第44話 謝罪


波は裸足の足元の砂を削りとって、砂浜に立ちすくんだ私の足を少しだけ埋め込み、ここから逃さないように捕まえているみたいだ。


「やはり、ここに来ちゃったか」


白血病という難病がすっかり治ってしまった私は、気持ちだけ取り残されてしまっている。


ここで死のうとした覚悟は、離岸流に乗って沖に行ってしまった。

すっぽり空いた心の隙間は、未だ塞がらない。


「志島さん、ジュース買ってきたぜ。炭酸は嫌いなんだよな?」


「ありがとうございます。近藤さん」


「いいって事よ。それより、ここで良かったのか?あの時も何か思い詰めてた顔してたし、今もそれは変わってないように見えるが」


「ドライブに誘って頂いただけで嬉しいですよ。でも、何となくここに来てしまうんですよね」


私がここで倒れて近藤さんと蔵敷くんに助けられた。

それに、ここはあの人との思い出の場所でもある。


「確かに海はいいよな。心に溜まったものを洗い流してくれるような気がする」


「……そうですね。でも、私の場合は少し違います」


(そう、ここは私の懺悔の場所。そして、私を捕らえる空間)


「そうなのか?何か思い入れのある場所みたいだから、俺は少し場を離れようか?」


「そこまでしてくれなくてもいいです。ここにいて下さい。その方が私は助かります」


(誰かがいれば、ここから出ることができる。そうじゃないとここから動けなくなりそうだ)


「そうか、ならそうするよ」


(ああ、拓海〜〜!この後どうすればいいのか教えてくれ!)


近藤恭司の心の声は沖には流されずに留まったままだった。


そんな時スマホの着信音がなった。

相手は柚子からだ。


【能力者達が拓海と接触。治療して欲しい能力者がいるようだ。拓海は行く気らしい】


「は!?何してんだ、あいつは〜〜!!」


思わず大声をあげてしまった。


「「す、すいません」」


何故か、近くにいた女子高生に絡んでいた男2人が逃げ出して行った。


「お兄さん、ありがとうございます」

「あいつらしつこくて困ってたんです」


二人の女子高生はそうお礼を言って去っていった。


「近藤さんはとても正義感のある人なんですね」


志島さんは勘違いしているようだ。


「そういうわけではないんだ。大声あげてすまん」


「いいえ、何か少しだけ吹っ切れた気がします」


(近藤さんの大声がこの空間から私を引き戻してくれた)


「そうか、よくわかんねぇけど、良かったのか?」


「はい、ありがとう、近藤さん」


(その笑顔は、反則だろう!)


恭司の心は志島葵に捕らわれた。





「蔵敷拓海が能力者達と接触。喫茶店で話し合った後、車にて移動中」


「とうとう、蔵敷に接触したか。目的は組織への勧誘か?」


「いいえ、聞き取りにくいですが、治療して欲しい能力者がいるようです」


「そういうことか。監視を強化!行き先を特定せよ。その管轄の署には連絡を入れておけ。戦闘行為が起きても周りに被害が出ないように通達しろ」


SP対策本部では緊急警戒体制となった。

もし、蔵敷拓海が特定の組織に加入する事になったら大変な問題となる。

今は名家である竜宮寺家に保護されているが、それは日本帝国に保護されていると同義だ。


「その能力者達の見元はわからないか?」


「おそらく、保護施設を強襲した連中です」


「また、犠牲者を出すわけのはいかない。奴らの逃げ道を塞げ!」


「やはり、こういう時にこちらも攻撃系の能力者がほしいな」


「清水課長、そう簡単に能力者を捕獲できませんよ」


「ルミがもう少し年齢が上ならば、使いようがあったのに、惜しいことをした」


「清水課長の妹さんが養子にしたんですよね。いざという時は協力を仰げるわけですから、そう悲観しなくても良いのでは?」


「そうなのだがね〜〜妹は意外と頑固なんだよ。説得するには骨が折れそうだ」


「〇〇地区の倉庫街に入りました。この近辺で間違いないかと」


「絶対見失うな」


決して広いとは言えない部屋の中は、いつも以上の熱気を帯びていた。




「着いたわ。こっちよ」


倉庫の正面のシャッターではなく、脇にある普通のドアから中に入った。

荷物は何もなく、ただ俺達の歩く足音だけがこだましている。


鉄でできた階段を上がり一階の倉庫を見渡せるように窓の大きな二階の事務所に入った。

中には3人の男女がおり、ソファーベッドに一人の男が寝かされていた。


「連れてきたわよ。さあ、こっちよ」


3人の能力者たちの中で少しキザっぽい男が話し出した。


「Cー46号、よく来てくれた。歓迎する」


「Aー16よ。私が能力を暴走させたときに貴方に治療してもらった。その時のお礼がまだだったから今言う。あの時はありがとう」


この女は知っているし、記憶もある。電撃能力者であり身体強化能力者でもある。


「今回の治療で約束して欲しいことがある」


「メッセージをもらったから知ってるわ。Bー69号に謝罪すればいいのよね?」


この女は知らない。

アンジェが言ってた探知系の能力者か?


