第29話 発見


結城茜


楓さんから連絡を受けた。

拓海くんを無事保護できたようだ。

明日のお昼頃には横須賀に到着するらしい。


「ほんとに良かったわ。拓海くんはそのまま入院するかもしれないけど、楓さんは明日の夕方には帰って来るわよね。明後日の裁判が間に合いそうね」


資料は既にまとめてある。

だが、決定的なものは揃えられなかった。


「そうだ、今日の夕飯は少しだけ豪華にしましょう。渚に買い物に行ってもらおうかしら、お醤油が切れそうだし」


事務所を出て隣の自宅に戻る。


「あ、お母さん、お帰りなさい」


ソファーに座ってテレビを見ている陽菜は、すっかりバス通学に慣れたようで、最近では朝もひとりでバスに乗って行っている。


「陽菜もおかえり。学校変わりない?」

「うん、今度朝日ちゃんがうちに来たいって、いいでしょうお母さん?」

「構わないわよ」

「やったーー!早速連絡してくる〜〜」


そう言って自分の部屋に駆け込んだ。


「自分の部屋ができたのが嬉しいのね。これも楓さんや拓海くんのおかげだわ」


そういえば渚は帰って来てるのだろうか?

靴が有ったので部屋にいると思うけど。


「渚、帰ってるの?」

「いるよ」


渚の部屋に入ると、机で勉強していた。

テストも終わったばかりなのに珍しい。


「勉強してたの?」

「ううん、拓海くんの休みの分のノート書いてたんだ」

「そうなんだ。コピーじゃダメなの?」

「コピーだとなんか味気ない感じがするんだよね。だから、新しくノートを買って板書きの他に分かりやすいように付け加えてるんだ」


(へ〜〜渚がねえ〜〜)


「そうか、拓海くんもきっと喜ぶわよ」

「えへへ、そうだといいなあ〜〜」


(この雰囲気で買い物は頼めないわね)


