長谷川さん
一日の授業が終わり放課後になった。朝に帰り支度が済んだら雪音から来ると言っていたので、私は準備だけを済ませて待つ事にする。
しばらく待っていると、友達との挨拶を済ませた雪音が近づいてくる。
「行くよ」
それだけ言うと、私のことを待たずに歩き始めた。
私はそんな雪音がおかしくて、笑いそうになるのを耐えながら後に続いた。
学校を出てからも手は繋いでいるが雪音は無言で、特に何かを言ってくることはなかった。
私は雪音から話し始めるのを待つため、私から話しかけたりはせずについて行く。しばらくそうして歩いていると、雪音が質問をしてきた。
「ねぇ、六華。聞きたいことがあるんだけど」
「ん?なに?」
私は何も心当たりがない風を装い尋ねる。そんな私の様子を伺いながら、彼女は話を続ける。
「お昼休みに六華に会いに来た子。あの子誰。今まであんな子知り合いにいなかったじゃん」
「あぁ、美桜のことね。昨日の放課後に仲良くなったんだよ。一緒に帰りませんかって誘われたから一緒に帰ったけど、結構良い子だったよ」
私は雪音を煽るため、長谷川さんの事をあえて下の名前で呼ぶ。そして、一緒に帰った事を伝えて、仲が良くなった事を伝えた。
「美桜…?もう下の名前で呼んでるの?」
「まぁね。話しやすかったら、仲良くなるのもあっという間だったよ」
私の話を聞いた雪音は、どんどん瞳が暗いものへと変わっていき、繋いでいた手にも力が籠る。
そのせいで、少しだけ雪音の爪が食い込んでくるが、その痛みも雪音の嫉妬からくるものだと思えば、むしろ心地よかった。
その後は雪音がだまってしまったので、私たちはまた無言で歩く。
(んー、まだ仲良くなったっていえば引くのか。ここでさらに言葉を重ねてくれると良かったんだけど…。もう少し攻めたほうがいいかもね)
そして、駅に着いて電車に乗ってから、雪音の降りる駅に着くまでお互い何も話すことはなかった。
「またね、雪音」
「…またね」
雪音はそれだけ言うと、すぐに電車を降りて帰って行った。電車に一人となった私は、今後どうやったら雪音がなりふり構わなくなるかを考える。
そして、思いついた事をスマホにメモしながら、良いのがあれば試して行く事にした。
翌日の土曜日。今日は長谷川さんと遊びに行く日なので、少し早めに起きて準備をする。
昨日はあの後、雪音からメッセージが来ることはなかった。彼女が今、どういう感情で何を考えているのかは分からないが、私から何かをするつもりはない。
出かける準備を済ませた私は、お出かけ用のカバンを持って家を出た。
待ち合わせ場所に着くと、すでに長谷川さんは来ており、私のことを待っていた。
「おはよう、長谷川さん。待たせちゃったかな?」
「おはようございます!雪喰さん!そんなに待ってないので大丈夫ですよ!」
彼女はそんなに待っていないというが、現在は待ち合わせの15分前である。
一体いつから待っていたのか気になったが、聞くのも野暮というものなので聞かない事にする。
「それじゃ、まずはどこに行こうか。長谷川さんは行きたい場所とかある?」
「私は本屋さんに行きたいんですが、どうでしょうか?」
「本屋か…。いいね。私も最近行ってなかったし、ちょうどいいかも」
「よかったです!では、さっそく向かいましょう!」
本屋に着いた私たちは、さっそく店内を見て回る。最初に長谷川さんが欲しい本があると言っていたので、まずはその本があるか見に行く。
「えっと…。あっ!ありました!これです!」
長谷川さんはそう言うと、お目当ての本を取りに行く。彼女がどんな本を買いに来たのか気になった私は、彼女の後に続いて本を見に向かう。
「…料理本?」
「は、はい!お料理の勉強をしてみようと思いまして、参考までに買ってみようかと!」
「そーなんだ。上手に作れるといいね」
「あ、あの。もしよければなんですが、今度私が作ったものを食べてもらえませんか?」
「私が?いいけど、なんで私なの?」
「今日のお出かけにお付き合いいただいたお礼と言いますか…、そんな感じです」
「なるほどね。なら、ありがたくいただこうかな。楽しみにしてるね」
「はい!頑張ります!」
長谷川さんの買う本が決まった後、私たちは漫画や雑誌なども見て回り、一時間ほどで本屋を出た。
そして、少し休憩するために近くのベンチに座る。
「長谷川さんは何が飲みたい?そこの自販機で買ってくるよ」
「そ、そんな!雪喰さんに買いに行かせてしまうわけにはいきません!私が買ってきます!」
