第23話 ヘリコプター

陣開楓は、マンションにある自分のオフィスで今度の裁判する、とある男性の詳細が書かれた資料を読んでいた。


「楓さん、こちらに前の資料をまとめておきました」


「茜さん、ありがとうございます、助かります」


「それは今度の裁判の資料ですか?」


「ええ、原告人の話から資料をまとめたものですが、音声データーだけでは少し弱いですね」


「声紋照合もするのでしょう、でしたら立派な証拠になりそうですが」


「そうなんですが、肝心のデーター漏洩の責任を追い詰めるほどの内容が入ってないのです」


茜さんは、デスクにあった資料を拝借してその内容を読み込む。


「確かに、責任転嫁している部分が弱いですね。これでは、ただの移動として処理されている感じしか聞こえませんね」


「同じ部署だった者達の意見も被告側に有利な内容となってますし、決定的な証拠があれば、被告を落としやすいのですが」


「証人喚問される人間は、同じ部署の部下ですか。なら、難しいですね。自分の立場もありますし」


「内部データーにアクセスして、原告が送ったメールの日付や内容が分かれば良いのですが、こちらが直接確認はできませんし、提出されるものは既に改ざんされているでしょうから」


「原告側がその証拠を掴んでいないという点で不利ですね。証言や証人喚問、音声データーだけでは不利ですね」


楓の仕事を手伝うことになった結城茜は、既に息の合った仲間として仕事に励んでいた。


その時、楓の父親である陣開尚利からスマホに連絡が入った。


…………………

『もしもし、楓です』


『拓海君の様子はどうだ?』


『清水先生の判断で未だ面会謝絶は解かれてません、もしかして拓海様にお仕事ですか?』


『非常に言いにくいのだが、そうなんだ。今当主様に変わるので聞いてほしい』


(今の段階で拓海様にお仕事なんて無理だ)


『楓君か、忙しいところすまない』


『こちらこそ、将道様には融通を効かせてもらってますので』


『うむ、拓海君の事なのだが、今の状況を理解している。だが、どうしても急ぎの案件が入ってしまった』


(将道様でも無碍にはできない相手ということですか……)


『東北の雲仙家の孫娘が危篤状態だ。連れ攫われそうになった友人を庇ったようで車に轢かれて重体だ』


(雲仙家か……東北地方を治める古い名家だ)


『清水先生には先に連絡を入れた。拓海君はOKしてくれた。先に拓海君に許可をもらったことを詫びたくてな、今回連絡を入れたんだ』


『そうですか、拓海様が‥‥私もついていきます』


『待て、楓君には裁判があるだろう。その原告人は古い知り合いの友人の息子だ。是非とも無念を勝ち取ってほしいと言われている。だから、その件に専念してほしい。拓海君には清水先生が同行すると言っている。護衛として修造氏にお願いした』


(くっ、私に仕事がなければ……)


『わかりました。私はこちらに専念します』


『わかってくれて何よりだ、では尚利に変わる』


『楓、貴女は良くやっています。私達だって拓海君を大切に思ってます。今回は譲ってくれて助かります』


『わかりました。くれぐれも拓海様をよろしくお願いします』


……………


「拓海君にお仕事ですか?」


「はい、どうしても断れないお相手だそうです」


「そうですか、拓海君が心配ですね」


「ええ、代われるものなら代わりたいくらいです」


「心中お察しします。今、お茶を持ってきますね」


「ありがとう」


世間はどこまで拓海様の自由を奪うんでしょう。

あの方が平穏に暮らせるにはどうすれば良いのでしょうか……


その心の呟きは何処にもいけずにただ彷徨うだけだった。





『ウイィィィィィィィィィン』


ヘリコプター内部に聞こえる音は、マイク付きのヘッドホンをつけてるおかげか気にならない程度の音に緩和されている。


今、俺と清水先生の、そして霧坂さんのお爺さんである修造さんと一緒にヘリコプターに乗っていた。


「ぼうず、柚子とはどうなんだ?」


何故か霧坂さんとの関係をしつこく聞かれている俺は「ただのクラスメイトで護衛と護衛対象の関係です」と何度も言っていた。


「それより修造さん、明日香ちゃんに変なことを吹き込まないでくださいよ」


「変なことは教えていない。ただわしの実体験を話しただけだわい」


(それがダメなんだって)


「ぼうずにも話してやろう。この間行ったガールズバーの事を」


「いいですよ。俺には縁がない場所ですから」


「ガールズバーとは(この爺さん人の話聞いちゃいねえ)、カウンター越しお嬢とお話しするところじゃ。キャバクラと違うのは、お嬢が隣に座ってくれないんじゃぞ(はい、はい)だが、ピチピチの若いお嬢がいる。それはもう大層別嬪な女子もおったぞ」


