第30話 屋上


「また、この部屋に来てしまった」


病院の個室に戻ってきた俺を待っていたのはいろいろな検査だった。

拉致された子供達もこの病院に入院しているので検査の待ち時間に会って話をしたりもしてた。


この国の人じゃない子供もいたため、言葉を話せる俺は通訳がわりに重宝された。


いろいろな国の言葉を話す事ができるのは、旧施設時代にあらゆる国の人を治療して、その記憶を取り込んだからだ。


検査も終わり、部屋に戻ってのんびりしてると清水先生がやってきて検査の結果を告げられた。


「特に異常はないわね」


「そうですか、それは良かった」


清水先生には、今まで隠していた能力のことを知られている。

その件についてきちんと話そうか迷っていると


「私は拓海くんの担当医として拓海くんを守る義務があるわ」


その言葉の意味を考えると、戦闘した時のことを秘密にすると言っているようだ。


「できれば、話せる日がくるまで待ってもらえますか」


「そうね、精神的にも負担になるだろうし。でも、何かあったら直ぐに話すのよ。私には隠し事をしちゃダメだからね」


「わかりました、ありがとうございます」


「じゃあ、もう3日ほど様子見ね。それで問題なければ退院してもいいわ。だけど、入院中は面会謝絶、スマホ禁止は変わらないわよ」


「あの〜〜拉致された子供達はどうなるんですか?」


「うん、事情を聞いて帰れる子達は帰すわよ。親に売られてしまった子達は、こちらで面倒を見るようにするつもり。日本の子達は親が迎えに来るわ。既に両親と再会してる子もいるわよ」


なら、安心だ。

これで良かったんだ。


能力者達と風見屋玲二のその後が気になるが、あのしぶとい男はきっと生き延びているだろう。


今度こそは、あいつを……


「拓海くん、ちょっと怖い顔してるわよ。でも、表情が少しだけ出てたわ。それは良い傾向よ」


風見屋と戦って、少しだけ吹っ切れたのかもしれない。

いつかは、普通に平穏に暮らせたら……


そんなことを俺は思っていた。


清水先生が部屋から出て行ったら、途端に暇になった。

テレビはあるけど、今は見る気がしない。


「散歩でも行くか」


売店でお茶を買って屋上に行く。

病室の窓から見た空は快晴だった。

屋上のベンチで空でも見てれば少しは時間が潰せるかと考えた。


良い天気なのに誰もいない屋上は、とても気持ち良い。

ベンチに座り空を見上げるといろいろな事が頭に浮かぶ。


このまま、ここにいて良いのか?

清水先生を巻き込んでしまった。

今回は無事だったが、また誰かを巻き込んでしまうかもしれない。


この前までは、力を使う事が怖かった。

拉致される前に、力を使えば今回のことは防げたはずだ。


この先も俺は狙われるのはわかっている。

それは、組織だけではなく他国も俺の能力を欲しがっているはずだ。

その時、誰かが犠牲になったりしたら我を忘れてしまうかもしれない。


姉さんが犠牲になったあの時のように……


「そこ、私の席」


ふと声をかけられた。

見ればこの間の銀髪の少女だ。


「そうだったね。でも、今日はあそこのベンチも空いてるぞ」

「あそこはダメ。陽が当たりすぎる」


確かに今座っているベンチは給水塔の影で日陰になっている。


「じゃあ、俺があっちに行くよ」


立とうとすると「詰めてくれればいい」と、言われたので端にずれた。


「何かお話しして」


そう言えば前に本の内容を話したっけ。


「特にないな。俺もそういう情報が不足してるんだ」

「まだ、本買ってないの?」

「面会謝絶だし、誰かに頼めないんだ」

「そう、つまらない」


俺はお茶を飲むと、少女ももってきたオレンジジュースを口に含んだ。


「空に雲がない。私は雲が好き、いろんな形があるから」

「俺は特に好きな空はないな。見られればなんでもいい」

「でも、私は星空は嫌い」

「何で?」

「自分があの星のひとつになる気がするから」


死んだらお星様になる、という話を誰かから聞いたのだろうか?


「そうだ、夜空で思い出した。ひとつだけ話を知ってる」

「聞かせて」

「夜空に輝く星が帯のようになっているところがある。それを天の川って言うんだけど、その川の両脇に向かい合ってる星があるんだ」

「そうなんだ」

「その向かい合ってる星は織姫星と彦星って言うんだけど働き者の二人は恋人から夫婦になったんだ。でも、夫婦になってから仕事をしなくなったので罰として一年に一回しか会わせてもらえなくなったんだ。それが7月7日、七夕のお話しだよ」