「そうだ。謝罪してくれればこいつを治す」


アンジェと柚子はドアの向こうにいる。

中に入ってきたアンジェは、周りにいる能力者達を睨みつけた。


「たっくんが治すと言ったから私も付いてきた。あんた達にされた怨みは忘れてない」


「ふふふ、Bー69号も大きくなったわね。あの時は古株のくせに歳下で小さくてそれに能力判定がBだった。だから、みんなの的になった。

抜け出せない、辛い日々をあんたをいじめることで生きられた。

だから、謝ることは問題ない。今では感謝もしてる。

もし、貴方がいなければ、私は自殺していただろう。

私の生きていられたのは貴方のおかげです。あの時はいじめてすみませんでした」


「ふざけないで!Aー11!どんなけ私が耐えてたと思うの?辛い、苦しい?そんなの私だって同じだったんだから。それ以外にあんた達の暴力や暴言を受けてたのよ。毎日死のうと考えてたわ。それなのに。同じ能力者なのに、なんでよ〜〜!

あんただって探知能力がメインじゃない。それなのにエースナンバーになって水流操作まで身につけて。私と同じBだったはずなのに、研究員に媚び売ってエースナンバーにしてもらったのはみんな知ってるのよ。バカにしないで!」


それは、アンジェが抱えていた心の闇だ。

それが一気に噴き出した。


俺はアンジェの手を強く握った。


「俺は鬱憤を晴らせれば誰でもよかった。たまたまそれがBー69号だった。今更遅いかもしれんが、許されるとは思っていない。だが、謝らせてくれ。すまなかった」


そう言ってこの男は頭を下げた。


「Aー24号よね。風力操作能力者。私の髪を引っ張って転ばせた。私の背中を蹴った。私のお腹を殴った。まだまだあるわ。あんた達みたいなやつは人にやった事なんて覚えてないでしょう。でも、それを受けた私は忘れる事なんてできない。今でもどこで誰が私に何をしたか全て覚えてるから」


「Bー69号、貴女に辛い思いをさせてごめんなさい」


「Aー16号、電撃と身体強化能力者。常に傍観者だったわね。何で止めてくれなかったの?」


「それは、怖かったからです」


「暴力を受けてる私はもっと怖かったわ」


「ごめんなさい。私が傍観者だったのは自分が怪我を負ったから。研究棟の奥の部屋で監禁されている小さな男の子、Cー46号に助けてもらった。私達よりも辛く酷い目にあってる子を見たから。だから、直接いじめることはしなかった、でも、見てるだけでもいじめられる側にはいじめっ子と同じなのだと思う。きっと助けて欲しいと思ってたはず。でも怖かったから見てるだけしかできなかった。だから、許されるとは思ってないけど、謝らせて。あの時はごめんなさい」


「知ってる?人って理不尽に晒され続けると悪魔にもなれてしまうのよ。そうならなかったのは、たっくんのおかげなんだ。

あなたもたっくんに助けられたのよね。なら、なんでこんな奴らといつまでも連んでるの?今は大人になったから過去のことはどうでもいいの?そう思えるのはあなた達クズの集まりだけよ。そのクズ達に壊されかけた私は一生許せないから」


「ぼ、僕も傍観者だった。いつ自分の番になるのか怖かった。今考えれば卑怯者なんだと思う。許されないのはわかってるけどごめんなさい」


「そうね。私ももう一度謝るわ。ごめんなさい」


俺達を連れてきた二人も再度謝った。

それでもアンジェの心は許せないだろう。


「アンジェ、言いたいことは言った方がいい」


俺の我儘でアンジェをここに連れて来てしまった事を後悔している。


辛い過去に向き合うにはとても勇気が必要だ。


さっきから、握っているアンジェの手が力強くなっており、そして振るえていた。


「言いたいことは山ほどあるけど、それよりこいつらと同じ空気を1秒たりとも吸いたくない。だから、もういい。早く終わらせて帰ろう」


「アンジェがそう言うなら」


俺はベッドに寝ている男に手を胸に当てた。

そして、能力を発動する。

身体の神経、筋肉がズタズタになっている。

本当に息をするだけの存在となっていた。


そして、数分の治療を終えて奴の記憶と共に転移能力と浮遊能力を手に入れた。


 

………

能力者


Aー8  転移能力・浮遊能力

Aー11  探知能力・水流操作能力

Aー16  電撃能力・身体強化能力

Aー18  重力操作能力・千里眼能力

Aー24  風力操作能力・?

Bー38  結界能力・闇能力


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