第11話 誓い

夕飯が引っ越し蕎麦だった日の翌日、俺の足取りは重かった。


楓さんは、朝から連絡を受けて慌てて出かけてしまうし、取り残された俺と霧坂は、念書の件もありお互いに口を開くことはなかった。


そんな空気の中で一緒に朝食を食べ学校に向かうなんて、施設にいた時にも味わったことのない感じ悪い空気に襲われていた。


勿論、念書にはサインしていない。

文句を言って楓さんに丸投げしたのが、霧坂さんの逆鱗に触れたのだった。


一応、霧坂さんの護衛のお給料は、俺が稼いだ治癒能力の報酬から払われている。


既に、俺は高級とりのサラリーマンが三周して稼ぐくらいの金額があるらしいけど、金銭面のことは楓さんに任せてるので、詳しい金額は知らない。


ということは、俺は霧坂さんの雇用主であって、霧坂さんは雇用者だ。

俺の方が立場的には上のはずなのに、何で俺より威張っているのだろうか?


(一度、きちんと言ったほうがいいよな)


「霧坂さん、あの〜〜」


「話しかけないで!」


「はい……」


はい、言い負かされました。


社会に出ればこのようなことはよくあるらしいし、時間が解決するとも聞いた。


俺もその流れに乗ろうと思う。


学校に着いて教室に入ると、耳元で声がした。


『タッくん、ちょっと旧校舎の空き教室まで来て』


この声はアンジェだ。

俺に何か用があるらしい。


俺は念話で返事をすると、鞄を置いて教室を出る。


昨日に続いて旧校舎の空き教室に着くと『掃除するふりをして』と、アンジェから声が届く。


掃除道具が入ったロッカーを開けて箒で床を掃き出した。


『この部屋には監視カメラがある。声を拾うものじゃないけど不自然な行動はしないで』


「わかった」


(監視カメラがあるのかよ。昨日のこと誰かに見られてたりして)


『昨夜、私達のがいた施設の子達がいた保護施設が襲われた』


「…………」


マジか……楓さんが急いでたのはそのせいか……


『発火能力者の子は暴走して自分の能力で自分を焼いて亡くなった。その他能力者は2人。身体強化能力者とサトリ能力者が連れ拐われた。無能力者の子達と一緒に』


「組織の連中か?」


『多分そう。私も迂闊には近づけなかった。そういう能力者もいたから』


「ああ、そいつは知ってる。治療はしたことないけど」


『事後に施設に侵入して詳細を調べた。氷結能力者は、他の場所にいたので助かったみたい』


「最後の方に施設に来た子?会ったことないけど」


『多分そう。社会復帰に向けて学校に行く練習をしてたみたい』


「組織の目的は何なの?」


『それはわからない。だけど、今度のBOSSって人は、結構能力者達の自主性を重んじてるらしい。聞いた話だけど』


「そうなんだ。なんか胡散臭いね」


『だから、タッくんも気をつけて』


「それはお互い様だろう?」


『うん、そうだね。それとまた一緒に寝てね』


「わかった。俺もアンジェと一緒ならうなされないみたいだし」


『私も悪夢を見なかったよ。じゃあ、またね』


そう言ってアンジェの気配は消えてしまった。


俺も箒をロッカーに入れてその場を立ち去った。



☆☆☆



今日もなんとか放課後まで過ごした。

結城さんが朝から『蔵敷くん、おはよう』と、声をかけたので大騒ぎになったのだ。


前の席に座る海川くんから絡まれ、男子達からは睨まれた。

昼休みになると見たこともない上級生に呼び出され『調子乗ってんじゃねえぞ』と凄まれた。


全く、なんなんだ。

何で結城さんに挨拶されるだけで、ここまで騒がしくなるんだ?

他の男子達だって、普通に挨拶交わしてるよね?


放課後、いつも通りゴミ袋を持って校庭のゴミ拾いをする。

この仕事という罰も今日で終わりだ。


何故か今日は、ゴミの量が多い。

普段なら一袋でも余るのだが、今日は既に2袋目だ。


今日が最後と思ってゴミ拾いをしてると、何故か結城さんまでもがゴミ袋を持ってこちらにやってきた。


「用務員さんからもらってきたんだ。一緒にやろうね」


「あ、はい」


こういう場合、どんな返答をしたら正解なんだ。

[男子のやっかみが酷くなるので、やめて下さい?]

[気を使わなくていいです?]

[そこまでする必要はありません?]

