第22話 登下校


「拓海くん、大丈夫かな?」


「あの駄猫なら、きっと能面みたいな顔をしてひょっこり戻って来ますわ」


「能面って、それは酷いよ。拓海くんは少し表情を作るのが苦手なだけだよ」


「そうですわね。そういうことにしておきましょう」


球技大会も終わり、今日は金曜日。

霧坂柚子と結城渚は、毎日登下校を一緒にしていた。


お互い、歩み寄れるところまで仲良くなっていたが、霧坂柚子は外での猫被りを外していない。


学園の最寄駅の構内に入る手前の広場で声をかけられた。


「君達、可愛いねえ、どう俺達と一緒に遊びに行かない?」


着てる制服は隣駅にあるガラの悪いと評判の高校生達だった。


「失礼、急ぎますから悪しからず」


そう霧坂柚子が話しかけて、その場を去ろうとしたら仲間が進路をふさいだ。


「そうお高く染まるなよ。俺達と一緒に遊べば楽しいぜ。悪いようにはしねえからよ」


ニタニタ笑いながら話すその男の視線は、柚子達の顔から下に下がって止まった。


(全く、男って奴は!これなら駄猫の変態の方が1.25倍マシだ)


「柚子ちゃん、早く行こう」


渚は、一刻も早くこの場から離れたかった。


「だから、待てって。名前なんてーの?連絡先交換しようぜ」


「そうそう、いいことしようぜ。俺達、すげーうまいから」


ナンパ男達はどうしても2人を逃すつもりはないようだ。


人通りの多いはずだが、行き交う人々はその場所を避けるように歩いている。


(3人か、3秒で終わりそうだけど、先に手を出すのはマズいか)


そう柚子が思っていると声が聞こえた。


「そ、その子達、嫌がってるだろう。クラスメイトなんだ。そんなみっともないことやめろよ」


声をかけてきた男子は、いつも教室の隅でアニメやゲームの話をしてる二人だった。


確か飯塚健治と玉川敦でしたか?


「はあーー、お前らなに?」

「オタクの隠キャくんがヒーロー気取りですかあ?」

「邪魔すんな。殺すぞ」


そう言われて身体が震えている二人だがその場を動くつもりはないようだ。


絡んでいた体格のよい男が飯塚健治の胸ぐらを掴んだ。


(これなら正当防衛成立だ)


柚子は待ってましたと言わんばかり、飯塚健治に絡んでいた男に容赦なく回し蹴りを打ち込んだ。


そして、残りの二人には顎に拳を叩きつけ、蹴りを腹部にめり込ませた。


ガラの悪い男達は、そのままその場に崩れ落ちる。


「え、柚子ちゃんすごい」


「霧坂さんて何者?」

「カッコいい……」


なぜか渚とオタク男子達に羨望の眼差しを向けられている。


急に恥ずかしくなった柚子は「渚、行きましょう。飯塚くん達もさっさとこの場を離れましょう」と言って、急ぎ足で駅構内に入って行くのだった。



駅構内に入り、改札近くの構内の案内図がある場所で、渚が話しかけた。


「柚子ちゃんが強いの知ってたけど、あんなにとは知らなかった。柚子ちゃんありがとね。それに飯塚君と玉川君もありがとう。ほんと助かったわ」


「俺達何もしてないよ」

「霧坂さんに俺達も助けられたよ。ありがとう」


飯塚君達の言葉でさらに恥ずかしくなった柚子は、少し落ち着かない様子だ。


「そうだ、二人に聞きたいことがあったんだ」

「そうだよね、俺達それで二人の後を追ったんだった」


どうやらこの二人の男子は、意図を持って渚と柚子の後をつけてたようだ。


「もしかして、ストーカーですか?」


柚子の眼が鋭くなる。


「違う、違う」

「二人が蔵敷君と話をしてるのを見たことあって、何で休んでるか聞きたかったんだ」


(そういうことですか)


