第12話 移動


今、どういうわけか結城さんと霧坂さんと3人で帰宅している。

あの重苦しい雰囲気の中で霧坂さんと2人で帰るのは辛いものがあったが、新たに結城さんが加わって何故かもっと重苦しくなった。


「蔵敷くんと霧坂さんって仲良かったのね」


「……そうでもないのですよ。ただ、帰宅方向が一緒なだけですから、おほほほ」


誰だよ!こいつは。


「それにしてもう結城さんとへんた……蔵敷くんが仲が良いなんて知りませんでしたわ」


今、変態って言おうとしただろう!


「ええ、友達になったんです。毎日連絡を取りあってるんですよ」


うん、昨日からね……


「そうなのですか、知りませんでした。でも、男子にとても人気のある結城さんが、こんな糞虫……このような少し暗い人とお友達なんて、今にも爆弾が降りそうですわね」


糞虫って言ったの聞こえてるからな!!

それに、爆弾って、これ以上ツッコみさせないでくれ……


「霧坂さんこそ、家の方向が一緒ってだけで放課後蔵敷くんを待ってる必要はないのでは?」


嫌でも護衛だし、仕事だからしょうがないよね。


「待ってたわけではありませんよ。ちょうど勉強のキリがよかっただけでただの偶然ですから」


さっきから猫かぶりっぱなしだけど、こいつ大丈夫か?


「ところで蔵敷くん。駅前のカフェに寄ってかない?新しいメニューが加わったんだって。それもいちご盛りだくさんのパフェって噂なんだよ」


「そうなんだ。美味しそうだね」


「そういえば、駅近くの甘味どころでは、京都の和三盆をふんだんに使用した小豆たっぷりのあんみつが美味しいみたいですわよ。殿方にも人気と聞きます。もし、お暇ならご一緒にいかがですか?」


だから、誰だよ!その口調!


「うん、あんみつ美味しいよね」


「「では、(ご)一緒に」」


「え〜〜と、今日はどこにも寄らないで帰ろうかな。中間テストも近いし」


「そうだね。テスト終わったら一緒に行こうね」


「うん、わかった」


「そうですわね。学業の方が大事ですわ。あんみつは逃げませんしね」


「そうだね、逃げないよね」


俺はさっさと逃げたいよ。


それから、結城さんと別れるまでこの重い空気のバトルは続く。

猫かぶりの霧坂さんは、結城さんと別れた後はひと言も喋らなかった。



☆☆☆



【急で申し訳ありません、本日午後7時 お仕事が入りました】


家に帰ると楓さんからメッセージが送られて来た。

こういう連絡の仕方は珍しい。


【わかりました】


【湾岸ベイシティホテルです。夕食はホテルで先方と一緒に取る予定です】


治療相手と食事するなんて初めてだ。

ああ、もしかして関係者の人かな?


【柚子にも連絡を入れてあります。午後4時にタクシーを手配しました。マンションのロビーでお待ちください】


楓さんは直接現場かな?


【了解】


さて、何着てけば良いんだ?

何時もなら楓さんが用意してくれるので助かるけど、楓さんはいないし。


悩んでいると部屋の扉がノックされた。

「はい」と返事を返すと、入って来たのは霧坂さんだった。


「やはり制服着たままだ。仕事の時は身バレを防ぐために制服はダメだよ。ちょっとクローゼット開けるからね」


「楓さんから言われたの?」


「そうよ。鈍臭いあんたの世話を頼まれたの、あ、これがいいかも」


用意してくれたのは、上等なスーツだった。


「今履いてる白い靴下は脱いで、こっちに履き替えて」


確かにスーツ姿に白い靴下って、見た事ないかもしれない。


社会復帰できてるとはいえ、こういう細かいところまでは気が回らない。


いつか自分でできるようにならないとな。


着替えてエントランスまで降りると、タクシーはすでに来ていた。


ズボンルックのスーツを着こなしている霧坂さんが確認に行く。


学校では下ろしていた髪の毛を今は後ろで一本に縛ってある。


髪留めの飾りが可愛らしい猫をあしらっているのが印象的だった。

 