[一緒にがんばろう]


うむ、最後のはないな。

正解がわからないので、生返事しか出来なかった。


「それにしてもゴミって結構落ちてるんだね」


「今日は特別みたいですよ」


「特別ってなんで?」


また、返答に困る質問が来てしまった。


「昨日、雨が降ったからかな?」


「そうなんだ。雨の次の日ってゴミが多いのね。私も気をつけなくっちゃ」


おそらくそういうわけではないのだろうが、今日で終わりだし、まあ良しとしよう。


しばらく、黙々とゴミを拾っていると、聞きたくない声が聞こえた。


「拓海くん、頑張ってるね」


そう、生簀かないイケメンの生徒会長だ。


「まあ、一応仕事(罰)なので」


「おや、今日はクラスメイトの子も一緒なんだね。もしかして、彼女とか?」


「違いますよ、クラスメイトです」


「あの〜〜私、結城渚って言います。蔵敷くんの友達です」


クラスメイトと友達ってどっちが親密具合が上なんだ?


「そうか、拓海くんにやっと友達が……」


「おい、嘘泣きはやめろ」


「いや〜〜僕は嬉しいんだよ。いつもぼっち……1人を愛する拓海くんが他人に興味を持ったことにね。これで清華さんや明日香ちゃんに良い報告ができるよ。二人は特に心配してたからね」


すると、結城さんが声をかけてきた。


「あの〜〜清華さんと明日香ちゃんって誰なんですか?」


「結城さんだったね。拓海くんの友達なら言ってもいいかな。清華さんは拓海くんの養母で、明日香ちゃんは従姉妹にあたるのかな。まあ、身内だね」


「それじゃあ、会長と蔵敷くんとの関係って……」


(なんか結城さんってグイグイくる感じな人?)


「ああ、僕たちは従兄弟なんだ。血の繋がりはないけどね」


「血の繋がりがないって、どうして?」


「拓海くんの両親は幼い頃に亡くなってしまってね、蔵敷家が養子に迎えたんだよ。蔵敷家と立科家の当主の妻同士が姉妹だから僕達は血の繋がらない従兄弟ってわけさ」


「そんな、蔵敷くんのご両親が……」


何か悲しそうな顔をして落ち込んでるけど、ほんとは真の両親は俺と姉を闇組織に売ったクソ親だからね。ちっとも悲しくなんてないよ。


「会長、その辺で終わりにしましょう。情報過多で結城さんが処理できませんよ」


「そうだよね。でも、嬉しくて知ってもらいたいと思ったのは本当なんだ。結城さんも拓海くんも仕事中悪かったね。そろそろゴミ拾いも終わりにしようか」


そうだ……


「結城さん、ゴミ袋を貸してくれる」


俺はゴミ袋を受け取って俺のと合わせて会長に押し付けた。


「会長、悪いんですけどそれ焼却炉のところにお願いします。俺は結城さんのフォローしときますので」


そう、小声で話しかけておく。


「そ、そうかわかった。これは僕が置いてくるよ」


イケメンにゴミ袋。

ミスマッチのところが、何かいい感じに見える。


それから、少しスッキリした俺と結城さんは鞄を取りに戻ってジュースを買って二人で飲んだ。


勿論、俺の奢りです。



☆☆☆


結城茜


私は、午前中の検査が終わり、少し疲れたけどベッドから起きて外を見つめていた。


すると新しく担当になった清水先生が入ってきた。


「検査お疲れ様。検査の結果だけど、どこにも異常は無いわね。予定通り来週の火曜日に退院して構わないわよ」


清水先生がそう言うけど前の状態を体験してるだけに不安がよぎる。


「清水先生、私、自分でもわかるほど重病だったはずですし、前の先生からいつ亡くなってもおかしくない状態って聞いてたんですけど、あの男の子に手を握られてから治ったみたいなんです。これってどういうわけですか?」


う〜〜ん、やはり、カルテを見たからわかるけど、この説明じゃあ納得できないか……


「奇跡ってことで納得できない?」


「病気が治ったのは凄く嬉しいですけど、自分の身体に起きた事きちんと知っておきたいです」


これは、サイン案件かな……


「わかった。ちょっと書類を用意するから読んで納得したらお話しするよ。それでも良いですか?」


「ええ、お願いします」


それから、清水先生は部屋を出て行った。

そして、しばらくして凛とした女性を連れ立って部屋に来た。


「弁護士の陣開楓と言います」


名刺を渡されて、陣開さんと名乗った女性のスーツに付いているバッチを確認した。


「結城さんは、以前商社の法務部に勤務されていたそうですね」


「はい、病気が重くなって退職しましたけど」


「元旦那さんとは、旦那さんの浮気が原因で子供を引き取って別れたのですね」


「はい、そうです。もしかして、調べたのですか?」


「失礼かと思ったのですが、今回の場合は国家機密に該当する案件でもあります。ですので勝手ながら調べさせてもらいました」


たった数時間で?いいえ、もしかしたらあの男の子に会ってから?

それに、国家機密って何なの?


「では、これを読んでサインをいただけますか?」


そう言われて渡された書類を読む。

これって、拘束力のある契約書と同じよね?