(こんな調子で明日香ちゃんに話してるんだろうな)


「修造さん、未成年者にはその話は禁句ですよ」


「だが、残念なのはお触り禁止ということだ。年寄りにはちと淋しいのう」


清水先生の忠告もダメなようだ。


「それより、この間ネットで調べたんじゃが、地下アイドルちゅうもんもおるらしい。下着や水着姿でダンスや歌を歌ってくれてるグループもあるそうじゃ。ぼうずもどうだ。社会勉強も必要じゃろう。一緒に推し活するぞい!」


「ゾイじゃねえ!お前が一人で行け!このエロジジイ!」


清水先生がとうとうキレたようだ。

清水先生の繰り出した拳骨は、爺さんが首を捻るだけで呆気なく空を斬った。


「まだまだだぞ、こういう時はもっと捻って内角に向けて打つべし、とまあこんなもんじゃ」


清水先生に拳を向けるのはどうかと思うが、俺に向けて拳を打たないでほしい。

もうちょっとで当たりそうだったぞ!  


「修造さんは空手が得意なんですか?」


「わしは武術全般じゃ。特に秘剣乳揉みくだしがわしの得意技じゃ」


「もう黙れよ、エロジジイ。でっけえ注射ぶち込むぞ、おんどりゃあああ!」


清水先生が限界突破したようだ。

その時、ヘリコプターが一気に下降した事はきっと関係ないだろう。


ヘリコプターは病院の屋上に着いた。

こんなに移動に疲れたのは初めてだ。

主に精神的に……


出迎えてくれたのは、雲仙家に仕える執事件秘書長の向井一成さん。

修造爺さんの昔のライバルだと聞いた。


「向井、相変わらず冴えないちょび髭を生やしておるの」


「お前こそ相変わらず頭が薄いではないか」


ライバル関係というのは本当らしい。

老執事対老和尚の戦いのような構図になっている。


「それで患者さんはどこですか、案内お願いします」


ヤンキー同士のガンの飛ばしあいをしている二人の爺さん達に清水先生が『早く患者のところに案内せい!』という意味を込めて丁寧な口調で話した。


「こちらです。どうぞ」


年の功なのか、動揺もせず、執事らしい立ち振る舞いで俺達を案内する向井さん。あの険悪な雰囲気の中でなかなかできることではない。


集中治療室にいた雲仙家の孫娘。小学5年生らしい。

痛々しいほど包帯を巻かれており、医療器具がたくさん付いている。


「清水先生、これ外してもらっても患者さん、大丈夫ですか?」


「う〜〜ん、正直迷うわね。このままじゃできない?」


「再生するときに体内に巻き込んでしまいます。できれば全て外してほしいのですけど……」


その話を聞いていたこの患者の医者が『外せるわけないだろう!お前らはこの子を殺したいのか!』と至極当然な事を言っていた。


「君崎君、いいんだ。これは私が頼んだ事だ。もし、和紗に何かあっても私の責任だと断言しよう」


雲仙家当主 雲仙総一郎。

この人が竜宮寺家に依頼した人物だ。


「わかりました。ほんとに何かあっても知りませんよ」


和紗ちゃんの意識はない。

俺は手を握って万が一の事を考えて応急処置だけはしておく。


頭の傷が酷い。

血腫を手術したのか?

でも、全部取り除けてない。

場所が手を出せないところだったようだ。


まずは頭の中を……「ううっ」

頭に痛みが襲う。

これは結構辛い。


清水先生と君崎先生が二人がかりで医療器具や包帯を外している。

一気に能力を使った方が楽なのだが……


「まだでしょうか?」

「もうちょっと、拓海君、頑張って」


そして、15秒程後、


「拓海君、OKよ。一気にいきなさい」


「はい!」


清水先生もちょこまか能力を使うより、一気にやった方が楽だとわかっている。


右手を握っていた手を胸に当てた。

そして、一気に能力を使う。


「ううっ……」


「う、うそ……こんなことが、できるわけない」


痛みと共に和紗ちゃんの傷は消えて無くなっていく。

手術の為に剃った髪の毛も再生していった。


「神だ、神様が降臨した」


君崎先生は、驚きすぎて現実逃避してるようだ。


約2分で和紗ちゃんの傷は治った。

内臓も頭の中も全て元通りだ。


「あれ、ここどこ?なんでおじいちゃんがいるの?」


和紗ちゃんは目を覚ましてそう呟いた。

雲仙総一郎は泣きながら和紗ちゃんに抱きついていた。


そんな光景を目の当たりにしたライバル同士の二人の爺さん達は、お互い泣きながら抱き合っていた。



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