第52話 ギックリ腰


「はああああ!ぎっくり腰だあ!?」


ちんちくりんから電話がかかってきたと思ったら、ぎっくり腰で動けないから医者に連れてってと言われた。


「わかった。お前んち、三軒茶屋だよな。住所送ってくれ」


大学のレポートをパソコンで書いていたのだが、途中で息抜きをしたのが不味かった。まだ、半分も終わってねえ。


「そうか、拓海なら、マッサージとか言って誤魔化せるか?」


拓海に連絡を入れると、今新幹線の中らしい。

仕事で楓さんと名古屋に行ってたようだ。


「仕方ねえ、近所でやってる病院、若しくは接骨院はと……あった。ヤブ接骨院。ここなら休日でもやってる」


俺は車に乗り、ちんちくりんが送ってきた住所をナビに入れた。


「仕方ねえ、後輩だぜ」


俺のマイカーは勢い良くエンジン音を鳴らしていた。





パソコンの前でチャカチャカとキーボードを打つ銀髪少女ルミ。


「恋愛って難しい」


お隣に住んでるヒナが恋愛は楽しいって朝日ちゃんが言ってたよ、と聞いたので調べていたのだ。


だけど、いまいちよくわからない。


「人を好きになれば自然とわかるって言ってたけど、誰を好きになればいいの?」


今まで好きになった人などいない。

私の両親は本来は優しい人達だった。でも、私の能力が発現して人が変わってしまった。

うまくコントロール出来なくて、家の中を氷漬けにしてしまったりして、何度も掃除するうちに疲れてしまったのだと思う。

私を奥の部屋から出させない生活が始まった。


最初は、外に出たいと何度も訴えたのだが、聞き入れてもらえなかった。

そして、数年が経ちどこで知ったのか私の能力が組織というところに知られることとなり、怖い人達が数人で私を攫いにきた。


私は、怖くて能力のコントロールができず、その場にいる人達を氷漬けにしてしまった。

そして、車で待機してた組織の残党が私を連れ去ったのだ。


連れて行かれた場所で私はいろいろな検査をされた。

一般に研究棟と呼ばれる場所に半月ほどいたのだが、その後他の能力者やまだ能力が発現してない子供達のいる施設に連れて行かれた。


そこは、どういうわけか能力を発現できない場所だった。

画期的な研究成果の賜物だと、薄汚いおじさんが笑って自慢していた。


そして、その場所で私はいじめられた。

出された食事は取られるし、気に食わないという理由で暴力を振るわれた。


そこにアンジェもいたらしいが、別の部屋だったので交流はなかった。

そして、あの日、私は研究棟に連れて行かされた。


最終調整をすると言われて、注射器で薬を打たれる寸前に助けられたのだ。


そこからは、国の運営する新しい保護所という場所に行った。

そこでは、保護された数十人の子供達に勉強や道徳などを教えてもらった。


寝たきりの子供も多かったので、その世話も出来るだけするようにした。

だが、数年後にまた襲撃を受けた。


前の施設にいた連中だ。

保護所の人達や数人の子供達が保護所の破壊で死んでしまった。

攫われた能力者の人もいる。


私は、それ以前から清水先生のいる病院に入院してたので、その惨事に巻き込まれる事はなかった。


私の病名はPTSDという病気らしい。

夜、悪夢に襲われうなされる日も度々あったのが入院のキッカケだ。


そして、病院でタクミに会った。

タクミも入院していてたまに屋上で話をした。


私と同じ雰囲気を持つタクミに少し興味が出た。

だけど、ある日を境にタクミは来なくなった。

どうやら退院したようだ。


私はまた一人になった。


そんな時、清水先生から話があった。

私の養子にならない?と言われた。

養子の意味がよくわからなくて戸惑っていると、清水先生が私のママになるという事らしい。


どうしたら良いかわからなかったけど、私は小さく頷いた。

何かが変わるのでは、という淡い気持ちがそこにはあった。


そして、いろいろあってタクミと一緒の家で生活することになった。

その時アンジェにも出会った。

二人とも施設にいたと言われた。

その話を聞いて、私はまだ幸せな方だったのだと思った。


そして、3人で「楽しい」を探すことになった。

私は、なにが楽しいかわからないので、いろんな人に聞いた。

すると、ヒナがパソコンを教えてくれた。


私は夢中になって今まで知らなかったことを学びだした。

そして、今日も質問に親切に答えてくれるライム・レモンさんの配信を見ていたのだった。





『トントン。おーーい、ちんちくりん大丈夫かあ?』


先輩が来てくれたようだ。

あれから、少しは動けるようになった。

玄関の鍵を開けるのも一苦労だが、開けなければ医者に行けない。


「せんぱい、腰が痛いです」


「ああ、わかってる。多分ぎっくり腰だと思うぞ。俺がおんぶしてやるから医者に行くぞ」


「ありがとうございます」


背負ってもらうのは恥ずかしいけど、そんな事を言ってる場合ではない。

