第66話 偶然


あの後、鉄道会社が用意してくれた振替バスで東京に戻った。

お昼に着くはずだったが、着いたのは夜中だった。


ルミは疲れたようで途中で寝てしまった。

今回の出張はいろいろ忙しかった。

俺もバスの中では寝てはいないが瞼が重かった。


楓さんや柚子は俺にいろいろ聞きたいことがあるだろうし、俺もいつかは話さなければいけないと思ってる。


「それで、今日のことなんだけど……」


やはり、今は言えそうもない。

そんな俺を察したのか楓さんと柚子は、


「拓海様の心がお決まりになった時で構いませんよ」


「そうだな。誰にも言いたくないことはあるもんだ」


楓さんと柚子がそう言ってくれたので、ずるいとは思うがもうしばらく待ってもらうことにした。


自室に戻り、ベッドに横になる。

ベッドに香水の匂いがしたが、坂井さんが気を利かせてくれたのだろう。


「エースナンバーを殺してしまった」


相手は能力者で犯罪者だ。

自身の手で何人もの人を殺めている。

そんな犯罪者だから俺が殺してもいいわけではない。


でも、あいつは、俺やルナを利用しようとした。

自身の野望のために。

俺もそうだがルナにも誰かに利用されて能力を使うなんてことはしたくないしさせたくない。

あくまで自身の意思がそこになければいけないと思う。


だから、生かしておくのは危険だと判断した。

そう、俺は奴の拳を受け止めた時に僅かだが奴の記憶を盗み見たのだ。


だから、これは俺の我儘だ。


夕方流れたニュースでは新幹線の車両火災と火球を見たという話があがっていた。


そこに能力者の存在は皆無だった。


だが、いつまで隠せるのか不安は尽きない。

もし、世間に広まってしまったら俺とルナそれにアンジェはどうなってしまうのだろう。


不安はいつまでも尽きなかった。





「はあ〜〜しんど」


一年生は土曜日にも授業があるなんて高校生の時より大変じゃないですか!


土曜日の午前中に選択必修科目があり、教育課程を選択している私はその授業の単位が必要だった。


「さおりん。疲れた顔して何かあった?」


そう声をかけてきたのは同じ教育課程を選択している友人の東海美代さんで『みっちょん』って呼んでる。


「この間、ギックリ腰になったでしょう?だから、部屋の片付けをしてて少し寝不足なだけなんだ」


「ギックリ腰と部屋の片付けが結びつかないんだけど?」


「それは、オーラがどうとか、風水がですね〜〜」


横着して寝た状態で冷蔵庫開けようとしてギックリ腰になったなんて言えない。


「さおりん、スピリチュアル系に興味あったんだ。じゃあ、知ってる?ある神社で神様の声が聞こえるっていう場所があるんだって。一度行ってみたかったんだ」


「へーーご利益ありそうだね」


「今日はもう授業は終わりでしょ。一緒に行かない?」


「いいですよ。話題作りの参考になるし」


友人のみっちょんは、少し人見知りをする女の子だ。

見た目はギャルっぽいのだけど、それは武装だと本人は言ってた。

なんでも幼い頃に男子にいじめられていたのを引きずっていたらしく、小中学までは外で遊ぶより家で絵を描く方が好きだと言ってた。


そんな彼女が私と友人になったのは、高校入学時の私の見た目だ。

ちっこくて可愛いと会った時に言われた。


まあ、私はできた女ですから、そういう風に言われても気にしませんけど。


「最近はゲームの配信はしてないの?」


「配信はしてるよ。雑談だけど」


彼女は私がVチューバーだと知ってる。

私の配信のキャラをデザインしてくれたのがみっちょんだ。


「そうだ、今度キャラ変えてみない。たぬきの可愛い絵が描けたんだ」


「たぬきはちょっとパスかな。でも、その絵は見たいかも」


みっちょんは同人作家としても有名だ。

今は夏コミの前で忙しいと言っていた。


電車を乗り継ぎ目的の神社がある駅に着いて神社まで歩いて行く。


「あ、ここって……」


ギックリ腰になった時に先輩の車で通った場所だ。


「ここら辺、来たことあるの?」


「ええ、知り合いのマッサージ屋さんがあってそこでギックリ腰を治してもらったんだ」


「えーー凄腕なんだね」


そんな話をしながらそのマッサージ屋さんの住んでるタワーマンションが見えてきた。



…………


「タクミ、お散歩行こう」


ルミからそう言われた。

外にお出かけしたのが良い刺激になったのだろうか?


