第21話 入院(2)
『面会謝絶・スマホ禁止』という清水先生のお言葉によって、広い病室に置いてあるソファーに座ってテレビを観てる。
暇すぎて何もすることがないというのは、憧れでもあったのだけど、慣れない人にとっては拷問なのだと思い始めていた頃、木原看護士が昼食を運んでやってきた。
「ここに置いておきますね。食欲はあるかな?」
「ええ、いつも美味しく頂いてます」
ここの入院食は豪華だ。
夕食に高級牛肉のステーキが出たりもする。
「清水先生が、午後から病院内なら出歩いてもいいって言ってましたよ」
「そうですか、じゃあ、ご飯食べたら、少し散歩してきます」
目を覚ましてからの、入院生活は2日目。
倒れて病院に運ばれてから5日は経っている。
楓さんを始め、みんなに心配をかけてしまったのが心苦しいが、清水先生から、あまりそういうことを考えないでのんびりしなさい、と言われている。
量の多い昼食を食べて、散歩がてらに屋上にやってきた。
周りには、鉄格子のような高い柵に覆われており、威圧的な感じをあたえるが意味するところは何となくわかる。
そこに置いてあるベンチに腰掛けて空を見上げる。
太陽はおおい尽くされた雲に隠れているが、ところどころ青空がのぞいていた。
「あ、そこ私の席」
声がかかり、そちらを見ると銀髪の髪に青い瞳、それと入院服に薄手のカーディガンを羽織った少女が、パンとジュースを持って立っていた。
「あ、ごめん、すぐ退くから」
「詰めてくれれば大丈夫」
少女もこの病院に入院しているのはその姿でわかる。
「今日はあまり良い天気じゃない」
「確かに、雲が多いね」
「紫外線対策しなくて済む。でも私は青空が好き」
「そうなんだ、俺は空を見られれば何でもいいかな?」
雨でも雪でも暗い場所で監禁されているより100倍マシだ。
「ねえ、パン食べてもいい?」
「いいよ。君のだろう?」
「うん、でも取らない?」
「取らないよ。それに昼食はもう食べたから」
「そうなんだ、安心した」
その少女は、パンの袋を開けて美味しそうにかぶりついた。
「初めて見る顔。入院したばかり?」
「5日前に入院したんだ。目を覚ましたのは2日前だよ」
「そう、私は2週間………ぐらい?ちょっと忘れた」
そう言った少女は、無表情で今度はジュースを飲んでいた。
この無表情な顔はよく知ってる。
施設に囚われていた子達は、殆どがこんな顔になっていた。
俺も未だに!感情を表すのは苦手だ。
いつか、恭司さんみたいになれればいいけど。
(いや、あれはないな……)
「何かお話して」
(お話と言ってもなあ、あ、最近読んだあの本は……)
そう少女に催促されて、この間飯塚君に勧められたライトノベルの本の内容を噛み砕いて話した。
「ふ〜〜ん、続きは?」
「俺が読んだのはそこまでなんだ。続きは買ってない」
「じゃあ、早く買って読んで」
何故か催促された。
お気に召したのか?
