第31話 帰宅
3日間の入院生活も終わり、今は楓さんの車で病院から自宅に戻る途中だ。
楓さんは、気になっていた仕事がうまく行ったようでどこかご機嫌な様子だ。
「拓海様、車の中でスマホは疲れませんか?」
「大丈夫だよ。楓さんが安全運転してくれてるし、それに見てよこれ。連絡が山のようにきてるし、今、少しづつ返信してるところなんだ」
「みなさん、拓海様の事を心配しておりました。私もそうです」
「そうだよね。みんなに心配をかけてしまった。楓さんも心配してくれてありがとう」
「……い、いいえ。私は拓海様の事を信じてましたのでだ、大丈夫です」
なんか慌ててる楓さんて珍しい。
自宅に帰り自分の部屋に入ると、なぜかほっとする。
平日の午前中なので、霧坂さんや結城さんは学校だ。
帰ってきた途端、結城さんのお母さんである茜さんに泣きながら抱きしめられたのだが、何だか恥ずかしい気持ちになった。
「今夜はご馳走にします」と言って買い物に出掛けてしまったけれど。
俺の実の母親は毒親だったけど、一般的な母親ってこんな感じなのかな、と少し羨ましく思ったりした。
清水先生から学校に通っても良いと言われているので、明日から通学する予定だ。
長らく休んでしまったので、授業についていけるか少し不安になったりもした。
自分の机に座り、本棚にる教科書をとって読み始めた。
英語や数学などは誰かの記憶を読み取った事があるので、それを引き出せばすむ。
だけど、現国や社会などは当てはまる記憶がなかった。
シャーペンを取ろうとして一番大きな引き出しを開ける。
すると、そこには見覚えの無いメモがあった。
…………………………
たっくん、どこに行ってるの?
暇だから遊びにきたよ。
後、これは私のIDだよ。
#########
連絡してね。 アンジェ
PS.Tシャツ借りてくね♡
……………………………
あいつ、勝手に忍び込んだのか?
それにTシャツって、服でも汚したのか?
そうか、わかった。本当はまだ、服を着たまま姿を消せないんだ。
寒くなって俺のTシャツを着たんだな。
俺はアンジェの連絡先に一報を入れといた。
これで、好きな時にアンジェと連絡が取れる。
それと、気になっている事があった。
それは、入院中に出会ったルミのことだ。
彼女には、心配してくれる誰かがいるのだろうか?
ルミはおそらく俺達のいた旧施設に囚われてた子だ。
氷結能力者、Aー66号、それが施設での彼女の名前だ。
ルミという名は、捕まる前の名前か、それとも新たにつけられた名前かは知らないが、同じ境遇の者としてどうにかできないかと思い悩んでいる。
「楓さんに話してみようか」
きっと国がらみの案件だ。彼女の能力は、エースナンバーだけあって制御できれば国防に役立つ。施設の時のような扱いは受けないだろうが、それは誰かと戦い誰かを傷つける事にもなる。
年齢的にも同じくらいだし、年相応の幸せを感じてほしい。
楽しいことさえも知らない少女なのだから。
「拓海様、ちょっとよろしいですか?」
ちょうど楓さんが部屋にやってきた。
ドアを開けると、コーヒーとお菓子を持ってきてくれたようだ。
コーヒーを頂きながら楓さんお話が始まった。
それは俺の快気祝いのパーティーを今週の土曜日に行うというものだった。
気恥ずかしいが特に反論はないので、予定通り行われることとなった。
そこで、俺はルミの話をする。
彼女が今現在どういう扱いになっているのかは俺自身は知らない。
だけど、ルミも俺のように普通に暮らして欲しかった事を素直に話した。
楓さんは、少し思案して「関係者に聞いておきます」と返事をもらった。
楓さんが動いてくれれば、そう悪い話にはならないはずだ。
幸せになってほしいと思うけど、それは割と難しい話だ。
誰もがそう望んでも、結果的にそうならないケースが多い。
きっと、幸せとは、パンドラに残っていた希望と同じなのではないかと思う。
でも、希望や幸せだけでは争いはなくならない。
個人が求める希望や幸せはそれぞれだし、価値観の違いで他者と相反する事もあるのだから。
☆
「拓海ーー!だいじょうぶだったかあああああ!!!」
自宅に強襲してきた恭司さんの一際大きな声で叫ばれたので、少し引いた。
「俺よ〜〜拓海が拉致られたり、入院してたことさえ知らなかったんだぜ。ガチで面目ねえよ」
そういえば、スマホのメッセージに恭司さんだけなかった。
「恭司さんは何してたんですか?」
「大学通ってたぜ。単位ヤバくってマジで通ってた」
結構、サボってたしね〜〜
でも、きっとそれだけではないだろうと予想がつく。
恭司さんは単純だし、ひとつのことに熱中するタイプだ。
浜辺で知り会った志島葵さんのことばかり考えていたのだろう。
だが、それを口にするほど野暮ではない。
良い感じになった時にイジろうと考えていた。
