良い子にはご褒美を

 雪音の家に行ってから3日が経った。その間、雪音に対して私から何かするということもなく、これまで通りに接する。


 ただ、雪音が私を見る目が変わった。これまでは付き合いたての恋人に向ける純粋な瞳だったが、あの日以来、彼女の瞳には時々情欲が混ざるようになった。おそらく、あの日の続きを求めているのだろう。


(ふふ。そんなに簡単にはしてあげないけどね)


 私は、そんな彼女を少しでも煽るため、ちょうど雪音がこちらを見ている時に、流し目で彼女を見ながら微笑む。

 それを見た雪音は、急いで私から目を逸らして顔を赤くする。


 雪音の行動を不思議に思ったのか、周りにいた友人たちは声をかけており、彼女は顔を赤くしながらもそれらに対応していた。





 その日の放課後、私が帰る準備をしていると、莉緒から声をかけられる。


「六華、日曜空いてる?」


「予定は無いけど、どうしたの?」


「前に約束したスイーツ食べ放題に行きたいから、日曜日はどうかと思って」


「なるほど。いいよ、なら日曜日ね。妹ちゃんも来るの?」


「当たり前だろ?そう言う約束だし、妹も楽しみにしてるからな。んじゃ、時間は後で連絡するよ」


「りょーかい。また明日ね」


「おー、また明日ー」


 莉緒は要件だけ言うと、カバンを持ってスタスタと帰って行った。私も帰ろうかと思い、カバンを持って席を立つ。


 帰り際に雪音のことを見てみると、彼女はいつもの友達と話しているためか、私のことに気づいていないようだった。

 なので、特に声をかけたりはせず、今日は一人で帰る事にする。





「あ、あの!雪喰さん!」


「はい?なんですか?」


 今日は一人で帰ろうと思い、昇降口で靴を履き替えて外に出ようとした時、突然知らない女の子から声をかけられた。


「わ、私、長谷川美桜はせがわ みおって言います!突然で驚いたかも知れませんが、よければ私と一緒に帰ってくれませんか?」


 長谷川さんと名乗った彼女は、何故か顔を赤くしながら一緒に帰らないかと尋ねてくる。特に拒否する理由もないので、私は彼女の誘いを受ける事にした。


「いいですよ。もう帰れそうですか?」


「ありがとうございます!すぐに靴を履き替えるので、少しだけ待っていてください!」


 長谷川さんはそう言うと、急いで靴を履き替えに向かい、すぐに私のもとへ来た。


「お待たせしました!それじゃあ、帰りましょう!」


 というわけで、私は急遽、長谷川さんと一緒に帰る事になった。


「長谷川さんって、3組なんだ。全然知らなくてごめんね」


「大丈夫です。私もクラスが違う人のことはあまり知りませんから」


「ん?でも、私のことは知ってたんだね?」


「そ、それは。なんと言いますか、まだ話せませんが、色々と理由がありまして…」


「ふーん?まぁ、いつか教えてくれると嬉しいかな」


「も、もちろんです!いつか必ずお伝えしますから!」


 いつか教えてくれると言った長谷川さんは、何故かまた顔を赤くしていた。その後、しばらくお互いのことを話しながら歩いていると、最寄りの駅に着いた。

 ここまで来る間に聞いた話だと、長谷川さんの家と私の家は反対側にあるようなので、私たちここでお別れとなる。

 すると、別れ際に長谷川さんが--


「そうだ!雪喰さん、土曜日はお暇だったりしませんか?」


「暇だけど、どうかした?」


「実は雪喰さんと遊びに行ってみたいなと思いまして。急ではありますが、どうでしょうか?」


「…わかった。遊びに行こうか」


「ほんとですか?!ありがとうございます!」


 雪音や莉緒以外と遊びに行くのは初めてだが、長谷川さんは少し話しただけでも良い人だと分かるので、私は彼女と遊ぶことにする。

 そして、土曜日のことを後で話し合うため、連絡先を交換した私たちは、そのままそこでお別れした。





 夜。私はお風呂から上がった後、寝るにはまだ早かったので、スマホで漫画を読んでいた。すると、雪音からメッセージが送られてきたので内容を確認してみる。


『六華、今日はどうして最初に帰っちゃったの?せめて一言声かけてから帰ってよ。そしたら私だって六華に合わせて一緒に帰るのに。お願いだから今度からは声をかけるようにして。私を置いていかないで』


