第42話 シリーズ本


翌朝、女子3人と学園に向かっている。

ルミは、元侍女長の坂井さんにいろいろ教わる予定だ。


それと気になるのが霧坂さんだ。

いつもなら『駄猫!』と言って蹴りとか拳が飛んでくるのだが、今日は結城さんと静かに話をしている。


「霧坂さん、どこか調子悪いのかな?」

「たっくん、気になるの?」

「まあね。なんか調子が狂うというか、わからないけど気になるのかな?」


そんな俺の言葉を聞いたアンジェは霧坂さんに話しかけた。


「柚子さん、どこか調子悪いの?ってたっくんが気にしてるよ」


すると、どこか焦ったように言葉を発した。


「ど、どこも調子悪くありませんわ、おほほほ」


「そうかなあ?昨日から柚子ちゃん変だと思う」


結城さんも霧坂さんの変化に気づいていたようだ。

すると、アンジェが、


「あ、もしかすると私がいけないのかも。昨日一緒に帰った時少し注意したのよね。護衛として護衛対象の人のことを罵るような言葉を使うのはダメなんじゃないかって。だって、誰かに聞かれたらたっくんのことを見下げるような感じに取られるでしょ。自分より格下を護衛する意味はないはずだし、あの楓さんですらたっくんのこと様付けで呼んでる訳だし、それはダメって言っちゃったんだ」


それを聞いて慌てた霧坂さんは。


「そうなのですわ。少し甘い考えをしていたのでは、と反省しておりますの。ですから、これから駄猫……拓海……さん、様?なんと呼ぼうか考えていたのですわ。決してアンジェさんに脅されたとかじゃないですから」


「そうだよね。私も友達なのにいつまでも蔵敷くんって呼ぶのはおかしいかなって思ってたんだ。これからは拓海くんって呼んでもいい?」


結城さんにそう言われた。


「別に構わないよ」


「じゃあ、私のことは渚って呼んでね」


「わかった。渚……さんで勘弁してくれ」


思ったより恥ずかしい。


「では、私も柚子とお呼び下さい」


「柚子……さんでいいよね?俺の呼び名で困ってたのなら好きに呼んでいいから」


「わかりました。たくみ……ん、むずい。ターさん、タミさん、なんか変だし、あ、タコ?呼びやすい」


「それはどうかな?タコって変だと思うよ」


「そ、そうですよね。アンジェさんのいう通りタコはダメですよね、おほほほ」


呼び名ひとつでここまで悩むのか?

なんかアンジェを怖がってるし、何かした?


柚子さんは学校に着くまで俺の呼び方で悩んでるいたのだが、無難に『たくみ』に落ち着いた。





教室に入って自分の席に着くと、前の席に座ってる海川君が「おっす」と珍しく挨拶して来た。俺も「おはよう」と返すと黙って前を向いてしまった。


何かクラスの雰囲気が変だ。

特に俺に関して……


意味はわからないが、気にしない事にした。


そして、午前の授業が終わり、昼休みになると容姿の整った2年生の女子が俺を訪ねて来た。


ちょうどお弁当を持って、空き教室にでも行こうと席を立ったところだったので、そのままその生徒と歩き出す。


「私、2年の安藤葉月です。この度は兄を救って頂きありがとうございます」


楓さんから、あの時の妹さんがこの学校に通っていると聞いていたし、治療した時に記憶が流れてきたからこの人の事もわかっていた。


「お礼は受けとりました。仕事でしたので既に報酬も受けてますし過度なお礼は入りませんよ」


こういうことは何度もあったのだが、過度なお礼はかえって居心地が悪くなるしなるべくビジネスライクで済ませたい。


「いいえ、一言どうしてもお会いしてお礼が言いたかったので私も気が済みました。本当にありがとう。学園で何か困ったことがあったら相談してね。私にできることなら力になるから」


