第46話 参拝


スマホのアラームが鳴り目が覚める。

夜半に帰ってきて着てた服のまま寝てしまったようだ。


この時間に起きたのは、来る日に備えて少しでも基礎体力をつけようと走り込みをする為だ。


部屋を出ると既に坂井さんが起きていて台所仕事をしていた。


「あら、拓海さん、早いですね」

「おはようございます。少しランニングをしてきます」

「そうですか、行ってらっしゃい」


坂井さんに見送られて外に出ると、エントランスのところでストレッチをしている柚子がいた。


「おはよう、早いんだな」


「おはよう、いつもならまだ寝てるはずなのにもう起きたのか?」


柚子が少し汗ばんでいる。

既にランニングから帰ってきた後のようだ。


「少し走ってくるよ」

「まて、そのまま走るつもりか?少しは身体を動かしてからじゃないと身体を傷めるぞ」


それから柚子の指導で軽く運動して走りに行くことになった。


その時、柚子もついて行くと言っていたのだが近所だけだから、と言って断った。


彼女のペースだと能力を使わないと付いていけなくなる。



ここのマンションに来て朝から走るのは始めてだ。

しばらく走っていると来た事もない場所を見かけた。


「林があると思ったら鳥居がある。神社があるのか」


養子になった蔵敷家は、竜宮寺家の鬼門を守護する神社の家系だ。

こうして、この土地を守る神社に出会ったのも何かの縁だ。


「お参りしていこう」


規模は大きくないが、神主さんが在中しているらしく、境内内を掃除していた。


「おはようございます。お参りさせて下さい」


「おはようございます。構いませんよ、ごゆっくり」


まだ30才前ぐらいの若い神主さんだ。


ポケットに小さな財布とスマホを入れてある。

財布を取り出して中身を見ると一万円札が一枚入っているだけだった。


「電子マネーで済むから、財布にはこれしか入れてなかったっけ」


両替してもらうには気がひけるし、奮発して一万円札を賽銭箱の中に入れた。


2礼2拍手1礼をして、お参りする。


「どうか平穏に過ごせますように」


そう小さな声を呟いていると、


『無理』


そんな声がどこからか聞こえてきた。

能力者がいるんだから神様だっているだろう。


「は?神様かな?そんな事言わずに平穏に過ごさせて下さい。お願いします」


『絶対、無理』


無碍もなく無理判定された。


「どうしてもでしょうか?」


『どうしても無理。人生三周したら叶うかもしれん』


「それって、3回死んでますよね?」


だんだん腹がたってきた。


「一万円入れたんですから、そこを何とか?」


『それはそれ。願いは無理』


「おい!一万返せ」


『……貴様に幸あらんことを』


そう聞こえてからそれ以上は、聞こえなくなった。


帰り際、境内を掃除してた神主さんが申し訳なさそうな顔をしてた。



…………


「おじいさん。参拝者に変な事を言うのはダメだって言ったでしょう」


「少し面白そうな少年が来たからお宮の中から覗いていたんじゃ」


「覗くのは百歩譲って構いませんが、お願いに返答したらダメでしょう!」


「わしは本当の事しか言っておらんぞ」


「それでもです。最近、神様の声が聞こえる神社と言われていてスマホを持った若者がライブ配信してたりしてるんですよ。バレたらこの神社もお終いです」


「それはそれで良いではないか。神社も潤うしのう」


「そう言う問題じゃないんです。今度からは絶対声を出さないでくださいよ。いいですね!」


若い神主さんは、お年を召した神主さんに苦言を言っていた。


「わしは本当の事しか言うておらんのに、孫はまだまだじゃな」


そう言ってお宮の奥に消えて行った。





「近藤先輩、最近真面目に大学来てますね」


昼休みの食堂で近藤恭司がカツ丼を食べていると声をかけられた。


「なんだ、ちんちくりんか」


「樺沢沙織です!ちんちくりんじゃありません。何度言ったらわかるんですか?」


身長150センチ満たない樺沢は身長180センチ越えの近藤恭司から見てそう言うだけの身長差があった。


「近藤先輩、私を見て何か気づいた事ないですか?」


「背が小さい。おっぱいが大きい」


「最低です!謝罪を要求します」


「すまん」


「軽っ!そうじゃなくって先輩、私の顔見て下さい」


「そういえばメガネしてねえな。コンタクトにしたのか?」


「ふふん、どうですか?惚れちゃってもいいんですよ」


「はい、はい。あ、そう言えばちんちくりんは女心がわかるか?」


(う〜〜軽く流されたよ……)


