第19話 闇


病院からマンションまで恭司さんに送ってもらった。

恭司さんは、午後から大学に行くようだ。

何かスイッチが入ったようで『良いとこに就職しねえとな』とか言っていた。


将来の何を見据えているのやら……


自宅に帰ると「拓海君おかえり、ちゃんと手を洗ってうがいするのよ」と結城さんのお母さんに出迎えられた。


楓さんは仕事で出かけてるらしい。


「拓海君、何か食べる?」


「病院の食堂で食べてきたから大丈夫です」


「じゃあ、お茶でも淹れようか?」


「できれば、コーヒーがいいです。ブラック派なので砂糖もミルクもいりません」


「そうなんだ。コーヒーが好きなんだね。好きな銘柄とかあるのかな?」


「銘柄までこだわってませんけど、楓さんがいつも入れてくれるのでキッチンにあるやつならなんでも」


「そうなのね、わかったわ。できたら持っていくわね」


結城さんのお母さんだと思うと緊張するけど、会話するだけで何だか暖かい気持ちになる。


俺は自室に入って部屋着に着替えた。


試験も終わり、特に何もすることがないので机に座りぼんやりと適当にとった本を読み始めた。


ここ何日か忙しかったなあ。

来週は球技大会があるし、終わったら学校の方も落ち着くかな。


そんな事を考えているとスマホにメッセージが届いた。


【拓海君、会いたい。すぐに来てくれ】


何、恋人に送るようなメッセージ送ってきてるんだろう、あの生徒会長は。


【無理、今日は診察日で学校は休みです】

【そうか、それは残念だ】

【なんのようだったんですか?】

【球技大会の件で忙しくてね、猫の手も借りたいほどなんだよ】


雑用のお仕事か……


【来週なら少しぐらいお手伝いできますよ】

【わかった、期待してるよ】


生徒会って結構人数いたよね?

それでも手が回らないのか?


再び本を開くと、またメッセージが届く。


【拓海お兄さま、今何をしてますか?】


明日香ちゃんからだった。

ホテルで会合した時に連絡先を交換して毎日のようにやり取りしている。


【今日は診察日で学校を休んだんだ。今は終わって自宅でゆっくりしてるよ】

【そうだったのですか、お疲れ様です。明日香は、お昼を食べ終わったところです】

【午後も授業があるんだよね。ゆっくり体を休めてね】

【わかりました。また連絡します】


再度本を開き読み始めると、ドアをノックする音が聞こえた。


「はい」


「拓海君、コーヒー淹れたわよ。クッキーあったから一緒に食べてね」


そう言って茜さんはテーブルの上に置いた。


「ありがとうございます」


「あら、本を読んでたの。病院行って疲れたなら少し休んだら」


「コーヒー飲んだらそうします」


「何かあったら声をかけてね」


そう言って茜さんは部屋を出て行った。


コーヒーを飲みながら、襲ってきている眠気を抑える。

苦味が口に広がって少しはマシになった。


夜は相変わらずあまり寝れていない。

動きづらい自分の身体に回復をかけて動けるようにしている。


でも、そんな事いつまでも続けられるわけではない。


コーヒーを飲み終わって、ベッドに横になった。


(ちゃんと寝なくっちゃ)