「お母さん、買い物してくるけど、何か欲しいものある」

「じゃあ、アイス食べたい」

「わかったわ。陽菜も同じでいいかしら?」

「大丈夫だと思うよ。あの子甘いものなら何でも食べるから」

「じゃあ、行ってくるわね」


いつもは安売りのスーパーに行ってたけど、今日は駅地下の食品売り場に行こうと思う。


駅地下の食品売り場では、お惣菜やお弁当も売っており、忙しい時には重宝するけど、少しお値段が高い。


「今日はクリームシチューにしようかしら。いつもはルウを買って簡単に済ませてたけど、良い白ワインも楓さんからもらったし、元から作ろうかしら」


実家である結城家のシチューは、牛乳の他に生クリームやチーズも入れる。


「ご飯より、パンよね」


こうして落ち着いて食事を作るのは本当に久しぶりだ。

結婚したての頃も仕事をしてたので、せっかく母親から教えてもらった料理も元旦那に披露したことがない。


「だから、あの人は浮気したのかしら」


つい余計な事まで考えてしまった。

あの頃の私は、子育てと仕事で余裕はなかった。

家事と育児を手伝わない元旦那に、いつも怒っていた覚えがある。


そんな中、浮気が発覚した。

相手は、元旦那の部下の女性だ。

女の目から見て、男ウケするような女性で、あざとい感じがした。


私は慰謝料はいらないから、娘達の養育権をもぎ取った。

あんな女に娘を渡せるわけがない。


毎日が目まぐるしいほど忙しかったけど、私は娘達と暮らせて幸せだった。


だけど、体調が悪くても毎日変わらず過ごしてたのがいけなかった。

もっと、早く病院に行っていればあんなに悪くなる事はなかったのに……


でも、拓海くんのおかげで病気は完治した。


ありがとう、拓海くん……


渚は、気づいていないかもしれないけど、拓海くんのことが好きみたいだ。

できれば、将来渚と一緒になって拓海くんの本当の母親になれたら良いのだけど。


「さて、他には生ハムをのせたサラダと……」


楽しい……


いつも子供達に食べさせなきゃっていう義務感があったのかもしれない。

だけど、今はこうしてあれこれ考えて買い物ができるのが楽しくて仕方がない。


「私って、意外と料理が好きだったのね」


家事より書類仕事の方が合ってると思っていた私は、新たな一面を知れて嬉しかった。


「ほんと、これも拓海くんのおかげだわ」


拓海くんが帰ってきたら美味しいものを作ってあげようと心に誓った。



買い物から帰ると、テーブルの上にメモと一緒にUSBメモリが置かれていた。


「何だろう、これ?」


メモには、可愛らしい文字で『見てね』と書かれており、宛先は私宛になっている。


私は、それをポケットにしまって料理を始めた。


夕飯も終わり、寝る頃にそれをしまったのを思い出した。

ノートパソコンでそのUSBメモリを見ると……


「何これ……何で?」


疑問が疑問を呼ぶ。

そう、これは今度の裁判の相手である本部長の決定的な証拠が揃っていた。


「えーーっ!」


思わず声を上げてしまった。

どうやってこの情報を手に入れたのか?

そして、誰が、これを私に届けたのか?


疑問は尽きないが、これが有れば裁判は勝てる。

私は、直ぐに隣の事務所に行きその資料を基に新たな資料を作成したのだった。





俺の前には、敬礼した二人の女性自衛官がいる。

いつまでも敬礼してるので、やめてもらった。


そして、たくさんお礼を言われてしまったのだ。


仕事をしただけなので、こう感謝されると居心地が悪い。

でも、良い機会なので、治療した時に気になったことを聞いてみた。


「あの後はどうなったのですか?」


「清水先生の診察を受けて問題ないと言われました」


(思った答えと違った。これは俺の言葉のチョイスが悪かった)


「え〜〜と、渡辺っていう若い自衛官のことをお聞きしたかったのですが?」


「えっ、何で知ってるんですか?」


「治療する時に少し記憶が流れてきまして、それで気になっていたのですけど」


「はい、あの渡辺自衛官、いえ、元自衛官ですね。彼は海上自衛隊を辞めました。実質クビになったのと同じです」


「それは、良かったですね」


「はい、付き纏われて困ってました。私が幕僚長の娘だと知って近づいてきた男です。普段から付き纏われて、ストーカー顔負けのしつこさでした」


「今は平気ですか?」


「はい、彼が辞めたことにより私には近づけませんし、上にも報告しています。それに、盗み撮りもされたので警察にも届けてます。今は、牢屋にでも入ってるんじゃないですか」


彼女を治療した時に流れて記憶は、その若い自衛官による付き纏いの悩みが主だった。最近では、周りにも付き合っていると嘘を流されて精神的に追い詰められていたはずだ。

そんな感情と痛みが襲ってきて俺は気を失ってしまったんだ。


「それでですね。蔵敷拓海さま、治療して頂いたお礼をしたいのですが」


「私も美咲を助けてくれたお礼がしたいです」


藤倉さんも内海さんもそう言うが仕事だったのでお礼はいらないのだが……そのまま言葉にするのは躊躇われた。


何か良い返答はないものだろうか?


「あのーもしかして、お二人がこうして海上自衛隊の船で助けに来てくれたことって関係してます?」


「はい、私も凪沙も是非にと上に掛け合いました。拓海さまのおかげで私は怪我の治療だけでなく、凪沙と一緒に階級まで上がりましたので」


(階級が上がったのは口止め料かな?)


「それはおめでとうございます。俺としてはこうして助けに来てくれただけで十分なのですが」


すると、楓さんが


「拓海様は、本来は入院していたのですが、急を要する依頼がありその帰宅途中で拉致されたのです。ですので、また入院すると思います。退院しましたらご連絡差し上げますので、退院祝いを兼ねてお二人の昇級お祝いを致しましょう」


「え、いいんですか?」


「はい、自宅で開くささやかなパーティーですが、お二方もいらしゃってくだされば幸いです」


「「行きます!!」」


息のあった返事だった。




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