第67話 神社


神社に着くと朝と違って昼間は人が大勢いた。

露店まで出ている。

まるでお祭りみたいだ。


「ずいぶん盛況だねー」


「うん、みんなネット見て集まって来たんだと思う」


東海美代さんはそういう話題に詳しいらしい。


この人混みの中でルミは大丈夫だろうか?

心配になってルミを見ると、俺のそばから離れて樺沢さんと一緒にりんご飴を買っていた。


うん、大丈夫そうだ。


「まずは手を洗いましょう」


既にりんご飴を買って食べている二人はどうするのだろう?


「タクミ、持ってて」

「拓海くん、私のも」


そうなると思っていたよ。


お宮の前とお守り売り場には人が並んでいる。


「お参りしよー」


東海さんがそう言ったが、二人が食べてるりんご飴はお参りの時どうするのだろう?


順番がきて俺達の番になった。


「タクミ、持ってて」

「拓海くん、私のも」


結局こうなった。

今度からはお参りを先にしてから帰りがけに露店で買うように言おう。


熱心に拝んでる女子3人。

何をお願いしてるのだろうか?


「声聞こえないなあ」

「神様、お出かけ?」

「きっと願いは通じてるわよ」


みんな気がすんだようだ。

俺ですか?今日は荷物持ちみたいなのでやめときます。


「今度はお守り買うわよ。ここは恋愛成就が有名なんだって」

「みっちょん、それはマジですか?」

「マジだよ。ルミちゃんも行こう」

「恋愛、難しい」


今度はお守りを買うらしい。

女子はこういうのが好きみたいだ。


だが、お守り売り場には、見たことのある人達が居た。


「あ、ルミちゃん、お守り買いに来たの?」


そこには、白い着物に赤袴を履いたいわゆる巫女衣装に身を包んだ柚子と渚そしてアンジェまでいるではないか?


「あ、たっくん、どう似合う?」


「なんでここで働いてるの?みんな似合ってるけど」


「ここの神主さんのおじいさんが柚子ちゃんのおじいさんと知り合いなんだって。忙しいから手伝いを頼まれたんだ」


渚が説明してくれた。


「樺沢さんもいる。どうしてたっくん達と一緒?」


「マンションの前で偶然会ったんだ。行き先は同じだからみんなで来たわけ」


「そういうことか」


アンジェは納得したようだ。


「さおりん、こんな綺麗な子達と知り合いだったの?」


「うん、近藤先輩の知り合いでその流れでみんなと知り合ったんだよ」


樺沢さんは、東海さんに説明してる。


「さおりんが気になってるあの先輩ね。そういうことだったんだあ〜〜」


少し揶揄い気味に樺沢さんに話しかけていた。


その時、人混みがモーゼの海割りのように人達が分かれた。

その中心に歩いてくる人間を見忘れるわけがない。


「混んでるけど、なんでみんな避けるんだ?」


「何ででしょうねえ〜〜」


後ろから歩いている女性は何だか居心地が悪そうだ。

周りの人達に頭を下げて歩いている。


「あ、先輩!」


めざとく見つけてしまった樺沢さん。

そして、恭司さんの後ろの女性に気づくとダッシュで恭司さんのところに駆け寄った。


「先輩、その女性は誰ですか?」


「おーーちんちく……沙織も来てたのか?」


「先輩、私の質問に答えて下さい」


なんか迫力があるんだけど。


「この人は志島葵さんだ。ここに来たかったらしいから連れて来たんだ」


「だから、先輩の何なんですか?


樺沢さんの迫力に押されて恭司さんはキョロキョロしてる。

そして、俺と目が合ってしまった。


「おーー!拓海、良いところにいた」


樺沢さんと志島さんを置いて恭司さんは俺に駆け寄った。


「なあ、何でここに沙織がいるんだ?それに拓海まで」


「おい、トラ猫。二人だけじゃないぞ」


受付から柚子が声をかけた。


その受付を見て恭司さんがギョッとしてる。


「な、な、何でみんなここにいるんだよ」


「私はバイト」「私もバイトです」「爺さんに手伝いを頼まれたんだ」


「私は神様に会いに来た」


ルミまで一緒に答えた。


そして、樺沢さんと志島さんが一緒になってこちらに来た。


「拓海くん、お久しぶりです。今日は近藤さんにここに連れてきてもらいました」


「身体の調子は大丈夫ですか?」


「ええ、お陰様ですっかり良くなりました。本当にありがとう」


志島さんはそう言って頭を下げた。


お礼は貰ってるし、何度もそんな事をする必要はないのだが。


「拓海くん、ちょっと」


樺沢さんが俺を手招きしている。

恭司さんに聞いても埒が開かないと思ったらしい。


「拓海くんはあの女性を知ってるんですね?」


「ええ、恭司さんが前に俺を海に連れてってくれた時に浜辺でひとり海を眺めてた女性です。志島葵さんって言う名の女性なんですけど、その場で倒れてしまって恭司さんと俺とで自宅まで送ってあげたんですよ」


