第18話 診察室
楽しい夕食が終わった次の朝、霧坂さんと結城さんは一緒に学校に出かけた。
陽菜ちゃんは、学区が違うのだが、同じ区内なので役所と学校に相談して前の学校に通えることになった。
転校しないで済んだ、と陽菜ちゃんは喜んでいた。
そのかわり、毎朝、お母さんが送って行くという陽菜ちゃんにとっては嬉しい出来事が加わった。
そして、俺は定期健診のために学校はお休みだ。
エントランスに降りると、恭司さんが既に迎えに来てくれてた。
恭司さんの顔にガーゼが貼ってある。
おそらくお姉さんに一撃喰らわされたのだろう。
「恭司さん、おはようございます。痛そうですね、治しましょうか?」
「大丈夫だ。こんなの2、3日すれば治る。それより早く行くぞ」
うむ、なんか恭司さんが変だ。
妙にウキウキしている。
「何か良いことでも有ったんですか?」
「べ、別に何もねえぞ、ほんとだぞ」
なんか、すげー怪しい……。
今日の恭司さんは安全運転をしている。
運転すり恭司さんをよく見ると髪の毛はチャンんとセットしてあるし、服装もいつもと違っておとなしめだ。
どういう心境の変化だ?
聞いても教えてくれないだろうし、そのまま観察しておこうと考えた。
病院について、受付で診察券を渡す。
2階にある清水先生の診察室の前にある椅子に座っていると、どこか落ち着かないのか恭司さんがソワソワしている。
う◯こかな?
「恭司さん、トイレはあっちですよ」
「さっき駐車場にあるトイレに寄って来た」
では、なぜに?
「もしかして、包◯手術でもするんですか?」
「は!?俺はマグナムクラスだ。そんなのは必要ねえ」
「だって、さっきからソワソワしてますよ」
「そ、そんなことはねえぞ。ちょっと緊張してるだけだ」
緊張!?
恭司さんが!?
意味わからん……
順番が来るまでスマホのネットニュースを見ながら過ごす。
清水先生は、これでも人気のある先生なのだ。
「前の人、随分と時間がかかってますね。初診の人かな?」
恭司さんは俺の言葉も聞いているのかわからずに、エレベーターや階段の方にチラチラと視線を送っている。
護衛してる感じじゃないし、誰か待ってるのか?
そんな事を考えていると、清水先生の診察室の扉が開き、清水先生についている看護士の木原澄子さんが顔を出した。
「拓海君、お待たせしたかな?悪いけど診察室に入ってくれる」
「構いませんけど、前の方がいらっしゃるんじゃないですか?」
「ええ、でも大丈夫よ。清水先生も承知しているから」
「わかりました」
俺は、ソワソワしている恭司さんをおいて、診察室に入った。カーテンで仕切られているその奥で話し声が聞こえる。
「先生、拓海君をお連れしました」
「は〜〜い、入ってもらって」
清水先生の軽い声が聞こえてカーテンが引かれた。
先生とお話ししていた患者は、昨日浜辺で倒れた女性とその家族だった。
「あ、こんにちは」
そう挨拶をして進められた椅子に座る。
「彼が蔵敷拓海君、英明学園の高校一年生ですよ」
そう先生から自己紹介された。
ここに呼ばれた理由がわかった。
おそらくこの人達は、楓さんが用意してくれてる書類にサインをしたのだろう。
「拓海君、この度はうちの娘を救ってくれてありがとう。何と言葉を言っていいのかわからないが、拓海君は娘の病気も心も治してくれた。そして、私達家族も救ってくれたんだ。ありきたりな言葉しか思いつかないが本当にありがとう」
その患者のお父さんがそう言って家族みんなが頭を下げた。
「え〜〜と、そう感謝されると私も言葉が見つかりません。でも、よかったですね」
この場にいるのは、昨日会った女性と家に届けた時にいたお父さん、お母さん、そして、俺と同じくらいの高校生の男子だ」
その男子と目が合った。
「あの、姉さんを助けてくれて感謝してる、本当にありがとう」
