


「はい!私、雪喰さんのファンなので、そんな気がしてました!」


「ふぁ、ファン?」


 どういうことかはよく分からないが、言葉のまま受け取るのなら、彼女は私のファンらしい。


「改めて自己紹介致します!私は長谷川美桜!雪喰ファンクラブの会長をしております!」


 しかも、どうやら彼女は会長らしい。ファンクラブというからには他にもそんな子がいるのだろう。

 気になった私は、そのファンクラブとやらについて聞いてみる事にした。


「あの、長谷川さん。そのファンクラブっていうのは何なの?」


「雪喰ファンクラブとは!雪喰さんのクールでかっこいい姿に胸をときめかせ!たまに見せる可愛さに胸キュンした女の子たちの集まりです!

 月に一度行われる会合では、各々感じたことや出来事について語り合い、情報共有を行います!

 ちなみにですが!会員は先日60人を超え、その全てが女の子です!」


 長谷川さんに説明を求めたのは私だが、彼女が言っていることを理解することはできなかった。


(ファンクラブがあるとか初めて知ったんだけど。てか、60人超えたとか言ってたけど多すぎじゃないかな?しかも全員女の子だなんて)


 私はとりあえずファンクラブというものがあり、彼女がその会長であることだけを理解した後、改めて疑問に思ったことがあるので聞いてみた。



「長谷川さんはさっき、私が付き合ってる人がいるって知ってる感じだったけど、本当に知ってるの?」


「はい!朝比奈雪音さんですよね!」


「ほんとに知ってるんだ」


「雪喰さんと同じクラスの会員から報告が上がっていますので!


『雪喰さんはいつもクールでかっこいいが、朝比奈雪音をみる時だけは優しい瞳をしており、まるで恋人を見つめているようだ』と!


 また、実際に朝比奈さん側からも恋人がいるというお話があったと報告が上がっています!」


「雪音からもとか、情報網が凄いね。じゃあ、それを知っていて、何で長谷川さんは今回お弁当を渡してきたりしたの?」


「もちろんファンとして貢物をというのもありますが、こちらも同じ子からのリーク情報によるものです!


『どうやら雪喰さんは何かをしている模様。具体的な目的は不明だが、朝比奈雪音を嫉妬させたいようだ』という情報がありました!

