第47話 ラブレター


金曜日の朝。


昨日から始めたランニングをしている。

神社に前を通りかかったが、今日は参拝するのはやめておいた。


最近、アンジェとルミは俺が寝てても布団に潜り込んでこないようになった。


アンジェは学校に通って勉強が忙しいらしく覚えることがたくさんあるそうだ。


ルミはパソコンに熱中している。

情報とは無縁だったルミにとって、パソコンは魔法の箱らしい。

知識欲に駆られて、色々見たり調べたりしてるようだ。


いつも通り女子3人と通学して学校に着いた。

下駄箱を開けたら花柄をあしらったピンク色の封筒が入っている。


丸文字で俺の名前が書いてあるが差出人は記名していない。


「た、た、拓海くん、それってラブレター!」


それを見た渚さんが驚いたように声を上げた。


「たっくん、モテるねえ〜〜おら、おら」


アンジェは揶揄うように俺を突っつく。


「相手に合って自分の気持ちを素直に言うことが大事だ」


柚子はそう言うが、相手って誰よ?


中身を読んでないのでわからないが、俺は教室に行く前に旧校舎の空き部屋に寄って中身を見た。


『放課後、迎えに行くから校門のところで待っててね♡』


差出人は相変わらず不明だ。

可愛らしい丸文字で書いてあるから女の人だとわかる。


「放課後になればわかるだろうし、気にしてもしょうがないな」


女性とお付き合いするつもりは無い。

クラスの中でもつきあっている人もいるようだが、何が楽しいのか理解できないでいた。





「ほんと、男ってスケベよね」


渋谷のホテルから出てきた女性は、そのまま駅の方に向かって歩いて行く。


「でも、やっと情報を手に入れたわ」


彼女は自分が勧誘した男、東雲昇と一緒に如何わしいホテルに入り、自分の身体を使って情報を仕入れたのだった。


それから駅前のカフェに入り、仕入れた情報を整理した。


「あのスケベが勧誘したかった人物が安藤勇人。早稲山大学、経済学部の三年生。ゼミは畑違いの考古人類学を専攻してるのね。あのすけべの東雲が誘ったみたいだけど」


そして、この男の親は外務大臣だ。

これは、またとないチャンスだ。


「この男を使って外務大臣を動かせればいろいろメリットがあるわ」


海上自衛隊が出張るから薬の調達が難しくなってきたし、こいつを使えば抜け道を用意するのは簡単だ。特定の漁船を領海内に通航させることもできるはず。


「まずは弱みよね……男にしては女っぽい雰囲気。そうか、病弱なんだ。だから東雲が目をつけたのね」


「あ、妹がいるわ。安藤葉月。英明学園の二年生か。こっちの方が使えそうね。女は裸の写真1枚あるだけで言う事を聞くしね。それに、得体の知れない人達の情報も知ってるかも知れないし、本当おいしい人材ね」


お気に入りの飲み物を飲みながら、その女の顔は喜びに溢れていた。



「おおーージャスミンちゃああああん」


何故か、両手にサイリュームと呼ばれるペンライトを持ち両手を上げて振っている。


目の前には、肌露出の多い衣装を身につけ踊りながら歌っている女性が大勢いた。


こういう状況になったのは、隣にいるエロじじいのせいだ。


……[回想]……


「そっか、放課後になればわかるんだ」


渚さんは、どこか落ち着かない様子だ。


「たっくんのお弁当、今は坂本さんが作ってくれてるの?」


「そうだよ。たまに楓さんも手伝っているけど」


「アンジェのお弁当は何か懐かしい味がするよ」


「たっくんも小さい時から食べてるんだから懐かしいのは当然でしょう」


蘭子さんの食事は施設時代の味がする。

美味しいけど、少し複雑だ。


「渚さんはもしかして自分で作ってるの?」


「少しだけね。だけどほとんどがお母さんだよ。最近料理に燃えてて下手に手を出すと不機嫌になるんだ」


料理好きなのかな?


