第58話 軋轢


警視庁特殊任務課の一角にあるSP対策本部と呼ばれるの室内で所長の道明幸嗣は、この課の本部長代理である清水奈美に意見を聞いていた。


「山形県で1件、福島県で6件の事件が起きている。その内3件とも火災によって焼死体として検死されたが、いずれも頭部を強い打撃を受けて吹き飛ばされたと報告が来ている。これに関してどう思う?」


清水奈美は、少し思考を巡らせて話し出した。


「重量のある鈍器で殴打すれば、そのような状況になると思われますが、物的証拠は上がってなく、犯人が持ち歩いている可能性もありますが現実的ではありません。

火災以外の現場では指紋や毛髪も採取されており、犯人は男で血液型はAB型と報告書には記載されています。

もし、能力者の疑いがあるのなら身体強化系の能力者であり、極めて稀ですが火炎能力も併せて持っていることになります。

保護施設で身体強化系の能力者の測定結果がありますが、拳ひとつでコンクリートを破壊していました。

火炎能力者の測定は暴走の危険があるためテスト結果は皆無でしたが、能力を制御できる状態でならば火災の一つや二つ起こす事など容易いことだと思います」


「旧施設から逃げ出した連中の1人の可能性があると?」


「断言はできませんが、十分に考えられます」


道明所長はパソコン画面を清水奈美に向ける。


「犯人の足取りだ。時系列に示してある」


「南下してますね。電車での移動ではなく、車の移動ですか?」


「いや、現場近くの防犯カメラやNシステムを片っ端から洗ったが、同じ車は見つけられなかった。勿論、バイクや自転車も同様だ」


「身体強化系の能力で移動してるのですか?」


「車を変えてる可能性も否定できないが、能力者と断定して郡山市付近の防犯カメラも当たってみた。そこに映っていたのがこれだ」


「随分、ボケてますね。もしかして走ってる?」


「ああ、おそらくそうだ。旧施設にいた者ならば社会経験は皆無だろう。今の連中は車も運転するが、それは一部の者たちだけだと私は思っている。この犯人はおそらく車の運転や電子機器などには疎いと思う」