 なので、私にできることはないかと考え、今回はお弁当を作らせていただきました!」


 どうやら、私のクラスにいるファンの子はとんでもない洞察力と情報網を持っているようだ。

 そして、長谷川さんが今回接触してきたのは、そんな私の目的を聞き、協力するために行動してくれたらしい。


「なるほどね。大体わかった。それと、協力してくれてありがとね。おかげでだいぶ目的に近づけたよ」


「それはよかったです!他にも何かお手伝いしましょうか?」


「そうだね。今は大丈夫だけど、またお願いすることもあるかもだし、その時はお願い。その代わり、お礼はちゃんとするから、何かして欲しいこととかある?」


「では!次の会合の時に雪喰さんもスペシャルゲストとして参加していただけませんか?そしたら他の子達も喜ぶと思うので!」


「りょーかい。なら、予定が決まったら3日前くらいに教えてくれる?」


「ありがとうございます!」


 思いもよらぬ協力者を得た私は、今後の計画にファンクラブや長谷川さんのことも組み込むことにした。


「さて、そろそろ休み時間も終わるし、教室に戻ろうか」


「そうですね!では、勉強頑張ってください!」


「お互いにね」


 長谷川さんとの話も一段落付き、お昼休みも終わりそうだったので、私たちはそれぞれの教室に戻った。





 自分の席に着いた後、授業の準備をしていると、スマホに通知があったので確認する。


『帰りに話聞かせて』


 メッセージを確認して雪音の方を見てみると、彼女は私の方をじっと見つめていた。

私はそんな彼女に軽く微笑んで返信をする。


『わかった』


 私が了承するメッセージを返したのと同時にチャイムが鳴り、教師が教室に入ってきた。





 放課後。私と雪音は学校を出た後、近くのカフェで飲み物を飲みながら話していた。


「それで六華。あの子とはどうなったの。ちゃんと伝えてくれたんだよね」


「伝えたよ。向こうもちゃんと分かってくれたし、今度からはないと思うよ」


「そう。ならいいけど」


 雪音はそう言うと、注文したアイスティーを一口飲む。

 私もカフェオレを一口飲んで、ふと思い出したことがあったので聞いてみた。


「そういえばここ、どうだった?」


 私はそう言いながら、自身の鎖骨あたりを指さして尋ねる。

 すると、それだけで何のことかわかった雪音は、すぐに顔を赤くしながら答えてくれた。


「な、何とか誤魔化したよ。最初はみんなに何を言われているのか分からなかったけど、鏡で見せてもらったら分かった」


「ふふ。よかったね、誤魔化せて」


「ほんとだよ。まさかあの時にキスマークを付けられてるとか思わなかった。出来れば今度からは目立たないところに付けてよ…」


「ん?付けてはいいんだ」


「それはいいよ。むしろそうしてくれた方が…」


 最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、嫌ではないことがわかったので、また今度付けてあげる事に決めた。


「そ、それでさ、六華。この後なんだけど…」


 私が今後のことを考えていると、雪音は顔を赤くしながら、チラチラと私のことを見てくる。


「どうかした?」


「この後、私の家に来ない?今日も両親は遅いし、ど、どうかな?」


 雪音から提案されたのは、まさかの家へのお誘いだった。おそらく昼休みのことや先週のことが忘れられず、続きを求めているのだろう。


(さて、どうしようかな)


 私はすぐに返答せず、少しだけ考える。今考えているのは三つのパターンだ。

一つ目は、家に行った後、先週と同じように焦らす。

二つ目も家には行くが、こちらは何もせずに帰る。

三つ目はここで断って帰るだ。


 とりあえず三つ目は無しにする。雪音に不安な思いをたくさんさせたから、ここで断るのは申し訳ない。では、一か二になるわけだが--


「わかった。ならお邪魔しようかな」


「ほんとに?!やった!ならすぐ行こう!」


 雪音はそう言うと、凄く嬉しそうに笑う。そんな彼女が微笑ましくて、私も思わず笑顔になる。

 私はそのまま雪音に引かれるようにしてお店を出て、彼女の家に向かった。





 雪音の部屋に入ると、この間のようにクッションに座る。彼女は今回も飲み物を取りに行き、私は部屋で一人になったのでスマホを使って待つことにした。

 少しの間待っていると、雪音が飲み物を持って部屋に入ってくる。


 そして、飲み物を置いた後は私の隣に座り、ソワソワしながら私のことを見てくる。

そんな彼女が可愛かったので、私は早速行動する事にした。


「雪音、少しだけ足の間開けてくれる?」


「うん?こう?」


 私は雪音が足の間に隙間を作ってくれたのを確認すると、立ち上がってその間に座り彼女に身を預けた。


「り、六華?!」


「んー?嫌だった?」


「い、いやじゃないけど、でも…」


 先ほど、雪音の家に来る前に決めたことは、家には行くが私からは何もしないだ。

 ただ、本当に何もしないのは面白みに欠けるので、私から雪音に近づいて、後は何もしない。


 彼女は私の突然の行動に驚いたのか、顔を赤くしてあわあわしている。

 そんな彼女を眺めているのも楽しそうだが、少し落ち着かせる意味も込めて彼女の手をそっと握る。


 それだけで少し落ち着いたのか、雪音は一度深呼吸をして、右腕を私の腰に回してくると、私の首筋に軽くキスをしたり匂いを嗅いだしてくる。

 それらをされている時は少し恥ずかしかったが、これが雪音の愛情表現だと思えばとても可愛くて、猫にマーキングされているみたいで嬉しかった。


 その後は雪音から何かをしてくることはなかったが、二人で動画を見ながらゆっくり過ごした。





 家に帰宅後、私は雪音の家で彼女がしてきたことを思い返す。


「ふふ。やっぱり雪音は猫ちゃんだなぁ。私に何をしてもいい状況でするのがマーキングのような事とはね。

 これなら、雪音から手を出されることはないかな。なら、じっくり雪音を焦らしていこう。すぐにご褒美をあげるのは楽しくないし、焦らされてる時の雪音は可愛いからね」


 今後の方針を改めて決めた私は、今週の木曜日に早速実行する事に決め、お風呂に入った後は寝る事にした。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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