「ふむふむ、なるほど」


樺沢さんは詳細がわかっても何か気に病んでいるらしい。

何かを考えては打ち消し、そんな動作を繰り返して答えが出たようだ。


「わかりました。先輩は浮気者という事ですね?」


どうやらあらぬ方向に思考がシフトしたようだ。

俺は二人の女性の記憶を覗いてる。


今の志島さんがどう思っているのかまではわからないが、恭司さんと出かけるぐらいだから嫌ってはいないのだろう。


それに比べて樺沢さんは、わかりやすい。


「ちょっと先輩に制裁を加えてきます」


良くわからないが、恭司さんがこれから酷い目に遭うことだけは理解した。


「ぎゃーー、やめろ、ちんちくりん!じゃなくって沙織!」

「浮気者には制裁が必要です」

「わーー、まいった、まいったから〜〜ケツを思いっきりツネるのやめろーー!」


恭司さんの叫び声が境内に響いた。


周りではスマホ片手に撮影してる者もいる。


『修羅場だ』

『あのヤンキー、浮気したらしいよ』

『サイテーー!』


そんな声があちこちから囁かれている。


これ、社会的に死ぬんじゃ……


「なんとか生き残ってほしい」


俺はそう呟いた。



……………


「はて、女難の相はこぞうではなく、あやつだったか?わしも衰えたものだ」


そんな声がどこからか聞こえてきた。





「困ったことになった」


多田首相は、電話を切ってそう呟いた。


「どうかしたのですか?また、法外な要請をしてきたのでしょうか?」


官房長官である湯沢嘉之は、友好国である東大陸にある国の要請が資金援助だと考えていた。

昨今、頻繁に起きる自然災害に対してどの国もそれなりの予算を当てているが、予想外の被害が出ると資金繰りに頭を抱えるのはどの国も同じだ。


そして。その国はハリケーンの被害に頻繁に遭う国だ。

この間も大きなハリケーンがその国を襲ったばかりだ。


「大統領の孫にあたる人物が、3ヶ月前季節外れのハリケーンで落ちてきた大型の看板の下敷きになったそうだ。手術で一命を取り留めたが、脊髄の損傷が激しく歩けない身体になったそうだ」


「もしかして、蔵敷拓海の派遣要請ですか?」


「ああ、どこから聞きつけたのかおおよその検討はついているが、この依頼を断れば友好国としての信頼が揺らぐ事になる」


「それならば、彼を派遣するしかないと思いますが」


「わかっている。だが、その彼が二度とこの国に戻って来なくなったらどうする?」


「あ、そういうわけですか……竜宮寺家が黙ってないでしょうね」


「それだけではない。日本帝国の礎を築いた竜宮寺家、雲仙家、永善家の者達が彼の治療を受けている。彼らの怒りに触れたら、私の首一つでは足りないだろう」


確かに親戚縁者が、政治家、官僚、大企業の経営者など多数存在する。私だって永善家の遠戚だ。永善家から要請があれば呑まざる得ないだろう。


「特殊部隊を護衛に付けますか?」


「ああ、私もそう思ったが我が国も能力者が暴れたばかりだ。能力者の非常識な力に対抗する為には彼らが必要だ。いない時に何かあれば国防に影響する」


「友好国は何と言ってるのですか?」


「できるだけ目立たずに治療を行なってほしいと言われた。あの国も一枚岩ではない。政敵である共政党の者たちには知られたくないのだろう」


「そうなると、一個師団というわけにはいきませんね」


「連れて行けるのは、数人だろう。それに蔵敷拓海には護衛官が付いているしな」


「では、できるだけ選りすぐりの者を数名選んでおきます。それと、海上自衛隊の潜水艇をあの国も領海内に侵入させることは可能ですか?それと、領海線ギリギリに護衛艦を待機させておきたいです」


「それに関しては相手国に連絡を入れておく。名目上の建前は必要になるがおそらく断ることはないだろう」


「では、各所に通達してきます」


「ああ、頼んだ。私は名家の当主達と相談せねばなるまい」


蔵敷拓海の海外派遣は恐れてた案件だ。

どの国も彼の能力を知ればあの手この手で誘惑や力づくの手段を行使して手に入れたいと思うだろう。


もし、他の国に奪われば国内の名家は黙っていない。

どっちみち激動の時代に入ってしまう。

それだけは、どうしても避けなければならない。


「頭の痛い問題だ。いっそのこと彼がいなくなれば……いかんな。どうも保身に走りすぎる。首相とは面倒な役柄だ」


誰もいない執務室に、そんな呟きが留まっていた。









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