「あはは。すごいなぁ。あの雪音がどんどん重くなっていく」


 私は雪音から送られてきたこのメッセージが嬉しかったので、スクショしていつでも見れるようにしておく。

 そして、さらにここで彼女を煽ることにした私は、このメッセージをあえて既読無視する。


「さてさて、明日の雪音はどうなっているかな」


 明日、雪音がどうなっているのかという楽しみができた私は、早く明日を迎えるために寝ることにした。





 翌朝、私は枕元に置いたスマホの通知を確認してみると、雪音からたくさんのメッセージが届いていた。私はそれが嬉しくて、朝から上機嫌で学校に行く準備をする。

 そして、いつも通りの時間に教室に到着すると、既に教室には雪音が来ており、私を見つけるなり凄い速さで近づいてくる。


「ちょっと来て」


 私が返事をする前に、雪音に引っ張られる形で教室を出た。

 そして、人気のない場所に着くと、雪音は私の方を振り返って抱きしめてくる。


「六華。六華六華六華…」


 私の名前を何度も呼びながら必死になって抱きしめてくる雪音はなんとも可愛らしい。だから私も彼女のことを抱きしめ返して、どうしたのかと尋ねる。


「どうしたの、雪音。学校でこんな事してくるなんて珍しいね?」


 雪音は私に抱きついたまま、顔だけを上に向けて喋り始めた。


「どうして昨日は一人で帰ったの。なんでメッセージを返してくれなかったの。私ずっと待ってたんだよ?既読ついたから返信まだかなって待ってたのに、数時間待っても返信くれないし。その後に何度もメッセージ送ったのにそれには既読すらつかないし。ねぇ、なんで?なんで返信してくれなかったの?」


 雪音は喋り終わると、軽く私の事を睨んでくる。でも、これは別に嫌いだからとかではない。これは私が一人で勝手に帰った事、私が既読無視した事に対する怒りと寂しさからそうなったのだろう。


「ごめんね?昨日は帰る時、雪音が友達と話しているようだったから話しかけられなかったんだ。

 それに、既読無視については返したと思ったんだけど、勉強していたせいかちゃんと送信するの忘れちゃったみたい。不安にさせちゃってごめんね?」


 私はそう言うと、雪音は言葉の真意を確かめるように私のことを見つめてくる。だから、私も目を逸らしたりはせず、彼女のことを見つめ返す。


「……わかった。六華がそう言うならそうなんだろうね。ごめんね、私も急にこんな事言って。それと、今日からは帰る時に声をかけて。友達がいる時でもいいから。お願い」


「私は別にいいけど、雪音はいいの?前までは友達との時間も必要そうだったから、そういう時は声をかけなかったんだけど」


「大丈夫。何も言われずに勝手に帰られる方が嫌だし、彼女たちも話せば分かってくれるから」


「わかった」


 私は最後にそう返事をし、もう一度彼女のことをしっかりと抱きしめる。

 そして、ここまで変わってくれた彼女へのご褒美として、額に軽くキスをする。突然そんな事をされた雪音は少し驚いていたが、すぐに嬉しそうに笑った。

 それを確認した後は、お互い抱きしめ合っていた腕を離し、教室に戻るため廊下を歩く。


「あ、今日はちゃんと六華と帰るから、準備できたら声かけに行くね」


「りょーかい。待ってるね」


 放課後、一緒に帰る約束をしながら教室に戻ると、だいぶ時間が経っていたのか、教室にはクラスメイトたちがほとんど登校していた。

 私たちも自分たちの席へと向かい、カバンを置いてから席に着く。

 それから少しだけ待つと、担任の先生が教室へと入って来てHRを終えると、一日の授業が始まった。





 お昼休み、今日の私は莉緒と一緒に教室でご飯を食べている。

 すると、スマホに通知があったので確認してみると、長谷川さんからのメッセージだった。


『明日のことでお話があるので、これから教室に伺ってもいいですか?』


 どうやら明日遊ぶ事について離したい事があるようなので、私は了承するメッセージを送る。

 それからしばらく待っていると、同じクラスの子に呼ばれたのでそちらを見てみると長谷川さんがいた。


「ごめん莉緒。ちょっと席外すね」


「はいよー」


 莉緒に許可をもらった私は、席を立つと教室の入り口に向かう。


「お待たせ、長谷川さん」


「大丈夫です!それより、お食事中に来てしまいすみません!」


「それこそ大丈夫だよ。それで話って?」


「はい!明日の集合時間と場所についてなんですが、12時に駅前の大時計の前でどうでしょうか?」


 話とは、どうやら明日の集合時間と場所についてのようだった。


「それでいいよ。ただ、メッセージでもよかったんじゃない?」


「いえ!せっかく雪喰さんと話せるようになったので、直接お声が聞きたくて!」


 長谷川さんはそう言うと、顔を赤くしながら嬉しそうに笑う。

 私と話せる事でそんなに喜んでもらえるのなら、悪い気はしないので特に何も言わない。


「そっか。なら、また何かあったら気軽に声かけてね?」


「ありがとうございます!では、私はこれで失礼しますね!」


 要件を伝え終わった長谷川さんは、挨拶をしてクラスへと戻って行った。

 私も残りのお昼を食べるため席に戻ろうと振り返った時、こちらを睨んでいる雪音と目が合った。


(あれは間違いなく嫉妬してるなぁ。帰りに色々聞かれそうだ。さて、なんて答えようかな?)


 放課後に雪音から聞かれるであろう事に対する答えを考えながら、私は自分の席へと戻った。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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