「そんなに感謝を言わなくてもいいですよ。先に駆けつけたのは一緒にいた近藤恭司さんです。彼と一緒にいなかったら治療は失敗していました」
「失敗って、拓海君、どういう事?」
「皆さん、サインをしてくれたのですよね?」
みんな頷いている。
「私の治療は中途半端で終わると100%失敗します。その場合、今よりもっと辛い状態になっていてもおかしくありません。治りかけた病状が急激に元に戻ろうとするんです。患者の痛みは尋常ではないと聞いています。
今回は、私も意識を保つのに必死でした。それだけその方の病状が悪かったのですが、そんな私を恭司さんが支えてくれて意識が飛ばないようにしてくれました。
ですので、恭司さんがいなければ、私の治療は失敗してたと思います」
「そうか、そんな状態だったんだ。無理しちゃダメって言いたいけど、今回はそうも言ってられないわね」
「あの恭司さんって方は、私を支えてくれたあの人ですか?家まで連れてってくれた……」
「そうです、見た目はチャラいですが、正義感あふれる男性です。一応慶名大学に通っているので、頭は悪くないはずです」
「そうでしたか、あの方が近藤恭司さん……」
「その方を含めてお礼がしたいのですが」
お母さんがそう話す。
「恭司さんなら、診察室の外のベンチで待ってますよ」
その言葉を聞いて清水先生が、
「恭司君、来てるんだあ、木原さん、悪いけど恭司君を連れてきてくれる?」
「わかりました」
看護士の木原さんが恭司さんを呼んで来た。
「おお、拓海、俺にようってなんだ……………よ」
カーテンが開けられる、みんなに注目される恭司さんは、驚いた顔をして固まってしまった。
そのあと、恭司さんも志島一家から、たくさん感謝されて恐縮して縮こまってしまった。
☆
「なあ、拓海、いつ行く?今日行くか?」
ここまで様子が変だといくら鈍感と言われている俺でもわかる。
「さっき、別れたばかりじゃないですか?嫌われますよ」
「ダメだ、それは、ガチで」
「はあ、恭司さん、あの人が好きなんですか?」
「そんなんじゃねえ、ただ、心配なだけだ」
完全に黒ですね……
「がっつくとまた1週間でお別れするようになりますよ、あの弟君と」
「はあ!?俺が好きなのは弟じゃねえ、姉の方だ!」
「ほら、好きなんじゃないですか」
「拓海、ハメたな」
「いい加減、素直になった方がいいですよ。その方が物事上手くいきますし」
「そうか?は!?また拓海の言葉に騙されるとこだった」
「いいえ、今のはガチですよ」
話を聞くと、恭司さんは助けた時にその儚い姿を見て一目惚れしたそうだ。
(そういえば清楚系が好きだと言ってたな)
志島一家は、どうしてもお礼をしたいというので、今度志島一家の家にご招待に預かることになった。
それを、待ちきれない恭司さんは、今にも行きそうな勢いだったのだ。
(あの女性は、時間がかかると思うけど)
女性を治した時に流れてきた感情を察して恭司さんにアドバイスをする。
「あの人は、病気が治ったばかりですので、まずは体力の回復に努めないといけません。恭司さんが無理やりどこかに連れて行ったりしたら別の病気になってしまいますよ。
落ち着いて時間をかけて病気で沈んだ心を回復させることが一番だと思います」
「そうだな、俺は焦ってたのかもしれねえ。自分の気持ちを優先することばかり考えてた。それじゃあ、ダメだよな」
「それがわかれば、もう大丈夫です。ゆっくり心を開いてもらえるように接した方が良いですよ」
「わかった、拓海、サンキューな」
恭司さんにとって何度目の恋なのか知らないけど、この人には幸せになってもらいたいと心からそう思っていた。
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