第53話 名前呼び


夕飯はみんなで一緒に食べている。

東北の病院まで出張していた清水先生も今日は一緒だ。


「凄いです拓海くんのマッサージ!もうすっかり良くなりました」

「だから言っただろう。拓海はすげーーって」


その夕食の食卓に恭司さんと樺沢さんもいる。


「それにお料理が美味しすぎます。ここはどこぞの三つ星家庭レストランですか?」


「嬉しいですね。そこまで言ってくださって、作ったかいがありますよ」


答えたのは元侍女長の坂井さん。

竜宮寺家の裏方を仕切ってた人なので、マズいわけがない。


「それに美人キャリアウーマンさんと黒髪和風美人の霧坂さんと銀髪美少女がいますよ、先輩。私竜宮城に来てしまったのかも知れません」


今日は日曜日なので結城家と如月家はそれぞれの家で家族水入らずの夕食を食べてるはずだ。


「うめえ、うめえ」

「聞いてねえわ、このヤンキー」

「うむ、なんか言ったか?」

「料理が美味しいと言ったんです」


「そうだった、自己紹介してませんでしたね。こちらが陣開楓さん。職業は弁護士で俺の保護者でもあります。こちらが、坂井芳子さん。とある旧家でお仕事をしてましたが、俺のところに来てくれたのです。そして、柚子とはもう会ってるし、こちらが清水先生。お医者様です。そして、娘のルミ。先生が忙しいのでうちで預かってます」


俺は樺沢さんにみんなを紹介した。


「あ、樺沢沙織です。慶明大学の文学部で一年生です。いつも近藤先輩をお世話してます」

「おい!」


「へ〜〜恭司くんの後輩なんだあ、それでどういう関係?」


「え〜〜と、後輩というか何というか〜〜」


清水先生の質問にしどろもどろの樺沢さん。


「このちんちくりんは、俺の後輩だ」


「恭司くん、女の子に向かってちんちくりんは無いと思うよ。ここに弁護士の楓ちゃんもいるし、樺沢さん、訴える?」


「清水先生、それはナシだよ。わかった、もう言わねえ、男に二言はねえ」


「じゃあなんて呼ぶの?樺沢さん、リクエストある?」


「できれば沙織と呼んでいただければ……」


「わかった。これからは沙織と呼ぶわ、なあ沙織」

「はい、先輩」


何か甘い雰囲気になっている。

樺沢さんは真っ赤になってるし……


「私もサオリと呼ぶ」

「うん、よろしくね。ルミちゃん」


何とかみんな上手くまとまったようだ。





季節は6月下旬に差し掛かろうとしていた。

夕暮れ時の旧校舎にその男女は中に入っていった。

以前から、その場所は人が消えるとか誰もいないのに声がするとか噂があったのに。

そして、恐る恐る使われていない空き教室に入る前に男は一緒に来たはずの女生徒がいない事に気づいた。

名前を呼ぶが、その姿はどこにもいない。

そして、教室から男を呼ぶ声が聞こえた。

男は一緒に来た女生徒だと思いその空き教室に入った。

そして、男がそこで見たものは……


『わっーー!!』


「もう、急に大きな声を出すのやめてよ。びっくりしたじゃない。それにあの場所にそんな噂があるなんて知らなかったよ」

「知らないの渚くらいよ。あと、蔵敷くんは知らなそうね」


月曜日のお昼に結城渚は仲の良い女友達と教室でお弁当を食べていた。

たまには、そうしないと友達付き合いが上手くいかなくなる。


「俺も知ってるぜ。何でも急に人が現れて寝ていた女性のはらわたを食べるらしいぞ」


話を聞きつけた男子が加わった。


「ああ、野球部でも有名だわ、その話。ゾンビかよって笑い話になったりもしたわ」


「どうだ、今度肝試しでもするか?そこで」

「いいねえ、でも来週中頃から期末だぜ。終わってからにしねえ?」

「確かに、勿論、女子も参加するよな?」


「私やりたい。そういう話好きなんだあ」

「私はちょっと怖いから遠慮したいな」

「渚、そこは行かないとつまらないよ」

「う、うん、そうだよねえ、考えておくよ」


どうやら、肝試しに参加させられそうだ。


(私、ホラー系嫌いなんだよねえ〜〜)