「二人は拓海君の友達なの?」


渚が疑問を持って質問したのには訳がある。


拓海がクラスでいつも一人なのは誰でも知ってることだ。

入学した後のクラスの自己紹介で拓海君が『他人に興味がわかないが、よろしく』と言ったので、腫れ物扱いされてる立場になっている。

その証拠にクラスの非公式の連絡網の中に蔵敷君だけ入っていない。


「友達になりたいとは思ってるけど、僕はまだ話したことないし」


「僕はこの間、本屋で偶然会ったんだ。蔵敷君が何を買おうか迷ってたのでお薦めの本を紹介したんだよ。それを買ってくれたから今度感想を聞くことになってたんだ。だけど、ずっと休みでどうしたのかな、って思って二人が蔵敷君と話してるのを見たことあったから何か知ってるのかもって思ったんだ」


(へーあの駄猫にねえ〜)


「拓海君は自宅で倒れて入院したらしいけど、詳しいことは私達にもわかんないんだよ。面会謝絶になってるしスマホも電源切れてるから連絡つかないし」


「そうなんだ。なんかごめんね。結城さん」


渚の淋しそうな顔を見て飯塚君はそう言ったのだろう。


「心配はいらないと思いますわ。その内元気に戻って来ますわよ。おほほほ」


柚子の猫かぶりはブレないようだ。


「もし何かわかったら教えてほしい」

「僕も話してみたい。ゲームやアニメの楽しいとこを知ってもらいたい」


オタクの勧誘にも聞こえるが、二人は純粋にそう思ってるようだ。


(駄猫に友達ですか?)


何故かニヤリと霧坂柚子は笑った。





コンクリートのたたきに直接白いペンキを塗りたくった白い部屋で、ソファーに腰掛ける髪の長い白衣の男と体格の良い西洋人の男が話し合っていた。


「おい、なんで日本人ばかりこだわるんだ?」


「そうは言ってもですね〜〜この薬の成功率が高いのが日本人なのですよ」


「他の国の者でも成功してるじゃねえか」


「ですけど、それは1、2%ほどでしょ?日本人の場合は3%弱は成功しますしね〜〜」


「大陸の田舎や南部の島々なら連れ去ることも簡単なんだ。親が売り出す場合もあるしよ。日本はその点ガキには世間もうるせーんだ。わかっているよな?」


「仕方ありませんね〜〜調達は貴方の仕事ですから。ですが、あと一人か二人は欲しいですね。10歳前後の子供がねえ」


「わかった。その分、わかってるな?」


「期待してください。破棄寸前の子供の臓器は確保しておきましょう」


ガタイの良い西洋人の男はその部屋を出て行った。

そして、残った髪の長い痩せ細った男はこう呟いた。


「Cー46号はこういう時使えましたねえ。臓器を切り取っても目をほじくっても再生するのですから、あいつらの報酬として助かりました。全く惜しい化け物を逃したものです」


そのあと男も部屋を出ると、その部屋には空調の音が聞こえるだけだった。





「旧組織の残党がまたガキ達をさらい出したぜ」


「私達と同じことするんだろうねえ、全く懲りない連中だよ」


「BOSSはなんて言ってる?」


「保護施設に連れて来た子達を面倒みてるよ。時間がかかるみたいだ。この件は伝えてあるしその内お声がかかるかもよ」


「先に俺たちが出張って片付けちまうか?あいつらには恨みがある」


「それは、私も同じだよ。殺したくて仕方がない」


「しかし、あいつらはあの国の支援を受けてる。俺達が助かった時より戦闘力は上だと思った方がいい」


「だが、黙ってみてろってか?やなこった。俺は行くぜ」


「仕方ないなあ、でもBOSSには内緒だよ」


「だけど、あいつらの場所がわからない」


「おそらく東北地方のどこかだろう」


「前の施設の場所はどうだ?」


「俺達がいた場所は北海道から少し離れた島だ。少しは勉強してくれ」


「無闇に探しても意味ないよ。Aー18の千里眼に頼ろうよ」


「わかっている。あいつも誘うつもりだ」


「じゃあ先に施設の特定だね。それでメンバーは?」


「ああ、あの時のメンバーで行くか?」


「わかった、みんなを説得してみるよ」


あるマンションの一室で話し合う大人になりきっていない少年少女が話し合っていた。


その行動が思わぬ形で拓海の身が危険に晒されることになるとは誰も予想がつかなかった。

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