第17話 真相


「よし、着いたぞ」


「今日はありがとうございます。結構、楽しかったですよ」


「おお、俺も楽しかったぜ」


「楓さんが夕飯一緒にどうぞってメッセージが届いています。何だか、今日はご馳走みたいですよ」


「そうか、じゃあゴチになるか、車パーキングに停めてくるわ」


マンションに着いて、エントランスで恭司さんが来るのを待っている。

恭司さんが歩いてくるが、両手をポケットに突っ込み肩を揺らして歩く姿は、裏社会の人間を彷彿させる。


真面目そうな格好をすれば、顔はイケメンだしモテると思うんだけどね。


「よーーお待たせ」


防犯ドアのロックキーを開けてマンションに入り、エレベーターに乗り込んで28階を押す。


高速で上昇するエレベーターが、乗るたびにもし落ちたらと考えると少し焦る。


エレベーターが28階に着く。

この階層は4部屋しかなく、ひとつは俺と楓さん、そして霧坂さんが住んでる2801号室、2802号室は楓さんの事務所になっている。

そして、2803号室と2804号室は昨日まで空いてたのだが、誰かが引っ越してきたようで空き部屋は2804号室だけとなった。


「誰か引っ越してきたようだな」


「ええ、ここは竜宮寺家の持ち物なので、身元がしっかりした人達だと思いますよ」


「まあ、拓海は気をつけておけ。お前は狙われてるからな」


「ええ、わかっています」


鍵を開けて部屋に入ると、なぜか霧坂さんが腕を組んで玄関の中で待っていた。


「おお、柚子じゃねえか、しっかりやってるか?」


「でたな、ドラ猫。駄猫を連れて行く時は一報入れて下さい。私、焦ったんですから」


「わりーわりー、忘れてたわ」


「忘れてたじゃねえ、このドラ猫」


霧坂さんは、正面から蹴りを恭司さんに打ち込んだ。

だが、恭司さんはそれを左手でガードして右ストレートを霧坂さんのボディーに打ち返す。

霧坂さんは、後ろに下がって距離をとりそれを回避した。


「あのさ、玄関で何やってんの?俺、うがいとか手を洗いたいんだけど」


「駄猫も連絡ぐらい入れろ!」


俺は駄猫らしい。


でも、流石に俺には蹴りも拳も飛んでこなかった。


怒りモードの霧坂さんを放っておいて、俺は手を洗いに洗面所に。

恭司さんや霧坂さんが俺の後に続いた。


「今日は、ご馳走なんでしょう。何かの記念日?」


後を着いてきた霧坂さんに尋ねると、


「いろいろあるみたいだよ」


「記憶にはないけど」


「なあ、なんか妙に肉じゃがとか食べたくなったわ。なんかいい匂いがするし」


「うん、うん、食欲を誘う匂いだよね〜〜」


そう言いながらリビングに行くとそこにいる人達を見て俺と恭司さんは固まってしまった。


俺にとってはあり得ない人がいる。


「な、なんでここに結城さんが?」


「おーーガキンチョじゃねえか、元気にしてたか?」


俺のクラスメイトの結城さんと妹である陽菜ちゃんがソファーに腰掛けていたのだった。


俺は、霧坂さんの方を見ると、両手を肩の高さに上げて首を横に振るジェスチャーをしてた。


「こ、こんばんは、蔵敷君」

「う、うん、こんばんは」


「わーーお兄ちゃん達だ」


ぎこちない俺と結城さんと比べて陽菜ちゃんは笑顔満載だ。


「拓海様、お帰りなさい」


「あ、楓さん、これどんな状況?」


楓さんがキッチンから出てくると、その後から落ち着いた女性が顔を出した。


「こんばんは、拓海くん、この間はありがとうございます。おかげで元気になりました。今日は、私の快気祝いと引っ越し祝いを兼ねて楓さんとお料理してたんですよ。たくさん作ったのでいっぱい食べてくださいね」


顔を出したのは俺が治療した結城さんのお母さんだった。


「引っ越し祝いって、まさか2803号室ですか?」


「ええ、陣開さんの好意で仕事を一緒にすることになりまして、住まいもこちらを紹介して頂きました。これから、渚や陽菜ともどもよろしくね。拓海くん」


どうやらそういう事らしい。


これってサプライズなのか?