結城渚の心中は穏やかではなかった。





「うん、うまい」


旧校舎の空き教室で一人でお弁当を食べている。

最近、アンジェはクラスで仲の良い友達ができたらしい。

その子と一緒に教室でお弁当を食べているようだ。

渚も柚子もクラスの仲間と食べているので、自然とひとりになった。


実はアンジェにも言って無いのだが、池袋の宗教施設に乗り込んだ時アンジェと手を握っただけなのだが、頭の中にアンジェの能力の発動機能の詳細が記憶として流れ込んでしまった。


そして、それを試すと、あら不思議。

アンジェの能力が使えるようになってしまったのだ。


「俺の能力って何なんだろう?」


再生、治療の他にもいろいろな能力を得ている。

これって、まともじゃないことだけはわかる。

手を握っただけでその能力を使用できるようになるなんて普通じゃない。

能力が進化してるようだ。


相談できる相手もいないし、このまま使い続けて脳味噌が破裂するんじゃないかと密かに恐怖していた。


「あれ、蔵敷くんひとりなの?」


空き教室を訪れたのは二年生の安藤さん。

変な宗教の信者に監禁されかけてた子だ。


「先輩こそどうしたんですか?」

「私は蔵敷くんに用事があってここに来たの。きっとここでお弁当を食べてると思ったから」


「そうでしたか。いつもお昼はここにいます」

「そうなんだ。あのね、少し聞きたいことがあったんだ」

「何でしょう?」


「蔵敷くんを先週の金曜日、見たんだ。池袋の路上で缶コーヒー飲んでたよね」


朦朧としてて気付いてないと思ったが、修造さんを待ってる時の姿を見られたようだ。

この話は実は清水先生から伝えられていた。

どうするかは俺に任せるそうだ。


「確かに知り合いに連れられて池袋に行きました」


「やはり、蔵敷くんだったのね、私を助けてくれた人は」


「俺だけじゃないですけど、あのマンションから連れ出してここに寝かせたのは事実です」


「うん、ありがとう。ちゃんと本当のことを言ってくれて。私、兄が治って少し浮ついていたんだと思う。今まで兄とあまり遊べなかったからこれからいっぱい遊びに行こうって考えていたんだ」


勇人さんのことが好きなんだねえ〜〜


「そうでしたか、でも、これからは変な人にはついて行かないようしてください」


「うん、わかった。蔵敷くんには兄といい私といい二度も救ってくれた。何を返していいかわからないよ」


人は恩を受けたままだと窮屈になる。

それに見合う納得できるお返しをしなければ、やがて恩が重石になり感情が反転する。

つまり、会いづらくなって避け始め性格の捻くれた者は次第に悪口を言い始める。


勇人さんの時は対価をもらってあるので、そこまで気のすることはなかったが、今回は全くの善意だ。


何かの対価を得なければ、安藤さんはずっと心に重石を抱えてしまう。


「そうですね〜〜お礼の言葉だけで十分なのですが、じゃあ、俺と友達になってくれますか?見ての通り友達が少ないので」


「ふふ、そんなことでいいの?うん、わかった。じゃあ私のことは葉月って呼んでね。私も拓海くんって呼ぶから」


「葉月……先輩で勘弁してください」


最近、名前を呼ばされることが多いけどこれって普通なのか?


「それでもいいわよ。それと連絡先交換しよう。ほら、これが私の連絡先。プライベートでは兄以外拓海くんだけしか知らないんだから」


「俺スマホの連絡先の交換、自分でしたことないんですよ。すみませんがしてもらえますか?」


俺はスマホを葉月先輩に預けた。


「え、いいの?慣れてないならしょうがないわよね」


これで少しでも安藤さんの気が晴れたなら良いのだが……





来週から期末試験があるので授業は短縮授業になった。

主だった部活も禁止され生徒は試験勉強に熱中できる環境を手に入れたのだが、遊びたい年頃の高校生にはそれはご褒美にしかならない。


「今日の合コン上手くいくといいな」

「絶対うまくいくって。何だって野球部の先輩が紹介してくれたんだからな。結構遊んでる連中らしく直ぐヤレるらしい」

「よし、早く行こうぜ!」

「待てって、俺も行くから」


男子生徒3人はそのまま、合コン相手との待ち合わせの場所に行くのだった。






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