眼を閉じると、恐怖が沸き立つ。


アンジェとなら寝られるのに……


そう思いながら、眠る恐怖と闘っていた。



夢を見ていた。

施設内の小部屋で手足を拘束されて寝かされている。

白衣を着た研究員が俺の腕を大きな刃物で断ち切った。


痛みで悲鳴をあげる。


研究員が早く治せと捲し立てている。

俺は、能力を使い失くした腕を再生させた。


研究員はニタニタとその様子を見て『化け物め』と罵った。

そして、今度は両足を……


「やめろーー!!」


「はあああ、はあああ」


俺は寝てたのか……

寝汗が酷いことになっている。


ドアを激しく叩く音がする。


「拓海君、どうしたの?入るわよ」


慌てた様子で茜さんが入って来た。

ベッドに腰掛けている俺の顔を見て「拓海君」と呟き力強く抱きしめた。


「茜さん、大丈夫ですから」


「大丈夫なわけないじゃない!こんなになって大丈夫なんて言ったらダメだから」


「そうじゃなくって、いつものことなんです。寝るとどうしてもうなされてしまって……」


「うん、わかってる。楓さんに聞いたから。無理しすぎなのよ、拓海君は」


「無理はしてないですよ。俺は大丈夫ですから」


そう言っても茜さんは抱き締める事をやめてくれなかった。

だけど、その温もりが見た悪夢を少しづつ消し去っていった。





結城陽菜


「ただいまーー、あれ、お母さん出かけたのかな?」


新しいお家は広くて部屋もたくさんあった。

お姉ちゃんと部屋の取り合いをしたのは、お母さんには内緒だ。


昨日の夕食も楽しかった。

特にあの金髪のお兄さんを揶揄うと反応が子供みたいで楽しい。


お母さんも身体が元気になったし、お姉ちゃんも何だか前より楽しそう。

私は学校が遠くなったけど、行きはお母さんが送ってくれる。

帰りはバスに乗って帰ってきた。


ここは見晴らしがいいし、お部屋もとても綺麗。

前住んでた家とは大違いだ。


友達に話したら遊びに行きたいって言ってた。

落ち着いたら誘うことになっている。


「宿題しようかな」


そう思いながら、手にはゲームを握ってた。


「あのお兄さんとゲームしてた時楽しかったなあ、また、来ないかな?」


初めて見た時は怖かったけど、実はとっても面白い人だった。

たくみお兄さんに、また連れてきてって言ってみようかな。


しばらくゲームをしてると、お母さんが帰って来た。


「あら、陽菜おかえり。バス大丈夫だった?」


「平気だよ。もう子供じゃないもん」


「ふふふ、そうね。クッキーあるけど食べる?」


「うん、食べる」


いつものお母さんだけど、どこか不安そうな顔をしてる。

まさか、病気が再発したの?


「お母さん、身体大丈夫?」


「大丈夫よ。お母さん、もうすっかり元気になったんだから」


そう話してくれたけど、少し元気がない顔をしてた。


お母さんにとって私はまだ子供だ。

だから、本当のことは話してくれない。


「お姉ちゃんが帰ってきたら聞いてみよう」


そんな事を思いながら、今日学校であった事をお母さんに話すのだった。





結城渚


朝、柚子ちゃんと一緒に学校に行く。

拓海君は健診があるみたいで今日はお休みするらしい。


「拓海君ってどこか悪いの?」


「存在全てが悪い気がしますわね」


霧坂さんは、外ではお嬢様風の話し方をする。

どうしてなのか聞きたいけど、そこまで仲良くなれていない。


「霧坂さんは拓海君の護衛もしてるんだよね。凄いよね」


「……私はあまり役に立ってませんわ。あの駄猫の方が逆に私を守ってくれてる気がします」


そんな事を言うのが意外だった。


「それでも凄いよ。私なんか何もできないし」


「いいえ、渚さんは私よりもあの駄猫を守ってると思いますわ」


「えっ、なんで?私そんな事した事ないよ」


「そうですわね。暴力とかの力ではありません。それより深い心のことです」


「私が拓海君の心を守ってるの?おかしくない?だって、拓海君とはまだ数えるほどしかお話ししてないよ」


「言葉にするのは難しいのですけど、あの駄猫がいた環境は地獄だったと聞いてます。私は強くなる為に甘えや優しさを捨てました。それに性格上優しい接し方などできませんから。でも、渚さんならきっとあの駄猫も心を開いてくれるのではないかと思ってますわ」


「そうなのかな?私にはまだわからないよ。でも、そうだと嬉しいかな。少しでも拓海君の役に立てるなら」


「そういうところですわ。渚さん」


霧坂さんは、そう言うけど私には全然そんな事を思えなかった。

私は拓海君の事を知らなすぎる。


知りたい。

拓海君がどんな風に育ったのか?

どんな風に感じてるのか?

今、どんな気持ちでいるのか?


もっと、もっと、たくさんお話ししなくちゃ。

そして、拓海君にも私の事を知ってほしい。


そして、柚子ちゃんともっと仲良くなりたい。


そんな事を考えているうちに学校に着いてしまった。


拓海君のいない学校は少し淋しいな……




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