第41話 思惑


「ただいま〜〜」


「おかえり、アンジェ。手を洗ってきなさい。今日は頂き物だけどケーキがあるわよ」


「やったーーママ、大好き」


蘭子さんに抱きつくアンジェ。そんなアンジェに不憫そうな目を向ける蘭子さんだったがアンジェからは見えていない。


「そうだ。拓海くん帰って来てるわよ。今日は快気祝いを兼ねた歓迎会があるから夕飯は拓海くんの家でいただくわ」


「そうなんだ」


アンジェは、昨夜から拓海の病院にいたので今日退院する事は知っていた。


「このケーキも楓さんから頂いたのよ。それに、翻訳のお仕事も回してもらったわ」


「へ〜〜あの人なら自分で翻訳できそうだけど」


「そうなんだけど、科学の分野の専門用語とか出てくると難しいらしいのよ。基本的な知識はあっても深く掘り下げないと意味がおかしくなって通用しないからって言ってたわ」


気を遣ってお仕事回してくれたのかな?

まあ、お金に困ったら、また何処かの悪い人達の事務所に潜り込んで取ってくればいいし。


「そう言えば、元施設にいた子が拓海くんと一緒に住むことになったわ。清水先生っていうお医者さんが養子に迎えたんだって。それで、先生は忙しいから住まいは同じフロアーだけど、居ないことが多いから拓海くんの家に住むらしいの」


「そうなんだ。良い子ならいいけど」


「私もさっき挨拶したけど、あの子の過去はよく知らないのよね。子供達に肩入れしすぎたから研究棟には入れなかったし」


子供の現状改善を訴えた蘭子さんは、優秀な研究者なのだけど元施設では研究者としての地位を剥奪されている。

それでも、その場所から解雇されなかったのは、研究者の誰もが食事を作れなかったからだ。

だから、蘭子さんは雑用係としてその場にとどまった。


「仲良くなったら聞いてみるよ。同じ境遇の私なら少しは心を開いてくれるかもしれないし」


「そうね。能力があってもみんな普通の子と変わりないし、幸せになってほしいわね」


蘭子さんは、心の底からそう思ってる。

本当に優しい人だ。

能力者と普通の人間が同じわけないのに。


だから、私はこの女を利用した……





池袋にある一見普通のマンションの一室。

その部屋の内装は壁から床まで全て真っ白になっていた。


奥の部屋には、ひと段高くなっている場所があり壁には綺麗な額に飾られた無限ループの記号がおさめられていた。


その部屋では、白い作務衣用な衣服を着た数人が飾られた額の前で瞑想していた。


そんな修行場のような部屋とは別の部屋で、1人の学生が中年の男性に話しかけていた。


「本当です。友人が落石で大怪我したのですが、次の日面会したら怪我どころか傷ひとつない状態だったんです」


「にわかに信じがたい話ですが、その光景を目にした東雲くんは偉大なるアペイロス様のお導きがあったのかもしれませんね」


「支部長、そうだったら嬉しいのですが」


「何を言ってるんですか。この前だって東雲さんの勧誘で新たなアペイロス様の信者が増えたのです。この事は教祖様のお耳にも届いているはずですよ」


「本当ですか?私はアペイロス様や教祖様のお役に立っているんですか?」


「勿論です。このまま新たな信者を獲得できれば、数年で支部長、そして教祖様の御身元に仕えることもできるでしょう。私にとっても羨ましいお話です」


「俺、頑張ります。その怪我した友人をもうちょっとで誘えそうだったんです。もう一度誘ってみます」


「ええ、こちらでも情報を集めておきましょう。少し詳しく聞いてもよろしいですか?」


「はい、ドクターヘリで信甲州医科大に搬送されたのですが、既に意識はなく危篤状態でした。私は手に少し怪我したぐらいで済んだのですが、待合室で教授やゼミ生と待っていたら、チャラい感じのヤンキーと一緒に優秀そうな女性と高校生ぐらいの男子が入ってきたんです。女性と医者が話し合っていたのですが、その時『依頼』とか『能力』とかの言葉が聞こえました。不審に思って見てたんですけどその人達は治療室に入って行ったんです」