「いいよ。どこに行く?」


「近くの神社。なんでも神様と話ができると動画配信の人が言ってた」


あそこかーー。確かに声が聞こえるよな。


「いいよ。行こうか」


俺とルミは出かける用意をして、坂井さんに行き先を告げてマンションを出たのだった。


…………


「凄いマンションだね。外装がとっても綺麗だし、きっと中も豪華なんだろうね」


友達のみっちょんはマッサージ屋さんの住んでるマンションを見上げて呟いた。


「うん、中も豪華だったよ」


「え、さおりん、中に入ったことあるの?」


「うん、知り合いのマッサージ屋さんもそこに住んでるんだ。それに、有能なキャリアウーマンと和風美人の高校生。それになんと言っても銀髪美少女のルミちゃんはとっても可愛いんだよ」


「呼んだ?」


目の前にはその銀髪美少女のルミちゃんとマッサージ屋さんがいた。



……………


エレベーターを降りてエントランスを出ると、歩道からマンションを見上げている二人の女性がいた。


1人は、恭司さんの後輩の樺沢さんだ。


「あ、サオリ」


そう言ってルミは樺沢さんのところに駆け寄った。

女性達はルミのことを話してたらしくルミは「呼んだ」と返事をしている。


「あ、ルミちゃんです。可愛いです。お持ち帰りしたいです」


樺沢さんは興奮し出してルミを抱きしめている。


「ちょっと、さおりん。ルミちゃんだっけ、その子困ってるから〜〜」


常識のありそうなもう一人の女性が二人を引き離そうとしている。


「あの〜〜どういう状況?」


「あ、マッサージ屋さん、じゃなくって拓海くん」


「樺沢さん、こんにちは。今日は恭司さんは一緒じゃないんですね。そちらの方はお友達ですか?」


「はい、友人の東海美代さんです。みっちょんって呼んでます」


「ねえ、さおりん。私、意味不なんだけどー」


「そうだった。さおりん、こちらが私のギックリ腰を治してくれたマッサージ屋さんの拓海くんで、こちらが清水ルミさんです」


「えっ、若い。もっとおじさんかと思ってた。あ、失礼しました。東海美代です。さおりんとは同じ大学に通ってます。高校からの友人です」


「丁寧な挨拶ありがとうございます。蔵敷拓海って言います。高校一年生です。それと、樺沢さん。俺マッサージ屋さんじゃないからね。少し得意なだけで営業してるとかじゃないから」


「そうでした。ごめんなさい。でも、ルミちゃんに会えて今日はラッキーデーです。双子座の今日の星占いのラッキーカラーは銀色なんですよ」


「さおりん、そうなの?じゃあ蟹座のラッキーカラーは?」


「青です。そう拓海くんの着てる服と一緒のカラーです」


「そうなんだ。良いことあるかも」


この二人、占いとか好きなのかな?


「今日は二人揃って買い物か何かですか?」


「神社に行く。神様いるらしい」


「それって私達と同じじゃないですか。どうですか一緒に行きましょう」


「俺達はいいけど、東海さんの意見を聞かないとダメですよ」


「私もOKよ。拓海くんって呼んでいい?随分しっかりしてるけど、その若さで40歳とかじゃないよね?」


「高校一年の15歳です。俺、じじくさいですかね?」


「その年齢の子ならもっと浮ついた感じがするけど、拓海くんは落ち着いてる。女子には好感度的に良いと思う」


そんな事を言われたのは初めてだけど、悪い気はしない。


「タクミは、ルミのパパ」


「おっと、爆弾発言が飛び出しました。タクミくんのご意見は?」


コメンテイターみたいなしゃべりをする東海さんは、割とひょうきんなのかもしれない。


「違いますよ。ルミにはパパがいないので俺は父親役だったり兄役だったりしています」


「ふむふむ、二人の関係が少しだけ理解できたかも?」


「そこで疑問形?」


「おーーい。そこの二人、置いてくわよ〜〜」


いつの間にか樺沢さんはルミと手を繋いで先に行っていた。

行動が素早い。


「ふふ、さおりん、楽しそう。私も気分がいいわ」


「それは良かったです。行きましょうか?」


そして、4人であの神社に向かったのだった。





「今日の天秤座のラッキーカラーは、黄色らしい。それにこの物語の主役は天秤座の俺らしい」


俺は近藤恭司。

今日こそは海で出会った天使、じゃなくって志島葵さんと一歩先に進むんだ。


志島さんを迎えに行く途中、ラジオの星座占いでそう言ってた。

偶然にも、俺は黄色Tシャツを着てる。

胸のところに虎の絵柄があるのは愛嬌だ。


もう直ぐ彼女の家だ。


「あ、家の前で待ってくれてるじゃねえか。そんなに俺に会いたかったのか?」


やはり、今日の俺は物語の主役で主人公だ。


「待たせちまったか?」


「そんな事ないですよ。近藤さんがいつ来るのか出たり入ったりしてました」


天使だ。天使がここにいる。


「まあ、乗れよ」


「はい」


一気に車の中がいい匂いに包まれた。


「今日、行きたいとこがあるんだっけ?」


「今、動画サイトで話題になっている神社があるんですけど、そこに行ってみたいです」


「よし!任せとけ!神社だろうが寺だろうが火葬場だろうがどこでも連れて行くぜ。レッツゴーだ!」


近藤恭司の軽自動車は小気味良いエンジン音をあげた。


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