「俺も入院してるんだ。今は買いに行けないぞ」
「そうだった……」
「別にその話じゃなくてもいいだろう?」
「まだ、あるの?」
そう聞かれて、絵本やそう言った情操教育的な話は名前を知ってるだけで読んだこともなければ、聞いたこともない。
「……ないな」
「私と同じ」
やはり、この子は……
「もう、食べ終わったから行く」
そう言って席を立って屋上から去って行った。
足元に、少しばかり氷のカケラが散らばっていた。
☆
「楓ちゃん、ここはちゃんと病院食があるから、毎日食事を作って持ってこなくてもいいんだよ」
清水先生の診察室の近くにある面談室に、陣開楓と清水先生が話し合っていた。
「そうはいきません。拓海様のお食事は私が作らないと」
「楓ちゃんが言い出したら聞かない性格なのはわかっているけど、そんなことしてたら楓ちゃんまで入院するようになっちゃうよ。
今回の面会謝絶は、拓海君のためだけど楓ちゃん達のためでもあるんだ。できれば、ゆっくり休んでほしい」
「でも、私は拓海様のあの表情を見て何も出来なかった。あの時、無理にでも病院に連れて行ったら少しは楽になったのに」
「拓海君は顔に表情が出ないから、その顔を理解できてる楓ちゃんは拓海君のことちゃんと見てるよ。私だって、金曜日の診察の時、気づいていればって、今でも後悔してる」
「それでも私は……」
「拓海君は一応社会復帰はできている。でも、こういうことは少なからずあると思ってるわ。いずれ、その頻度が少なくなっていって入院しないで済む日が来ると思う。それまで、時間はかかるけど見守る覚悟はできてるんでしょ?」
「ええ、勿論です。拓海様にお会いしてから私の心は決まっています」
「ほんと、拓海君は女たらしの素質があるわ。あの陣開楓がねえ〜〜」
「茶化さないでください。殺しますよ」
「おーー怖い。でも、いつもの楓ちゃんだ。とにかくここでは私に任せて。食事も特別扱いしないから、もう持ってこないで。
拓海君だって心配かけてる自覚があるんだから楓さんの負担が増えると拓海君の症状だって良くはならないわ。きっと、拓海君だって楓さんがのんびり過ごしていた方が気が楽になるはずよ」
「わかっているのですが、何をしても手につかず、拓海様のお食事を作っている時が一番気が紛れるのです」
「ププ、高校生の楓ちゃんに、今の話を聞かせてあげたいくらいだわ。でも、ほんとに拓海君の食事はダメだよ」
「一品でも?」
「一品でもです。病院の栄養士さんの仕事を奪う気かしら?」
「わかりました。面会謝絶が取れたら一番に連絡下さいね」
「わかってる。それより、薬出しとくから帰りにもらって帰ってね。ただの睡眠導入剤だから」
「わかりました」
部屋を出ていった楓さんを見送って
「拓海君、愛されてるなあ〜〜、楓ちゃん、わかってるのかな?これが遅い初恋だって……」
昔の陣開楓を知ってる清水先生だけが気づいてる事だった。
☆
屋上で少しのんびりしてると、お爺さんたちが来た。
座れる所を探しているようなので、俺はベンチから立ってその場を後にする。
部屋に戻ってテレビをつけると、ワイドショーがやっていた。
最近起きた事件や出来事を学者やコメンテイターが意見を言っている。
『次はこの事件です。20日月曜日の午後に東北地方の◯◯県で〜〜』
子供が学校帰りに行方不明か。
『家に帰って来ない娘を心配した両親が警察に相談。直ぐに捜査に当たった模様ですがいまだに足取りが掴めていない状況です』
詳細に描かれたクリップを出して司会者の一人が説明している。
「公開捜査に踏み切った段階が遅いのでは?もっと早く公開していれば情報も集まったと思うけど?」
コメンテーターのひとりがそう話す。
『それに関しては、現地にいる佐藤さんに聞いてもらいましょう』
画面がかわり現地にレポーターがその件を含めて説明しだした。
組織だって動かれたら、目をつけられ時点で回避するのは難しい。
犯人が単独犯でも行き当たりばったりでなければ、ヘマをしなければ成功するだろう。
犯人が大人ならその力に子供は抗えない。
「嫌な事件だな。早く無事に見つかってほしいな」
施設に捕らわれた子供達を思いだす。
誘拐された子供がほとんどだったからだ。
今はその組織はなくなっているけど、もしかして新しい組織が?
逃げ出した研究員もいると聞く。
もし、あいつが生きてたなら……
俺を化け物と罵って、手足を切り落としたあいつが……
「はあーー、はあーー」
呼吸が荒くなってきた。
「あいつは、ここにはいない、ここにはいないんだ」
落ち着け、落ち着くんだ。
息を整えて…
何度も深呼吸をして、みんなの顔を思い浮かべた。
『アンジェ……』
幼い頃のアンジェを思い浮かべ、心が落ち着いてくるまで耐えていたのだった。
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