「当たり前です。私女ですよ。何だと思ってたんですか?」


「それでよ〜〜どうしたらいいかわかんねえんだわ」


「全く、聞いちゃいねえよ、このヤンキーは!」


「何か言ったか?」


「いいえ、それで何があったんですか?」


「海だ!そんで夏だ!」


(ほんと、この人よくこの大学に入れたわね)


「海と夏がどうしたんですか?」


少し怒り気味の樺沢沙織は、それを抑えて聞き直した。


「海って言ったら女だろ?夏って言えばやはり女だ」


数多の小説を読破し、文学部に通う樺沢沙織にも近藤恭司が話す言葉の意味が理解できないでいた。


(行間読んでも無理だわ)


「女性が絡んでいることは分かりましたけど、意味がわかりません」


「全く、ちんちくりんも拓海と同じような事を言いやがる。何でわかんねえんだろうなあ」


(新たな登場人物である拓海って人も苦労してそうね)


「先輩に友達いたんですね」


「ああ、拓海とはマブだぜ」


(マブダチって言いたいわけね)


「じゃあ、その人に相談したらいいじゃないですか?」


「それがよ〜〜あいつ、そう言うのに興味ないみたいなんだわ」


(そう言うの?って何だろう)


「それは残念ですね」


「そうだ、ちんちくりん、今日の午後は授業あるのか?」


「あと一限ありますよ。その後は暇ですけど」


「じゃあ、俺と一緒だ。終わったら校門前で待ってろ。拓海を紹介してやるよ」


(いきなりですか?まあ、先輩の友達ってのにも興味ありますし……)


「わかりました」





「それで、恭司さんは俺の学校まで来たんですか?そちらの綺麗な女性を連れて」


「そうだ。まあ、ちんちくりんは綺麗だわな、うん」


(キャッー!先輩に綺麗って言われたあああ。でもちんちくりんって言うな、ヤンキー!)


放課後、帰る時、校門前でヤンキー……恭司さんが立って待っていた。

後ろには着心地悪そうにしてる小さくて綺麗な女性が控えていた。


「それで、そちらの女性はどなたなんですか?」


「私は樺沢沙織です。先輩と同じ大学の一年生です」


「恭司さん、一年生拉致して何してるんですか?通報しますよ」


「バカ、そんなんじゃねえ。こいつは後輩だ」


「樺沢さん、恭司さんがそう言ってますけど脅されてるとかじゃないんですか?弱み握られているんですよね?正直に言ってください。もし、不同意で連れてこられたのなら奥の手使いますから」


スマホを取り出して春香姉さんの連絡先の画面を恭司さんに向ける。


「おい、バカ、それはマズい」


(先輩の扱い方が上手すぎる)


「先輩が友達紹介してくれるって言ったので、興味があってついてきました」


「そうですか、良かったです。恭司さんが牢屋に入る事なくて」


「おい!」


「ねえ、それより私にも紹介してよ」


そう言ったのはアンジェだ。

そばには渚さんや柚子もいる。


「あれ、アンジェって恭司さんと会うの初めてだっけ」

「そうだよ(実は知ってるけどね〜〜)」


「こちらは慶明大学の近藤恭司さん、そして、こちらは如月アンジェ。同じマンショに住んでいるんだ」


「おい、拓海!ちょっとこっちこいや!」


恭司さんに連行されて、みんなと少し離れた場所に連れて行かされ塀に壁ドンされた。


(これってデジャブ?)


「何だよ。あの金髪美人は?お前、前世でどんな徳積んだんだ。チキショウ!俺だって、俺だって……」


恭司さんにとってアンジェは琴線に触れたらしい。

そう言えば、ルミの時もそうだった。

もしかして、欧米人好き?


……………

「壁ドンしてるけどヤンキーに絡まれてる高校生にしか見えないわね」

「う〜〜ん、恭司さん、拓海くんに何のようなんだろう?」

「たくみもまだまだだな。ああ言う時は捻って交わすんだ」


高校生3人娘は言いたい事を言っている。

だが、一人だけ別枠がいた。


「おーーこれは、これは。たぎります。良いシュチュエーションです。先輩についてきた甲斐がありましたあ。写真とって良いですかね?」


樺沢さんはスマホで『パシャパシャ』と何枚も写真を撮り出した。


……………


「〜〜〜〜と言うわけなんですよ。だから、アンジェの事は内密にお願いします」


恭司さんにアンジェの内容を話していると、またプルプル震え出した。


(おしっこかな?)


「すげーな、すげーよ。うん、うん、良しファミレスでも行こうぜ。もち俺の奢りだあ」


感動してたようだ。

紛らわしい……


それから、駅近くのファミリーレストランでみんなで軽く食事をした。

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