「いいからいいから。長谷川さんは疲れただろうし休んでていいよ。それで、飲みたいものは?」
「で、では、ミルクティーをお願いします」
「りょーかい」
私はそう言うと、近くの自販機に行き、ミルクティーと紅茶を買う。
そして、長谷川さんのもとに戻り、彼女にミルクティーを渡した。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます!今お金を…」
「気にしなくて大丈夫だよ」
私がそう言うと、長谷川さんは申し訳なさそうにしながらもミルクティーに口をつけた。
それを確認した後、私も紅茶を開けて一口飲む。
「さて、次はどうしようか?」
「私、ゲームセンターに行ってみたいです!」
「長谷川さん、行った事ないの?」
「いえ、幼い頃に少しだけ行ったことはあるんですが、それでも数回程度しか行く機会が無くて…」
「そんなんだ。じゃあ、ゲームセンター行ってみようか」
「ありがとうございます!」
次の目的地が決まったので、私は近場のゲームセンターに長谷川さんを案内する。
そしてゲームセンターに入ると、いろいろなゲーム機の音がして少し煩く感じる。
「わぁ!小さい頃以来、久しぶりに来ましたが、賑やかで楽しそうですね!」
長谷川さんはそう言うと、子供のように瞳をキラキラさせていた。
そんな彼女が少し微笑ましくて、彼女と一緒にいろいろなゲームをやってみる。
レースゲームにリズムゲーム、ホッケーやメダルゲームなど、どのゲームでも彼女が楽しそうに遊ぶから、自然と私も楽しくなる。
ゲームセンターに入ってからどれくらいの時間が経ったのか確認するため、スマホで今の時間を確認すると、既に17時を過ぎていた。
「長谷川さん、もう17時だけど、時間大丈夫?」
「え?!もうそんな時間ですか?!楽しすぎて時間のこと忘れてました!」
「私も忘れてたよ。それで、どうする?」
「そうですね。そろそろ帰らないとダメかもしれません」
「わかった。なら、最後にあれやって帰ろうか」
私はそう言うと、クレーンゲームを指差して彼女に尋ねる。
そして、彼女が頷いたのを確認すると、私たちはクレーンゲームのコーナーに向かった。
「あ!私これが欲しいです!」
そう言いながら彼女が立ち止まったのは、大きめなクマのぬいぐるみが入ったクレーンゲームだった。
彼女はすぐにお金を入れてプレイするが、1回目で取ることは出来なかった。
しかし、彼女は諦めずに何度も挑戦するが、なかなか取ることが出来ない。
「長谷川さん、私がやってみてもいい?」
私が声をかけると、長谷川さんは無言で場所を譲ってくれた。
私はお金を入れて、さっそくプレイする。そして、アームを使ってぬいぐるみの位置を穴の近くにずらす。
1回目で取ることはできなかったが、2回目の挑戦でも同じ事をして、さらに穴の方にずらす。
そして3回目でようやくぬいぐるみを穴に落とすことができた。
「わー!凄いです!雪喰さん!」
長谷川さんの褒め言葉を受けながら、私は落としたぬいぐるみを手に取り、彼女に渡した。
「はい、どうぞ」
「え、でもこれは雪喰さんが取ったぬいぐるみですし、雪喰さんが持って帰るべきでは」
「別にいいよ。長谷川さんのために取った物だし、今日の記念にって事でさ。貰ってくれないかな?」
「…ありがとうございます。大切にしますね」
「うん。そうしてあげて」
長谷川さんはそう言うと、本当に宝物を扱うかのようにぬいぐるみを抱きしめた。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「はい!」
私たちは長谷川さんの元気な返事を聞いた後、ゲームセンターを出て駅の方へ向かう。
そして、駅に着いた後はお互い乗る電車が違うため、そこでお別れとなった。
家に着くと、スマホに通知があったので確認してみる。
相手は長谷川さんからで、今日は楽しかったとか、ありがとうなどたくさんのお礼が書いてあった。
なので私も、今日のお礼や楽しかったとメッセージを送り、最後に誘ってくれたことへの感謝も伝える。
その日は結局、雪音からメッセージが来ることはなかったので、ご飯やお風呂を済ませて、明日に備えて早めに寝るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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