それから、隣の陽菜ちゃんが帰ってきた。
恭司さんがいるのを知って、今、リビングでゲームの対戦をしている。
小学生に『ざこ、ざこ』言われる大学生ってどうなの?と言いたいが、本人達は楽しそうにゲームをしている。
そんな光景を見て、無事に帰ってきたのだと改めて思った。
☆
「結城さん、今からカラオケ行こうぜ」
「たまには良いだろう。今日、大会の後で部活休みなんだ」
「渚も行こうよ。最近、遊べてないし」
「うん、うん、私も久々に渚ちゃんの美声聴きたいな」
クラスの男子、山本くんと海川くん、それと仲の良い優里ちゃんと恵ちゃんからカラオケに誘われた。
「今日は外せない用事があるんだ。せっかく誘ってくれたのにごめんね」
今日は、拓海くんが病院から帰ってくる日だ。
今頃は、自宅でのんびりしてるはず。
早く帰って、休み中のノートを渡さないと。
「え〜〜マジか、残念だな」
「俺もせっかくの部活休みなのに、ついてねえ」
「用事があるんなら仕方ないね」
「渚ちゃん、また今度ね」
誘ってもらったのは素直に嬉しい。
だけど、以前ほどみんなと仲良くしていて楽しいと感じていない自分がいた。
きっかけはお母さんの病気だった。
家が大変な時に、呑気に誘ってくる人達を少し嫉ましく思っていた。
それは、今もさほど変わらない。
拓海君が休んでいても気にしていないクラスメイト達を少し軽蔑していた。中には飯塚君とか心配してる人もいるけど
私は、急いでバッグを担ぎ教室を出る。
既に下足置き場には柚子ちゃんが靴を履き替えていた。
「柚子ちゃん、待って。一緒に帰ろう」
「あれ、渚はカラオケに誘われていましたのでてっきり行くものだと思ってました」
「今日は拓海君が帰ってくる日だよ。帰るに決まってるじゃん」
「そうですけど、駄猫のためにクラスメイトのお付き合いを蔑ろにするのは良くありませんわよ」
「そんなことはないよ。拓海君の方が大事だし」
「ふふふ、そうですか。渚らしいですね」
(私らしいって何だろう?)
時々、柚子ちゃんは意味深な事を言う。
それにどんな意味があるのか、私にはまだわからない。
柚子ちゃんと、一緒に歩いて校門を出る。
こうして一緒に登下校するのが結構楽しい。
「今日はきっとお母さんが腕によりをかけて美味しいご飯作ってくれてるよ」
「茜さんのお料理は本当に美味しいですわ。でも、楓先輩のお料理も負けてませんわよ。私としては甲乙つけ難いですが楓先輩に票が上がりますわね」
「むっ、確かに楓さんの料理は美味しいわよ。でも、お母さんだって負けてないもん」
「これは、難しいジャッチになりそうですわね。まあ、私は私的な部分が多いに含まれてますけど」
「そういえば、柚子ちゃんって楓さんのこと側から見ても好きってわかるわよね。もしかして、柚子ちゃんってそっちのけがあるの?」
「うぉほん!ごめんあそばせ。ちがいますわ。私は、楓先輩のこと好きですけどそれは敬愛です」
「敬愛?それってどうして?」
「昔の話になります。小学校低学年の女子が男子達からいじめられていました。それも毎日です。そして、ある日、帰りの公園でその男子達にランドセルを奪われて中身をぶちまけられてしまいました。
泣くことしかできなかった女子の前に楓先輩が通りかかったのです。
そして、男子達をきちんとしかり私のランドセルを取り戻してくれました。
それから、私は楓先輩のような人になりたいと強く思ったのです」
「そんな事があったんだ。楓さん、格好いいね」
「はい、あの時の楓先輩の凛々しいお姿が忘れられません。ですので、少しでも楓先輩に近づこうと日々努力しております」
「そう言えば、楓さんて丁寧な言葉遣いするよね。柚子ちゃんのその喋り方ももしかして」
「恥ずかしながら、真似をしております。普段の私は男勝りの話し方しかできませんので、出来るだけ丁寧な話し方に慣れるようにこうして話しておりますわ」
(ただ単に猫をかぶってたわけじゃないんだ)
「柚子ちゃんもすごいね。こうして普段から努力してるなんて、私にはできないよ」
「そんなことはありませんわ。渚はそのままの方がとても好ましいですわ。私と違ってきっと心が綺麗な証拠です」
「そんなことないよ。私だって嫌なことたくさん考えるし」
「それは誰しも考えると思いますわよ。気にしてはいけませんわ」
「そんなことないのに……」
「これも意見の相違ですわね。いずれわかる時が来ると思います。私も意味は違いますが武道の先生にいずれわかるわ、って言われました」
「そうなんだ。柚子ちゃんもわからないことあるんだ。ならお互い早く分かればいいね」
渚の魂が綺麗なところは、優しさという根底があって前向きで明るいところですわ、っと口には出さなかった柚子だった。
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