ここまでするって尋常じゃないわ。

私はどうしても真実が知りたくなった。


覚悟を決めて書類にサインをする。


「結城さんのカルテを見ました。大腸ガンからリンパを通って肺に悪性腫瘍が転移してました。肺に水も溜まっており危険な状態のようでした。このカルテを見るとがん細胞は全身に回っていると判断されてます。抗がん治療を受けたとしても長くは持たないと書かれています。手術して患部を取り除いたとしても他の臓器に浸潤している可能性が高く手術することが死期を早める可能性が指摘されてました」


この説明は、前の先生にも聞いて知っている。その時、一緒に聞いていた渚の泣いている姿を見るのが辛かった。


「今回、検査の結果で身体の異常はどこも見当たりません。がん細胞も無くなっていました」


「それって、どう言う事なんですか?」


「蔵敷拓海くん。その子が結城さんの治療をしました。どういう縁なのかわかりませんが、娘さんと同じクラスの男の子です」


「まさか、あの短時間で?手を握っただけなのに?」


「不思議に思うのも仕方がありません。彼は治癒能力を持つ超能力者です」


「う、嘘……」


言葉が出てこなかった。

陽菜が連れてきたあの男の子が「急に手を触らせて下さい」と話しかけられて手を握られて、僅か1分ぐらいしか経ってない間に治療してくれたの?


「か、神様なんですか?」


「いいえ、彼は幼い頃能力を発現してから親の借金のかたに闇組織に売られました。彼には姉がいたのですが、前の親からは兄弟揃って親から日常的に虐待を受けていたようです。その時にできた怪我を治しているのを知られたようですね。


そこで、数えきれないほどの人を治療しています。彼の治療には後遺症がありまして、患者ではなく彼自身が患者の痛みを身体に受けてしまいます。そのせいで監禁されてた施設では薬でわからないようにさせて治療させられてました。


それを保護したのが国の機関です。そして、彼はある人物を治療してその方に現在保護されています。


そう言うわけで拓海様は神様ではありません。きっとそう言われるのは嫌がると思います。どこにでもいる普通の高校生として見ていただいた方が本人は喜びます」


弁護士の話を聞いていたのだけど、途中で涙が止まらなくなってしまった。


「保護したのが竜宮寺家。聞いたこともあると思いますが、日本帝国を支えている財閥のひとつです。そこのお嬢様を彼は治療しました」


「あああああ、私は……」


言葉が思うように浮かんでこない。

ただ、うめき声のような声しか出せなかった。


「私は竜宮寺家の顧問弁護士団に所属しています。蔵敷家は信州にありますので、英明学園に通う拓海様の保護者として一緒に暮らしています」


「楓ちゃん、そこまで話してもいいの?」


「ええ、できれば結城さんを勧誘したいのです。私も弁護士家業と保護者としていろいろ忙しい立場なのです。できれば、結城さんに一緒に働いてもらいたいと思っています」


「それって……」


「誤解しないで下さいね。監視とかそう言うのではないです。商社の方からの聞き取り調査では、結城さんは非常に優秀な方だと聞いております。私も出張などが多い仕事ですのでサポートしていただければ助かるのですが」


「なんだ。楓ちゃんは勧誘したかったのね。だから、真面目モードなんだ」


「香織、私はいつも真面目です。貴女とは違いますよ」


「もし、良い返事をいただけたのなら、今私たちが住んでるマンションのフロアーの一室に住んでいただきたいのですけど。失礼ですけど、今は2DKの賃貸アパートにお住みとか。前にお勤めしていた給金の倍額以上はお支払いできます。家賃も今現在お支払いされている家賃と同額で結構ですので、是非とも手伝って頂けませんか?」


「私は、病気を治していただき、その上そのような破格のご提案に素直に頷いてしまったら申し訳なくて仕方がありません」


「そう言われるのはわかっていました。実は、拓海様には幼い頃、両親に捨てられ、親の愛情というものを知りません。私が親代わりにと思っているのですが、独身で子供も産んでいない私には本当の親の愛情がわかりません。拓海様は私を慕ってくれていると思いますが、心を許しているわけではないのです。だから、私もどうしたら良いのか……」


陣開さんもあの男の子のことで随分悩んでいるのだろう。

顔に出るほど、心が苦しそうだ。

私にできるかな……


「そうなのですね。あの男の子のサポートも含まれていると」


「ええ、お願いします。どうか、あの子に愛情というものを教えてあげてくれませんか」


そう言って陣開さんこんな私に頭を下げてくれた。

話を聞いて、既に私の心は決まっている。

だけど、勇気が出なかった。

でも、私は……


「わかりました。私にできるかわかりませんが、あの子は私の命の恩人です。それに陽菜も助けてくれました。私もあの男の子には幸せになってもらいたいです。精一杯やらさせて頂きます」


そう返事をしたら清水先生が泣き出した。


「うううう、よかったよ〜〜〜〜〜〜」


この先生も良い人だ。

こんな良い人達の中で仕事も生活もできるなんて、夢みたいだ。


だから、私も頑張ろうと、そう心に誓った。








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