第20話 入院(1)

土曜日の朝、霧坂さんは、結城さん家族と一緒に生活に足りないものを買い出しに出かけた。

2組とも引っ越ししたばかりで、いろいろと物入りなのだそうだ。


楓さんは、溜まった仕事を片付けるために、隣の事務所でお仕事するそうだ。


ひとりで部屋にいると、いろいろ考えてしまうので本屋にでも行こうと部屋を出る。


ひとりで外出するのは久しぶりだ。


駅ビルにあるテナントに行き、周りのお店を覗きながら目的の本屋に辿り着く。


知識を得る為、図鑑や辞書などは持っているが、物語などが書かれている手持ちの本は少ない。できれば熱中して読める本がほしい。


「どういうのがいいんだろうか?」


悩んでいると声をかけてきた人がいた。


「あれ、蔵敷くん?」


それはクラスメイトの飯塚君だった。


「飯塚君だよね。話すのは初めてかな」

「そうだね、何か探してるの?」

「熱中できそうな本が有ればと思ってるんだけど、よくわかなくて」


「そうなんだ。よければアドバイスできるよ」

「そうか、助かる」


彼は割と静かなグループに所属してる人だ。

仲間内では、いつも楽しそうにアニメの話をしていた。


「どんなのが好みかな?」

「全くの素人でわからないんだ。面白ければなんでも」


飯塚君は少し考えて「これなんかどう?」と勧めてきた。

その本は表紙に剣を手に持った男性と女性騎士のような絵が描かれている。


「これは、来期にアニメ化が決定してる作品なんだけど、細かい描写で読み応えがあるんだ。異世界もの何だけど蔵敷君は大丈夫かな?」


「異世界の物語があることは知ってるけど、読んだことはないんだよね」


「じゃあ、試しに読んでみてよ。面白いと思うよ」


「わかった。買って読んでみるよ」


「うん、後悔はさせないと思うよ」


そうして勧められた本を手に取り会計に向かう。


飯塚君とは、その本屋で分かれた。

後で感想を聞きたいと言っていたので、ちゃんと読もうと思う。


楓さんや結城家族もいることだし、お店で数種類のケーキを買って家に帰ると、楓さんが心配そうに出迎えてきた。


「お帰りなさい」


「駅まで行って本を買ってきたんだ。それとお土産のケーキ買ったからみんなで食べてね」


「あ、ありがとう、拓海様」


楓さんは、なぜか慌ててお礼を言ってきた。

そう言えば、一人で出かけて、何かを買って帰るなんてはじめてのことだ。きっと、楓さんは俺の行動に驚いたのだろう。


俺は自室に入り、買ってきた本を読み始めた。

絵も描いてあるし、字も大きいので読みやすい。


その本を読み始めて、気がつけば夕方になっていた。


「確かに物語としては面白かったけど、チート能力授かって好き勝手に生きるって共感できない」


飯塚君には悪いけど、ハーレムとか興味はないし誰かにモテて好き勝手に生きるなんて俺にはできないだろう。


読み終わった本を棚にしまった。





『トントン、夕飯だぞ。寝てるのか?』


返事をする前にドアを開けたのは、霧坂さんだった。

霧坂さんは、俺の顔を見つめて少し驚いたような顔をした。


「起きてたのか、夕飯だ。ありがたいことに楓先輩の手作りだぞ」


「わかった、すぐ行くよ」


楓さんの食事は美味しいけど、今日はそこまでお腹が減っていない。

だが、食べないとみんなに心配をかけてしまう。




そして、俺は椅子から立とうとしてそのまま意識を失った。




「知らない天井だ……」


目が覚めて周りを確認すると俺は点滴をされて、いろんな機械が周りに有り規則的な機械音を立てている。


「あ、拓海君、目が覚めた?」


見慣れた人が、俺を覗き込んでいた。

木原看護士、清水先生の担当をしている人だ。


「はい、ここ病院ですか?」


「そうだよ、拓海君、家で倒れて3日も寝たままだったんだよ。気分はどう?」


(3日も寝てしまったのか)


「何だかスッキリしています。身体は大丈夫です」


「それはよかったわ。今、清水先生起こすから。先生隣で寝てるのよ」


広い病室に簡易ベッドが置かれており、毛布が膨らんでいた。


「先生、起きてください。拓海君、目を覚ましましたよ」


「むにゃ、もうダメ……そんなに魚饅頭食べれない……」


(魚饅頭ってなんだ?)