痛みを治す方をとるか恥ずかしさをとるかなら痛みを治す方を選択する。


「ほら、行くぞ」

「いたたたたたー先輩、もっとゆっくり」

「そうだった、悪かった」


先輩に背負われて、車に乗せてもらった。

行き先は知らないが、休日でもやっている接骨院を調べてくれたらしい。

車で5分行くと接骨院に着いた。


『ヤブ接骨院』


「せんぱい、大丈夫ですか?ここ」


「ここいらで休日やってるのここだけなんだわ。あとは大きい病院に行くしかねえけど」


「痛いのでここでいいです」


また、先輩に背負ってもらって接骨院に入る。


「さっき電話したものですけど」


すると奥から白い髭を伸ばした仙人みたいな人が出てきた。


「あそこに寝かせておくれ」


診察室のベッドのことだろう。


「せんぱい、ゆっくり、お願いですからゆっくりですよ」


「わかってるって、ほらよ」


掛け声とは裏腹に優しくベッドに寝かされた。


「君は連れかね?受付のところで待ってておくれ」


仙人のような人は、そう言って横になっている私を眺めている。


「おらおらおらーー」


突然、変な掛け声と共に両手をゆらゆらさせ始めた。


「あの〜〜何してるんですか?痛いので治療をお願いします」


「うむ、わかった。貴女のオーラが乱れちょる。腰の部分に黒いオーラが漂っておるぞ」


「は!?オーラですか?」


なんかやばいところに来てしまったの?私……


そして、数分間そのまま寝かされて、接骨院の仙人は両手をふらふら揺らしていた。


「これで、黒いオーラは消え去った。あとは湿布を貼っておきなさい」


えっ!?もうお終い?全然痛いの取れてないんですけどーー!


痛いのでベッドに寝たままの状態でせんぱいに来てもらった。

そして5000円を払いその接骨院を出て先輩の車に乗ったのだ。


「せんぱい、オーラとか言ってぜんぜん治療してくれないんですよ。手をゆらゆらさせてるだけで終わりました」


「マジか、ヤブだな」

「ヤブです。痛いです」


「とすると、どっかデカい病院に行くしかないが……おーー拓海が東京駅に着いたらしい。よし、拓海んちに行くぞ。あいつのマッサージはよく聞くからな」


「え!?大丈夫なんですか?私は大きな病院で構わないですよ。痛いので」


「任せとけ!行くぞ!ちんちくりん」


「本当に大きな病院でいいですからーー!てか、そこにしろ!」


先輩は車を発進させてどこかのタワーマンションの前に私を連れてきたのだった。





「〜〜それで、樺沢さんを連れて来たんですか?恭司さん」


「うん、頼む。ヤブしかやってねえんだわ、この辺。だからな?」


名古屋から家に着くと恭司さんが樺沢さんを背負って訪ねてきた。


「樺沢さんが可哀想なので構いませんよ」


樺沢さんの痛そうな顔を見てしまったらそうするしかない。


「取り敢えず入って、俺の部屋のベッドに寝かせてください。手を洗ってから行きますから」


「ああ、わかった。よろしくな」


恭司さんはそのまま俺の部屋に行き樺沢さんをベッドに寝かせたようだ。





「ちんちくりん、ちょっとそこで待ってろ。少し話してくる」


「わかりましたーー早めにお願いします。痛いので」


私は拓海くんの部屋のベッドでうつ伏せになって寝かされている。

正直、とても恥ずかしい…が、痛いのでそれはどこかにしまっておこう。


それにしても、凄いところに住んでいる。

広いし部屋数もたくさんありそうだ。

私の6畳のワンルームとは桁が違う。


あーーだめ。そろそろおしっこがしたくなってきた。冷めた紅茶を一気飲みしたのがあだになった。


「う〜〜おしっこか、痛みか。もはや究極の選択と言っても過言ではないわ」


う〜〜早く誰か来てーー!





「すみません、遅くなりました」


俺が部屋に入ってくると安心したような顔をしている。


「腰ですか、痛いですよね」


「腰もそうですが、生理現象が〜〜」


もしかして、尿意があると……

これは早く治療しなければ、俺のベッドが洪水状態になる。


「わ、わかりました。今治療‥‥マッサージしますから」


樺沢さんの腰に手を当て能力を発言する。

あーーこりゃあ痛いわ。

俺の腰も痛みが襲ってきた。


「くっ……!」


「拓海くん大丈夫ですか?もしかしておしっこですか?私がトイレ先ですからね」


「わかってますよ。トイレじゃないですから……」


樺沢さんの記憶が流れてきた。

いろいろ知ってしまったが、これは内緒にしておこう。

うん、これで大丈夫だ。


「どうですか?まだ痛みますか?」


「あれ、全然痛くない。すごい、あ、おしっこ……」


「トイレは部屋出て玄関の近くにありますから」


「はい、わかりましたあ〜〜」


そう言って樺沢さんは走って俺の部屋を出て行った。


はあ〜〜なんか疲れたかも……


俺はその場所で少し横になった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る