「何見てるの?目を潰すわよ」


口を開かなければ、凛とした和風美少女に見えなくもない。


「いや、何も」


「確認がとれたわ。行くわよ」


霧坂さんはタクシー運転手の身元確認をしてたようだ。


タクシーに乗り込み、車は発車する。

運転手さんが言うには、この時間は混んでいるので目的のホテルに着くのに約1時間はかかるようだ。


金曜日の夕方なので、仕方がない。


約束の時間まで余裕があるし、多少遅れても問題ない。


「今日の内容聞いてる?」


「内容は聞いてないわ」


何時もなら事前にある程度の情報が得られるのだが、今回はその情報もないらしい。


行けばわかるので、知らなくても問題ないのだが、事前覚悟があるのとないのではやはり負担がかかる。


霧坂さんは、外を見て周りを警戒してくれている。

首都高速の周りは高いビルもあり、狙撃をする側にとっては狙いやすいポイントが多々ある。


俺も気になって、周囲を見渡す。

首都高速は緩やかなカーブにさしかかった。

少し離れた正面付近にある距離の離れたビルなら、腕の良いスナイパーなら狙撃するのに絶好のポイントだ。


まさか……


そのビルの屋上から、小さな光が一瞬見えた。


俺は慌てて霧坂さんに覆いかぶさる。

俺の乗っていた後部座席の窓が『パリン』と音を立てて割れた。


「キャーッツ、何?」


運転手の腕が良かったのが幸いして、慌てずにハザードランプを点けて路肩に止まった。


2撃目の狙撃は無いようだ。

おそらく、素早く撤収したのだろう。


「狙撃だよ。怪我して無いか?」

「う、うん。私は大丈夫。あ、あんたは?」

「俺も大丈夫だ。それより事故らなくてよかったよ」


運転手さんは俺達に声をかけて、会社に連絡を入れている。

霧坂さんも落ち着いてきたのか、誰かに連絡を入れ始めた。


まさか、あの位置から狙撃する奴って……


施設時代、ある人物を治療したことがある。

その人は、傭兵であり凄腕のスナイパーだった。


まさか、あの人が……


証拠を残さない為、素早く撤収する一撃離脱の潔さ。

それに、あの距離からの狙撃。

気がついて避けなければ、完全に頭にヒットしてた命中力。


裏の暗殺者、名前を『ヘルガイド』地獄への案内人だ。


「直ぐに車を手配するって」

「わかった」


「……それから……」

「何?」

「ありがと……」

「うん、みんな無事で良かったよ」


「そうじゃなくって、私……」

「どこか痛むのか?」

「違う……私があんたの護衛なのよ。なのにあんたに守ってもらうなんて……」


「気がついたのは俺のが先って話だろう。先に霧坂さんが気づいていれば同じ事をしたと思うよ」


「そうだけど、私……」


それから、彼女は落ち込んだように俯いてしまった。

本来なら、かける言葉が見つからない状態なのだが……


「霧坂さん、まだ完全に安全じゃないよ。今度は守ってくれるんだよね?」


「そうね、そうだったわ。今度は守ってみせるから」


そう言って霧坂さんは、直ぐに周囲を警戒し始めた。


(口は悪いけど生真面目な人なんだよね)


それから、代わりの車が来るまで、霧坂さんは警戒を怠らなかった。





「へーーあの子、結構鋭いわね。この私が失敗するなんて人生で2度目だわ。それにあの子がこんなに大きくなってるなんてね。あの時は、大怪我を治してもらったけど、覚えてくれてるかしら。


ふふ、ちょっと楽しみが増えたわね」


ビルの合間にある路地で、そんな言葉が呟かれていた。



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