第45話 三段活用


アンジェと柚子と一緒に倉庫を出ると、目の前に国産のワンボックスカーが停まっていた。


中から楓さんが心配そうな顔をして出てきた。


「もう、よろしいのですか?」

「うん、用事は済んだから」


車に乗り込み発車すると、倉庫の周りは黒塗りの車とパトカーに包囲された。


奴らがどうなろうと知ったことではないが、きっとAー8の能力でどこかに行くのだろう。


警官が踏ん込んだ時にはおそらくもぬけの殻だ。


「アンジェ大丈夫か?」


「うん、少しスッキリしたかも。許せないけど、直接言いたいことを言うって大切なんだね」


「アンジェがそう思うのなら良かったよ。少し安心した」


「もしかして、たっくんは過去の私に向き合えって思ったから治療を受けたの?」


「違うよ。ただの自己満足だ」


「そっか、でもありがとう」


今回の治療は俺の我儘だ。アンジェは誤解してるようだが結果的に少しだけ先に進める道を見つけたのかもしれない。


「楓さんもわざわざ迎えに来てくれてありがとう。また、心配かけてしまってすみませんでした」


「いいえ、私は何もできませんから、これぐらいはさせてください」


「柚子もありがとう。怖かっただろう?」


「私はたくみの護衛だ。怖くなかったと言えば嘘になるがそれでも私はたくみを守る義務がある。気にするな」


言いたい事を言ったアンジェは疲れたのか車の振動に負けたようで気持ちよさそうに眠りはじめた。


その寝顔は幼い頃のアンジェを思い出させた。





家に帰り、しばらくすると恭司さんが慌ただしく家に来た。


「拓海、お前何やってんだよ!大丈夫か?」


「怒ってるのか心配してるのかどっちかにしてください」


「両方だ。それでよ〜〜ガチにマズい事になった」


この人は結論を先に言うから全く意味がわからない。


「取り敢えず、お茶でも飲みながら話しましょうか」


恭司さんをリビングに連れて行くとソファーに座っているルミを発見したようだ。


「拓海、俺幻覚が見えるようになったかも知れねえ」


「何が見えたんですか?」


「ソファーに座ってテレビを見ている銀髪の美少女だ。あれ1/1フィギュアか?」


ルミを見てそう思ったらしい。

そういえば、恭司さんはルミとは初見だった。


「違いますよ。ルミ、ちょっとこっちに来て」

「なに?」


トコトコ歩いてくるルミ。固まる恭司さん。


「ルミ、こちらは大学3年生で単位がヤバい『おい!』近藤恭司さん。そして、こちらは清水先生の娘になった清水ルミ14歳」


「清水ルミです。よろしく」


「おーー恭司だ。よろしくな。ちょっと拓海、こっちこいや!」


恭司さんは俺を引っ張って玄関近くに移動し壁ドンした。


「清水先生の娘?どう言う事なんだ?」


俺はルミのことを恭司さんに説明した。

それを聞いた恭司さんは、プルプル震えている。


「すげーな。うん、うん、すげーよ。今度ルミちゃん誘って遊園地にでも遊びに行こうぜ」


感情豊かな恭司さんはルミの生い立ちに思うところがあったらしい。


「遊園地、行く、行く」


お隣の陽菜ちゃんは遊びに来ていてトイレに入ってたらしく出てきて会話に加わった。


「おい、ガキンチョ。濡れた手を俺の服で拭くな!ハンカチかタオルで拭け」


「あ、ごめん間違えちゃった、てへ」


「お前、小学生のくせにあざとすぎるだろう。誰に教わったんだよ」


「Your Tubeのライム・レモンちゃん?」


「なんか酸っぱそうな奴だな」


「ねえ、ねえ、いつ遊園地に行くの?友達の朝日ちゃんも連れてっていい?」


「構わねえけど、俺のマイカーはそんなに人を乗せられねえぜ」


「あの車に乗るなら電車で行く」


「はあん、ガキンチョにはまだあの車の良さがわからねえらしい。フロントグリルに付いてる『S』のマークはなあ、凄い、素敵、素晴らしいの『S』なんだぞ(自認)」


「そうなんだ。私はてっきりスケベ、スカスカ、すっとこどっこいの『S』かと思ったよ(自認)」


負けじと張り合う二人は、やはり精神年齢が一緒だと思う。

それより、早く壁ドンやめてほしい。

ヤンキーに絡まれてる構図にしか見えない。





「情報が出てこないですね」


「本当なのですか?大怪我が直ぐに治ったって」


「そう東雲くんは言ってました」


「勘違いの可能性も含めて、私から本人に聞いてみます」


「わかりました。眠木さんなら東雲くんも詳しい話をしてくれるでしょう。同じ大学ですし、貴女があの人を勧誘したのですから」


「ええ、薬を使ってでも聞き出します」


「よろしくお願いします」