料理は、もう少しかかるようで俺は自室に戻り部屋着に着替えた。

リビングに顔を出すと恭司さんが陽菜ちゃんとゲームして盛り上がっていた。


「おい、爆弾投げるなんて卑怯だろう!」

「勝てばいいんだよ。お兄ちゃんって弱いね。ざぁこ、ざぁこ」

「ぐぬぬぬ」


この2人は、精神年齢が同じくらいなんだと思う。


そんなゲームをしてる時に結城さんがちょいちょいと手を振って招いている。


リビングは結構広いのでここでも話ができるのだが、結城さんは俺をベランダに誘っていた。


「蔵敷君、いきなりごめんね」


「驚いたけど謝る必要はないよ」


「今日、柚子ちゃんと一緒に帰ったの。仲良くなろうと思ってね。それで、私が今日引っ越しするんだって話して新しい住まいに着いたら、柚子ちゃんも同じマンションだったの。それも驚いたんだけど、同じ階で柚子ちゃんが蔵敷君と一緒に住んでるって知ってさらに驚いたんだ」


「普通、驚くよね」


「そうだよ、驚きすぎて心臓がもたないかもってぐらい驚いたんだから」


驚いたけど姿の結城さんを想像できる。

それより、霧坂さんは猫被りはやめたのだろうか、気になる。


「お母さん、楓さんと一緒に仕事するんだ。楓さん、いつも忙しそうにしてたから俺も嬉しいよ」


「お母さん、病気になって助からないって言われてたから会社辞めちゃってたんだ。でも、すぐにお仕事できるようになって張り切ってるよ」


「それはよかった」


「あのね、私、楓さんの書類にサインしたんだ」


ということはこれの事を知っているということだ。


「そうか……驚いたでしょう?」


「ううん、驚いたのもあるけど数倍嬉しかった。蔵敷君がお母さんを治してくれたんだよね。ほんとにありがとう」


そう言って頭を下げた結城さんにかける言葉を探していた。


「あのさ、俺って変でしょ?変な力を持ってるし怖くない?」


「怖いなんて全然思わないよ。それより凄いって思った。だけど、きっと蔵敷君にとってはその力は欲しくなかったのかな、とか思ったりもした」


この子は、俺の心を見透かしているのだろうか?


「確かにみんなに凄いとか役に立つとか言われるんだけど、正直、こんな能力はいらなかったかな。俺は普通に過ごせればそれでよかったんだ」


「そうなんだ。私はそのことに何もいえないけど、これだけは言えるよ。お母さんを、陽菜をそして私を救ってくれて本当にありがとう」


その言葉を聞いて、俺の中にある何かがスッと消えてくような感じを受けた。


それが、なんなのか俺にはまだわかってなかった。





「夕食できたわよ〜〜」


結城さんのお母さんの声が届く。

なんか、この声を聞いてるだけで元気が出てきそうだ。


「蔵敷君、ご飯できたって。お母さんの料理ってほんと美味しいんだよ」


「うん、既に匂いでわかるよ」


みんなでテーブルについて食事が始まった。

食べる前に結城さんのお母さんから軽く挨拶があったが、目の前の料理の方が気になった。


「うめーー、何これ、こんなうめー肉じゃが食ったことねえよ」


恭司さんは相変わらずがっついている。


「確かに美味しいですわね、おほほほ」


あ、そのキャラ、続いてたんだ。


「おい、柚子。きしょ」


「何だと、このドラ猫!ベランダでろ!」


「やだね〜〜俺飯食ってるし」


「クソッ、覚えておけ。春香姉さんに告げ口してやる」


「おい、待て、それシャレになんねえから」


既にキャラは崩壊したようだ。


「柚子ちゃん、大人しく食べないとダメだよ。少し溢してるし」


結城さんは面倒見が良いのかキャラのことは触れずに霧坂さんが溢したオカズを拾い集めていた。


「何、ザコ兄は、お姉さんが怖いんだあ〜〜、いいこと聞いた」


「おい、ガキンチョ。ゴリラ女なんて怖くねえから、それに俺に怖いもんなんてねえから」


すると、霧坂さんがスマホを恭司さんに向けた。


『おい、バカ弟。誰がゴリラ女だ!はあん!』


霧坂さんは恭司さんのお姉さんとビデオ通信をしたらしい。


「はっ、柚子、シャレになんねえよ。マジ勘弁してくれ」


『おい、あとで覚えておけ』


そう言って恭司さんのお姉さんは、スマホから姿をけした。


「「「ははははは、おかしい」」」結城親子にはツボに入ったようで笑いが収まらない。


「蔵敷君、助けて、笑いすぎてお腹が痛い」


「結城さん、自分でなんとかしてね」


「もう、こんなに笑ったのっていつ以来かしら。ほんと楽しいわ」


「俺、笑いとってるつもりないんだけど」


「恭司さんは存在自体がギャグですよ、諦めてください」


「おい、拓海、言っていい事と悪事があるんだぞ」


「すみません、俺そういうのよくわかんないです」


「ガチかよ」


「嘘です」

「真顔で言うな、信じちまうだろう!」


「「「はははは」」」


結城親子には恭司さんがツボになったらしい。

何を言ってもおかしそうに笑っていた。


「皆さん、せっかくの料理が冷めてしまいますよ。せっかく茜さんが作ってくれたんですか美味しく頂きましょうね」


楓さんの言葉に一度は静かになったのだが、恭司さんのやらかしは再び食卓に笑いをもたらすのだった。


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