「わかりました。その時はよろしくお願いします」


「何か弟もいいわね。私、末っ子だし蔵敷くん見てると弟も欲しかったなって思ったわ。それにお姉さんって言われてみたいし」


「そうですか……」


その会話は良くない。

俺の鼓動が激しくなる。


落ち着け、落ち着け……


「たっくん、お弁当食べよう」


ちょうど良いタイミングでアンジェが来てくれた。

俺は、どうにか気を持たせることができた。


「あ、ごめんね。時間取らせちゃって。2人の邪魔をしちゃいけないから私もう行くね。ありがとう、蔵敷くん」


そう言って安藤さんは空き教室から出ていった。


「へへへ、たっくんのアンジェが来たからもう大丈夫だよ」


「助かったよ。本当にアンジェは俺の救世主だ」


それは共依存なのかもしれない。

だけど、それでもいいと俺は思っていた。





埃っぽい事務所のような場所に年若い男女が会話していた。


「ねえ、どうするの?」


「仕方ねー、BOSSに相談するしかねえだろ」


「そうだけど、あの施設襲ったの内緒だよ。バレたら怒られる」


「そうだ、Cー46号に協力を仰ぐのはどうだ?同じ能力者だしあいつだってあの場所にいたんだし」


「ぼ、僕は忠男の言う通り協力をす仰ぐのがいいと思う」


「おい、Bー38。ここでは名前を出すな」


「あ、ごめん、Aー24」


「だが、BOSSから接触禁止を言われてなかったか?」


「そうだけど、今更じゃないかな。施設だって襲ってるわけだし」


「じゃあ、私が行ってくるよ。それとBー38、一緒に行かない。私達ならCー46もそこまで警戒しないと思う」


「わかった、僕行くよ。じゃないとAー8がそろそろ危ないし、治せるのCー46しかいないし」


「じゃあ、行こう。きっと連れて来るからAー8のことお願い」


海辺にある今は使われていない倉庫から2人の男女が出てきて目の前にある車に乗り込んだ。





昼食後の授業というのは、何故こんなにも眠くなるのだろう。


クラスメイトも頑張って起きてるが既にダウンしている者もいる。


「この場合、この数式を使うんだ……」


数学の先生は、30代の男性だ。

日本一と言われる帝国大学を出た事が自慢で、事あるごとにその話をする。


この学園からも帝国大学を狙っている生徒もいるし、教え方が上手いとそういう生徒からは人気がある先生だ。


『キンコンカンコン〜〜』


「今日はここまでだ。次回復習を兼ねてこの単元の小テストを行なう。しっかり勉強しとくように」


「えーーー」


生徒達のいやそうな声が上がるが、先生は気にせず教室を出て行った。


6時間目は、選択授業だ。

それぞれ選んだ科目の教室まで移動する。


俺は大陸言語を選択した。

特に勉強しなくても大丈夫だし、幸いこのクラスからその科目を選択した者はいない。


その教室に行くとアンジェが座ってた。

転校手続きの時、この科目を選択したようだ。


「さっきぶり、たっくん」

「アンジェも同じだったんだな」

「うん、たっくんがこの科目とってるの知ってたしね」


忍び込んだ時に時間割を見たようだ。


今まで5人しかいなかったがアンジェが来て6人になった。


そして、先生がやってきた。


「ニーハオ。今日も大陸言語を学んでいきましょう。今日から如月さんが加入しました。みなさん、仲良くね。それと来週までには教科書用意しとくから今日は隣の人に見せてもらってね。それでは……」


「猫でもわかる大陸言語」という、一般の本屋でシリーズで売っている本が教科書代わりだ。


先生が言うにはこの本が一番わかりやすいとのこと。


「たっくん、教科書見せて」


隣に座ったアンジェは、机をくっつけてきた。


まさか、俺とアンジェがこうして学校に通って隣どうしで勉強をするなんて、あの頃には考えられなかった。


(生きてれば、どうにかなるもんだな)


心の中でそう思った。





陣開法律事務所


「ただいま戻りました」


「お帰りなさい。茜さん。すみません、法務局まで行ってもらって」


「大丈夫ですよ。前の職場でもちょくちょく行ってましたから。あれ、楓さん、本を読んでたのですか?」


「あ、ちょっと分からない事がありまして……」


「それ、猫シリーズですよね?わかりやすいって人気のある」


「ええ、割と専門的なことも書いてあるので参考になります」


茜は、ちらっとその本の題名を目にした。


『猫でもわかる思春期男子の子を持つ母親の心構え』


「拓海くんの事ですか?」


「ええ、実は拓海様が昨夜ルミさんとアンジェさんと一緒のベッドで川の字になって寝てたのです」


「そうだったんですか。もしかしてS◯Xしてたんですか?」


「いいえ、そういう行為はなかったと思います。ゴミ箱も見ましたので」


「う〜〜ん、ただ添い寝をしてただけですか」


「そうだと思います。このままにして良いものか悩んでいたので本を買いました」


「そうだったんですね。私の推測ですが拓海くん達って特殊な子供時代を過ごしていたではないですか。多分ですけど幼稚園ぐらいの子達って男女の区別なく一緒に遊んだりお風呂に入ったりしてますよね。その感覚に近いのかもしれません。それか仲の良い兄妹とかの関係ですかね。

きっとお互い身内感覚なんだと思いますよ」


「それなら良いのですが、いずれそういう事に興味を持ちますよね?」


「それは、成長の証ですから喜ぶべきなのでしょうが、間違った方向にいかないように眼を光らせておいて、あとは見守ることしかできないのではないでしょうか」


「そうですよね。わかりました、茜さんはやはり頼りになります。また、ご指導お願いします」


(楓さんにはそう言ったけど、ウカウカしてられないわ。渚にはっぱかけなくっちゃ)


茜は、別の意味で結構焦っていたのだった。

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