池袋にあるマンションの白い部屋で、裸で抱き合いながら密談していた男女がいた。





俺と恭司さんは、俺の部屋で話し合っていた。


「さっき言ってたガチでマズい事って何ですか?」


いつもの恭司さんなら直ぐに返答がくるのだが、何か思い悩んでる様子だ。


「いや、やはりいいわ。少し焦った感じ?」


「それなら構いませんが、あまり溜め込まないようにして下さいよ」


「ああ、そうだよな。そんなの俺らしくねえよな」


話すつもりはないらしいが、きっと時間の問題だと思う。


『トントン』


ドアがノックされてルミが入ってきた。


「ルミ、どうしたの?」

「パソコンがほしい」

「パソコン?」

「ヒナが教えてくれた。楽しいって」

「俺の貸すよ。使ってないから」


机の上に置いてある最新型のノートブックをルナに渡した。


「いいの?ありがと」

「使い方、わかる?」

「ヒナに聞くから大丈夫」


トコトコ部屋を出て行ったルミの後ろ姿を見て恭司さんが呟く。


「表情の変化が乏しいのは拓海と一緒だな。カジノでポーカーやったら絶対勝てるよな」


「未成年者はカジノはダメでしょう?」


「法律が改正されてあちこちにカジノができてるけど、俺も行ったことねえわ」


「まあ、恭司さんなら身ぐるみ剥がされて裸で店の前に放り出される未来しか想像できませんけどね」


「ち、ち、ち、拓海。俺が中坊の時を知らねえな。授業サボってあちこちのゲーセン行って金髪メダルハンターと言われた俺を舐めるなよ」


「そんな称号、恥ずかしくないんですか?俺なら黒歴史として一生涯封印しますよ」


「グッ、今のはいい感じのダメージを受けたぜ。だが、それは俺の腕前を見てから言うんだな、拓海」


「そこまで言うなら勝負を受けましょう」


「おおーーいい感じに盛り上がってきたじゃねえか。さて、どこ行くか?」


「ゲーセンしかないでしょ。カジノは無理ですから」


「そうだった。都内の繁華街のゲーセンはみんなダメだ。出禁になってる。行くなら地方しか残ってねえ」


「中坊の時から学校サボって何してんですか?それに今日平日でしたけど大学の授業を受けたんですよね?」


「ぐぐっ……今日は大事な用事があったんだ。人生かけての大勝負だったんだ」


「それで、その大勝負は勝てそうなんですか?」


「ぐ、ぐ、ぐっ。夏までにはどうにかする?しよう?するかも?」


「変な三段活用の言葉を作らないでください」


相変わらずの恭司さんだった。





その日の夜。

いつもならルミが来るのだが、自室にこもってパソコンをいじっている。

相当気に入ったらしい。


アンジェは、いろいろあったのでおそらく自分の部屋でそのまま寝てしまったのだろう。


俺は、久々の一人きりになったので、今日得た能力を検証する事にした。

胸糞悪い記憶を辿り、能力の発動のメカニズムを把握する。


(そうか、わかった)


行き先をイメージすれば良いらしい。

さて、どこに行くか?


この部屋には監視用の隠しカメラがある。

だから、ベッドに毛布を丸めて人が寝てる風を装った。


まずは近場からだな。

学園の旧校舎の空き教室をイメージする。

そして【転移】


言葉にしなくても良いらしいが、慣れるまではその方が能力の発動をしやすい。


俺は今暗い教室の中にいた

少し埃っぽい感じと学校特有の独特の匂いがするこの場所は間違いなくあの空き教室だ。


「これは便利だ。だが、人前では使えない」


今度は、少し距離を伸ばして、竜宮寺家の裏山にあるみんなで釣りした場所をイメージした。


【転移】


すると、一気に空気が変わり川のせせらぎがうるさいほど鼓膜を刺激してる。


「できた。だが、離れた距離だと疲れが酷いな」


俺は回復を自信にかけてその疲れをとる。


「これなら何度でもできそうだ」


異世界もののラノベで言うならチート能力だ。

あんなに嫌がっていた能力も少し好きになれた感じがする。


「俺の治癒能力が異質すぎたんだ。伴う痛みが酷くて能力を否定していたのかもしれない」


そして、今度は浮遊を使ってみる。

能力を発動すると身体がふわりと浮き上がった。


「おお、これも使い勝手がいい」


前から得ていた風力操作を使い移動してみる。


「マジ、空飛んでるよ」


しかし、そのままでは風が身体を痛めつけた。

このまま、前面にバリアを展開。


「はは、これなら風も当たらないし、気持ちがいい」


こうして、夜中に山の上を飛んで練習を重ねたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る