「何で働かなくなったの?」

「さて、それは俺も知らない。二人でいる事が楽しかったのかな?」

「楽しいとお仕事しなくてもいいの?」

「ダメなんじゃないか?だから、二人は一年に一回しか会わせてもらえなくなったわけだし」

「そうなんだ。でも、楽しいってどんな気持ちなんだろうね」


そうか、そうだよな……


「それを探すのも楽しいと思うよ」

「楽しいを探すのが楽しい?よくわからない」

「俺も探してる途中さ」

「じゃあ、私も探してみる」


「そう言えば君の名前は?」

「私はルミ」

「ルミか、いい名だね。俺は拓海だ」

「タクミ、うん覚えた」


「ルミはいつまでここにいるんだ?」

「わかんない、でも外に出れるように勉強してる」

「勉強は辛い?」

「よくわからない。言われたことをするだけ」

「そうか、勉強頑張ってるんだな」


それから、俺達はたまに会話をしながら空を見てたのだった。





「どりゃあああ!」


道場に備え付けのサンドバッグに思い切り蹴りを打ち込む。

『ギシッ』っと音を立てて揺れるが、蹴り破る事はできない。 


そして、今度は拳を叩きこんだ。

鈍い音がしるがサンドバッグは破れることはなかった。

 

「くそっ!」


「柚子、気合が入ってるわね」


そう声をかけたのは、道場の娘で師範の近藤春香姉さんだ。


「まだまだです。お爺ちゃんなら破いてます」


「修造さんと比べちゃダメだよ。年季が違うんだから」


「分かってます。でも、私はもっと強くならないといけないんです」


あの変態駄猫が拉致されたと聞かされたのは、あいつが戻ってきた後だった。


私はあいつの護衛だ。

なのに、拉致された事も聞かされてなかった。

つまり、それは私には強さが足りないと言われているようなものだった。


「それは拓海くんのため?」

「いいえ、自分のためです」

「即答か、なんか柚子らしいな。だが、ひとつだけ言っておく。自身の強さを求めるのは良いことだと思う。でも、それだけでは本物の強さに辿り着けない」


「本物の強さですか?」


「そうだ、柚子が頑張っている事は知っている。でも、それだけでは辿り着けない境地がある。それが本物の強さだ」


「よくわかりません」


「私も言葉は苦手な方だ。拳で語り合った方がよほどいい。だから、うまく説明ができないが、柚子がいつかそれに気付けば今よりもずっと強くなれる」


「やはり、よくわかりません」


「ははは、それなら、私と稽古しようか。何かイラついてる様子だし汗を流せばスッキリするさ」


「はい、よろしくお願いします」


脳筋気味の二人は、それから稽古に夢中になっていた。


「はあ〜〜あの二人よくやるなあ」


大学から帰ってきた恭司は、姉と立ち合いをしてる柚子をみて呟いた。


「恭司さん、あの二人もう1時間やってるんですよ。水分とらせないとマズいっすよ」


(後輩から心配されてちゃせわねえわ)


この時期でも熱中症はある。

激しく動く二人は、既に汗が乾いてる状態だ。


「そうだな。声かけてくるわ」


恭司は、自前のスポーツドリンクをふたつ持って春香と柚子に声をかけた。


「おい、二人とも。水分補給の時間だ」


熱中している二人には、その声が届かない。


「仕方ねえなあ」


恭司は戦っている二人の間に入る。

技量がなければ、二人の蹴りと拳がぶつかっていただろう。


「そこまでだ。水分とれ!干からびてミイラになるぞ」


右手に春香の拳を、左手に柚子の蹴りを受け止めた恭司は交互に女性達の顔を見つめた。


「なんだ、バカ弟か。そうだな、休憩するか」


「ドラ猫恭兄に蹴りを受け止められるなんて、クソッ、私はまだまだだ」


「おいおい、それが心配して差し入れを持ってきた奴に対する口の利き方か?まあ、いい。それより、これを飲め。熱中症で倒れるぞ」


差し出されたスポーツドリンクを一気に飲み干す二人だった。


「なあ、なんであんなに激しく立ち合い稽古してたんだ?後輩がビビってたぞ」


「柚子に本物の強さを教えていたんだ。文句あっか!はあん」


「私はもっと強くなりたいのです。あの駄猫の拓海が入院しただけならまだしも、拉致されて無事帰って来たけど、私はその場に誘われなかった。楓先輩が勧めてくれた護衛なのに……」


「おい、拓海が入院したって?それに拉致されたってどういうこと?俺聞いてないけど?」


「バカ弟、そう言えば貴様に言ってなかったな、すまん、すまん」


「おいおい、どう言う事だよ。俺と拓海はガチのマブだぜ。何で俺に知らせねえんだ?」


「柚子だって解決してから知ったんだ。まあ、私は親父から聞いてたけどな」


「マジかよ……俺、何にも知らなかった……」


床に四つん這いになって項垂れる恭司。

そんな落ち込んでる恭司を見て、少し気が晴れた柚子だった。


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