「そうですか、依頼とか能力の言葉が気になりますね。少しこちらでも調べてみましょう」


「はい、お願いします」


それから2人の男性は白い部屋の額の前で瞑想し始めたのだった。





その日の晩は、ルミと清水先生。それと蘭子さんとアンジェ。それから元侍女長の坂井さんの歓迎会が開かれた。

俺が退院した時も豪華な食事が用意されていたし、ここのところそういうイベントが多い。


拉致された時にあさぎり護衛艦に乗っていた藤倉さんたちも誘ったのだが、抜け出せない任務があるということで次回に持ち越された。

彼女達自衛官は、国防の為常に危険な任務に付いている。

内情はわからないが2人揃って休みが合う事は滅多にないのかもしれない。


ルミはどこか恥ずかしそうに下を向いたままだったが、俺の隣に座って手をずっと握っていた。


食事は片手で済ませたが、大分食べづらかった。

ルミと反対の隣に座っていたアンジェが俺の口にせっせと食べ物を運んでいたけど。


大人数での歓待は、ルミにとってはまだ難しかったのかもしれない。

それでも、ルミに気を遣いながら結城一家は賑やかにその場を盛り上げてくれた。


少し気になるのが霧坂さんだ。

今日は随分と大人しかった。

何故か、俺とアンジェを交互に見ては俺達と目を合わそうとしなかった。


何なのだろう?

学校で何かあったのかもしれない。


そして、夜。


こうなると予想はしてたが、ルミとアンジェに挟まれて寝ることになった。俺もこの2人ならうなされることもないので気が楽だ。


「ルミちゃんは施設に来る前どこにいたの?」


「フィンランドのお家」


「そうなんだ。でも、どうして施設に?」


「アンジェ、いきなりは無理だよ。ルミだって今日は疲れているだろうし」


「そっか、ごめんね。仲良くなりたくて少し焦っちゃった」


「大丈夫、私、小さい時、氷を作った。両親はその事を知ってずっと部屋に閉じ込めて隠してたけど誰かに見られた。だから、施設の人達が来た。両親と私は抵抗した。でも、その時私の力が暴走した。みんな氷漬けになった」


ルミはゆっくりそして言葉を噛み締めるように話した。


「そんな……」


俺は言葉をそれ以上発することができなかった。

元施設員がルミを拉致しようとしたのは、あの施設の連中なら当たり前にするだろう。

そんな奴らがどうなっても良いけど、ルミの両親は別だ。

ルミの話からすると、良好な親子関係を築いていたのか疑問だが両親を手にかけた事実は消えない。


「そっか、私は赤ちゃんの時から施設にいたからわからないこと多いけど、ルミちゃんはたくさん辛い思いをしたのね。それに天然の能力者ってたっくんと同じじゃない」


「能力に天然とかあるのか?」


「そうね、たっくんはずっと1人で監禁されてたから知らないか。自然に能力を覚醒した子とそうでない子がいるの。私は養殖。赤ん坊の頃から薬や身体をいじられて能力を身につけたの。その点、ルミちゃんやたっくんとは違うんだよ」


「俺は両親に虐待されてて、みんなでどこだったか今ではわからないけど海に行ったんだ。その時溺れて意識を失ったみたい。助けてくれた人はミャンマーから来た職業訓練生の人達らしい。休みに海に来て溺れている俺を助けてくれたんだって聞いた。それから、虐待されて傷ができる度に能力を使って治してたんだ。それを、両親に見つかって施設の奴らに売られた」


「みんな辛かったんだ」


ルミはそう言葉をこぼす。


「そうだね、だからこの先は楽しく生きたい」


「前に屋上で言ってた。楽しいを探すのも楽しいって」


すると、アンジェが、


「何それ、私も楽しいを探したい」


「そうだな、みんなで探そう」


それは、同じような境遇で、心に傷を負ってる者達にしかわからない事だった。

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