「郡山市というと電車での移動を目的としているのでしょうか?」


「おそらくそうだろう。だが、駅周辺では怪しい人物は見つかっていない。もしかすると、警戒して徒歩、若しくは走って移動していると思われる」


「そうなってくると、今頃は那須周辺ですか?」


「ああ、あそこは別荘が多い。使われていない別荘もたくさんあるはずだ。こいつが潜むのにはうってつけだ」


「周辺の警察への連絡は?」


「既に済んでいる。拳銃の発砲許可も出していると聞いている」


「となると捕まるのは時間の問題ですね」


「うむ、そうだと良いのだがな」


道明所長は、その言葉尻を濁らせていた。





いつも通り学校に行くと大騒ぎになっていた。

何でも海川くんと沼川くん、そして山川くんの三人と2年生の野球部員である人が無期停学の処分を受けたそうだ。


「これって実質退学処分と同じだよね?」

「ああ、学校側からすれば自主退学しろって言ってるのと同じだよ」

「だから外部生はダメなんだ」

「学年の半分は外部生だぞ。その発言はマズいって」


そんな話が学校のあちこちで話されていた。

話は加速的に広がっていき、話は内部生と外部生との問題へと転換していった。


この学園は名家の庇護下にありそれぞれが出資しているため、学園経営上は問題がない。

しかし、いくら経営が安泰とはいえ生徒がいなくては学園を存続させるのは難しい。


数十年前からそう言った理由で外部生の受け入れを始めたらしいのだが、やはり小さな問題は起きていたようだ。


それが、今回の事件を火種として大きな軋轢を生むことになってしまった。


「って生徒会長の立科さんがメッセージで教えてくれたよ」


「そうなんだ。私も高校からの外部生だからいじめられたりするのかな?」


渚は、少し不安そうに言った。


「それなら俺もそうだしアンジェもそうだ。内部生は柚子だけだよ」


「学校って面倒ね。みんな仲良くすればいいじゃない」


「私もそう思うよ。でも、こういう話が出るってことはそう思っていない生徒も多いってことでしょう?」


「学校という狭い社会の場合ですと些細な問題でも大きくなったりしてしまうものですわ。おほほほ」


柚子は周りに他の生徒がいるから猫を飼い始めたようだ。


「きっと優秀な生徒会長さんがどうにかしてくれるよ」


その時はそう思っていた。


昼休みになると生徒会長の立科さんからメッセージが届いた。


【至急、生徒会室まで来るように】


嫌な予感がする。


嫌々生徒会室を訪れると嘘くさい笑顔で歓待してくれた。


「やあ、拓海君が来てくれて本当に嬉しいよ」


「他の人達はどうしたんですか?」


「ここにいるのは私だけだよ。みんなテスト勉強があると言ってさっさと帰ってしまった」


なんかマズい雰囲気だ。


「俺も勉強しないとマズいですし帰りますね」


「そう慌てることはないよ。拓海君」


そう言って肩を掴まれた。


「会長、いや孝志さん、本音でいきましょう。俺に話があるんですよね?」


「うわあああああああ!拓海く〜〜〜ん。僕はもう限界なんだあああ」


突然、大きな声で叫びながら涙目をしている。


「何があったんですか?」


「よくぞ、よくぞ聞いてくれた。朝からクレームが届きっぱなしで対処できない。拓海君も関わっているのだろう?無期停学生徒が外部生だったことで内部生からのクレームが酷いんだ」


生徒会って大変そう……


「話は大きくなりましたが、以前から問題はあったと聞いてますよ。その時はどうしたんですか?」


「この件は学校の経営問題に絡んでくるから、対処もへったくれもないんだよ。だから、時間が解決するまで放っておいたようだ。だが、今回は違うんだよ。実質退学処分と同じ生徒が外部生だった

つまり、外部生が英明学園の品位を落としたとして大、大、大問題になってしまったんだ。私の代でどうしてこんな面倒が起きるんだあああああ」


孝志さんは壊れてしまったようだ。

ご愁傷様です。


「大変ですね。では帰ります」


「拓海君、それは出来ないんだ。何せ今回は内部生の霧坂さんが外部生にハメられたって話になってきてるんだから」


柚子があの現場にいた事が漏れているのか?

でも、何が問題なんだ?


「柚子は気にしてないと思いますよ」


「違う、違う、違うんだよ。霧坂さんは内部生からは家柄の高い品位のあるお嬢様として認識され人気があるんだ。そんな子が外部生徒にハメられたんだぞ。問題だらけじゃないかあ!」


会長は興奮して話してるが、それの何が問題なのかわからない俺だった。


「柚子って人気があるんですね。初めて知りました」


「全く君は物事の本質を理解してないよ。このままだと、内部生による外部生の排除が起きてくる。つまり、イジメなどに問題に発展しかねない。ここで自殺者でも出してみたまえ。この英明学園の品位をさらに下げることになってしまう」


確かにそれは大変だと思う。

でも、起きてもいないことをあれこれ考えても時間の無駄なのでは?


「学校側は何か対策してるのですか?」


「期末テスト前の出来事ということで生徒のフォローに回っていると聞いているが、実質何もしていないのと同義だ。

生徒の自主性に任せるという無責任な言葉で僕に丸投げしたんだよ〜〜」


確かに都合の良い言葉だ。

未成年の子供に出来ることなどたかが知れてるというのに。


「内部生が外部生を排除しようとする根本的な問題は何なのですか?」


「家柄だよ。旧家の御曹司や政府関係者、大企業関連の子息子女の殆どが内部生だ。全てとは言わないが、プライドが高く高慢な態度の生徒も多い。

そんな中で、今は中心となる家柄のものがいない。名家直系の生徒が不在なんだ。

僕や拓海君みたいに竜宮寺家の親戚というステータスではカリスマ性がいまいち弱いんだよ。夏以降なら竜宮寺琴香ちゃんがイギリスから帰って来てこの学校に通う予定だ。それまで、何事も起きなければ良いのだが」


「大変そうな世界ですね」


「拓海君、そんな呑気な事を言ってる場合ではないんだよ〜〜。とにかく何とかしなければ‥‥ブツブツ」


(独り言を言い始めちゃったよ)


「とにかく今は期末テストを口実に乗り切るしかないんじゃないですか?内部、外部関係なく成績は将来に関わる事なんですから。家や親が立派でも個人の成績が悪ければ、コネで企業に就職してもその内ボロが出ますし」


「そうだ、そうだよな。とにかく期末テストでしばらくは乗り切ろう。だが、テストが終わった後、何らかの行動を起こさないとマズい。

それまで、拓海君も良いアイデアがないか一緒に考えてくれるよね?ね?ね?」


「わかりました。でも、何も思いつかないかもしれませんよ」


「大丈夫だ。拓海君ならきっとできる!」


う〜〜ん、何だろう?

そう言われても嬉しい気持ちにならない。

むしろ、面倒ごとに巻き込まれてしまった。


俺、学校通い始めたばかりだよ。

無理だろ……


気持ちはどんどん沈んでいくのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る