「あら、美味しそうな夢見てるみたいですね〜〜」


(もしかして、寝ずに看病してくれてたのか?)


「木原さん、そのまま寝かせてあげて。俺大丈夫だから」


「そうはいきません。もう、朝ですし8時間は寝てますから」


(うん、違った。だが清水先生らしい)


木原先生は容赦なく、毛布を捲りあげた。

可愛らしい猫柄のパジャマを着てる先生がクッションを抱き抱えてまだ寝ていた。


「先生、拓海君が先生のあられも無い姿を見てますよ。起きないと服も脱がしますからね〜〜」


「はにゃ……ええええええ」


奇声を発しながら、飛び起きた清水先生は、髪の毛が爆発しておりよだれも出ていた。


なんか見てはいけない気がして、俺は背中を向ける。


清水先生は、慌てて洗面所に行ったようだった。



それから、身だしなみを整えた清水先生は、髪の毛をいつものポニーテールにして白衣を着て戻ってきた。


「お、おはよう、拓海君」


「おはようございます。良い朝ですね」


「うむ、そうだね。ところで見た?」


「何をですか?」


「うん、それなら良いんだ。拓海君が寝てる間に検査したんだけど、身体に異常は見られなかったよ。もしかして、あまり寝てなかった?」


「……はい」


「そうか……この約2か月、初めての学校に通ったんだ。知らない間に疲れが溜まってたんだね。それに加えて治療行為もしてるし襲撃も受けている。かなり拓海君の精神に負担がかかっていたんだろうと思うよ。先日の健診時に拓海君の異常を見抜けなかったし、担当医として情けないよ」


「処方された薬は飲んでいますから、よくなってると思いますよ」


「いや、そうじゃないよ。精神ってのは魂と直結してるの。治すには時間がかかるし、一生そのままの患者もいる。最悪重症化する人も少なからず多いわ。だけど、それを治す現代医療は今のところ存在しない。薬で和らげてもそれは対処療法でしか無いのよ。

拓海君が心に抱えている根本的なものは過去の自分だと思う。

だけど、過去は変えられないから、向き合ってそれを別の何かに上書きするしかできないのよ」


普段、考えないようにしてるけど、ふとした瞬間に思い出してしまう。

それに、寝てしまえば抑えていた記憶が溢れ出てくる。


「そうですよね、先生の言ってる意味はわかります」


「おそらく、拓海君には将来何かになりたいとか、そういう夢を見るような感覚はないのかな?私から見ると、ただ毎日無難に過ごせればいいと思っているのだろうと推測できるわ」


「そうかもしれません。将来のこととか考えられないし、1日、生きていくのがやっとです」


「そうか……反対しているものも多かったけど、私は拓海君が学校に通うのは賛成だった。普通の同学年の人たちと接して拓海君自身もそうやって生きていって良いと思ってくれれば、と老婆心ながらそう思っていた。だが、根本的なところで私は間違ってしまったのではないかと感じているわ」


「学校はそれなりに新鮮ですよ」


「真新しい環境は、物珍しさもあって、その環境に順応するように身体も心も合わせるようになって行く。だけど、急激な変化は身体の不調として現れる。その場合、体と心を休める必要があるのだけど、現代社会の人の繋がりがそうさせてくれない場合が多いわ。

拓海君、スマホの電源を入れてくれる?」


ベッド脇にある充電されたスマホに電源を入れる。

すると、そこには溢れるほど知り合いからのメッセージが送られていた。


「そこには、拓海君を心配してくれている人達からの連絡がきてるでしょう。それは、嬉しいことなんだけど、拓海君はそれを少し煩わしく感じてない?」


「……はい、正直言っていつも繋がっている感覚は施設で監禁されていたことを思い出してしまいます。勿論、俺に接する種類は好意的なものが多いし嬉しいのですが、それでも、慣れない自分がいます」


「そうか、その言葉で今の拓海君の状態がわかった気がしたわ。少し休養した方がいいみたいね。それに、スマホも禁止だよ。関係各所には私が連絡しておくから、何も心配せずに少し休んで」


俺はしばらく入院生活することになった。




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