「それから、いつになったらさん付けをやめてくれるの?柚子ちゃんだって拓海くん、柚子って呼ぶよね?」


戦闘時は短い名の方が有利という理由なのだが、渚さんにはその事を話していない。


「わかった。これからは渚って呼ぶよ」

「うん、そうして」


渚は嬉しそうに梅干しを口に入れた。

酸っぱかったようで微笑みながら酸っぱそうにする微妙な顔つきになった。


そんな旧校舎にある空き教室でのお昼休みは日常になりつつあった。


そして、放課後、校門前で待っている。

俺の後ろには隠れるようにしている3人娘がいる。


「そんなところ隠れてないで、堂々としてればいいのに」


そう思っているのだが、相手の女性に悪いという理由で隠れているようだ。


すると、目の前にタクシーが止まった。

校門から校舎の方に気を取られていた俺は思わず振り向くと、既に腕を取られていた。


「待ったか?では、行くぞい」


あっという間にタクシーに乗せられてその場から走り出したのだった。


…………

「あっ、たっくん!」

「あれって霧坂さんのお爺さんよね?」

「あのエロじじい、まさか……」


その場に残った3人娘は呆然とその光景を見てたのだった。


…………


「修造さん、待ってください。俺、待ち合わせをしてるんですけど」


「はて、わしの他にも約束したのか?」


「まさか、このピンクの手紙って……」


「わしじゃ。可愛いじゃろ」


いい歳した爺さんがハートマーク書くんじゃねえ〜〜!


俺の心の叫びは、虚しく消えてった。


………[回想終わり]………



そして、現時刻、怪しげな階段を下り降りた場所こそが、この地下アイドルのコンサート会場だったのだ。


「ほれ、ぼうずも手をしっかり手を振らんか!おーージャスミンちゃあああああああん」


じいさんの推しはジャスミンさんらしい。

センターから右二人目のナイスバディの娘だ。


むさ苦しい男達の汗と熱狂が不快感をさらに増していく。


「ぼうずは誰推しじゃ?」


踊っている踊り子さん達を見てもみんな同じようにしか見えない。


「センターのトリーシャちゃんは一番人気だぞい。めんこいのは事実じゃ。じゃが身体の線が少し貧弱じゃ。その点、ジャスミンちゃんは、胸もお尻もピカ一じゃぞい」


歌に合わせて踊っているけど疲れないのかなあ、というのは俺の素直な気持ちだ。


「ライブの後はチェキ会じゃぞ」


そのチェキ会というのはよくわからない。


そして、時間も経ちライブも終わり、そのチェキ会というのが始まった。

単に踊り子さんと握手したりして写真を撮るだけのようだ。


俺は、列に並んで待ってるのが面倒なので、少なめの女性の列に並ぶ。

名前はアライサちゃんと言うらしい。

その子と握手して、手でハートを作って写真を撮ったのだった。


ジャスミンさんの列に並ぶスケベな人達は大勢いたので時間がかかるだろうと思い、先にライブ会場を出て店の前でエロ爺さんを待っていた。


喉が渇いたので近くのコンビニで缶コーヒーを買って飲んでいると少し先に見たことがある女性が大学生ぐらいの女性と歩いている。


「あれって2年生の安藤葉月さんだ」


一瞬こちらを見た安藤さんは虚な眼をしており、少しぎこちない歩きをしてるので変に思いその後をついて行くことにした。


安藤さんは酔っ払いのようなフラフラした歩き方をしており、それを抱えるように大学生ぐらいの女性がマンションに誘い込んでいた。


「ここ池袋だし、お兄さんを治療した時の記憶では家とは方向が違う。怪しいな」


「うん、怪しいね」


背後から急に声がした。


「は、アンジェ、まさか」


「たっくん、楽しそうだったね〜〜アライサちゃんだっけ。二人でハートマークなんか作っちゃって、ああいうのが好みなの?」


アンジェは姿を消して俺達を見てたらしい。


「違うんだよ。修造爺さんが無理矢理だなあ」


「浮気男の言い訳にしか聞こえないよ。スマホで写真撮っちゃったんだ。これ、どうしようかなあ〜〜」


「アンジェさん、お願いします。何でも言うこと聞きますから」


「じゃあ、今度デートしようね」


「はい、わかりました」


俺のことはこれでどうにか済んだ。かな?

あとは安藤さんのことだ。


既に二人はマンションのエントランスに入っている。

でも、幸いなことにここにはアンジェがいる。


少しお願いしてみるか。

代償が高くつきそうだけど……




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