第二十三話 助けて

「………………」


 7月3日。

 不思議な夢を見たけれど、まだタイムリープはしていない。このままテストまで時間が巻き戻ることなく、進んでいくのだろうか。

 でも、「前回」は初めて佐久の誕生日より前にタイムリープが発生したので、「今回」もいつそれが起こるのかわからない。次に目が覚めたら6月に戻っているかもしれないし、また7月2日になっているかもしれない。はたまた、高校2年生まで時が戻ってしまうこともあるかもしれない。


 時刻は6時19分。また、目覚ましが鳴るより大分早く起きてしまった。

 しかしいつもと違うのは、疲れや嫌な寝汗がないこと。不思議な夢ばかりを最近見ているから、休めた気がせず頭が疲れていたり首や方の凝りがあったり、背中やうなじにじっとりとした嫌な寝汗をかいていたのだが、今日はそれがない。もちろん、暑さによる汗はあるが。

 いや、むしろ、何故か背中が少しひんやりとしている。ベッドには冷感シーツなどを使っているわけではないのに。


 ——巡、忘れちゃ駄目だからね…………。


 夢の中であの雪のようなふわりとした冷気の女性に後ろから抱き締められた感触が、そのまま現実に出てきたのだろうか。

 ……それとも、あの女性はこの世のものではなくて、ずっと僕のそばにいる、とか…………。


 いやいや、まさか……。


 確かに空想の世界のような出来事は起こっているけれど、それとこれとは別だ。タイムリープは存在するがオバ……はいない。いない、絶対に。以上。


 二度寝するにしても微妙な時間だし、今から朝食を食べても1時間目の途中くらいでお腹が空いてしまいそうだ。僕は少しだけベッドの上でだらけることにした。とある友人が見ていたら「こういう時間こそ有効活用して勉強するんだよ」と言ってきそうである。


 寝転がっていると、眠くはないのに再びあの夢に引き摺り込まれそうだ。

 ベッドの下から手が伸びてきて、体を引っ張ってくるような。

 どこからか現れた手が僕の目を隠し、無理やり閉じさせようとしてくるような。

 耳のそばで、夢に出てきた台詞を繰り返し囁かれるような……。そんな感覚がある。



『…………大人にならないでね』



 あれは僕の記憶から取り出して再生しているのだろうか。でも、あの言葉を言われた覚えは全くない。

 あの佐久は今より少しだけ幼くて、きっと中学生くらいの姿なのだろう。もちろん彼女と学校は同じで、関わりも少なからずあったとは思うが、あのように神妙な面持ちで話す場面は遭遇したことがない。

 中学生のときの記憶ですらあやふやになってきているから自信は持てないけれど、多分、あれは僕の記憶ではない。……多分。


 でも、喉に刺さった魚の骨のように流すことが出来ない。ごくりと飲み込んで「あれはただの夢だ!」とあっさり自分を納得させることは僕には出来なかった。

 何度も同じ言葉を言っていたから、何かしらの意味はあるのかもしれない。


 あれがもし、本当に佐久からのメッセージだったら?

 あれが、彼女がタイムリープを起こす原因に繋がっているとしたら?


 ——大人になっちゃったねえ!


 謎の女性は佐久が誕生日を迎えて18歳になった後、そう言っていた。成人年齢は18歳。だから、女性の中では「18歳はもう大人である」という認識なのだ。

 同じく、佐久もその認識だったら?


「……あっ」


 僕は大事なことを忘れていた。

 この非日常ですっかり頭から抜け落ちていた。


 7月30日は、僕の誕生日だ。


 僕が「大人」にならないように、その日までには必ずタイムリープが起こるようになっているのではないか。


『どうせ皆大人になれないんだから!!』


 屋上で叫んでいたこの台詞。

 もしかしたら、僕はだけではなくて周りの人間も、大人になってほしくないのかもしれない。

 

 大人になれないんだから。

 大人に「」んだから……?


 どうして彼女は大人になってほしくないのだろう。

 自分が大人になりたくない、ならまだわかる気がする。進路が不安だとか、社会人になりたくないとか……。志望大学が決まっている彼女に限ってそれはないと思いたいけれど。

 

 人を大人にさせたくない、のは何故?

 その言葉の裏には、「自分も大人になりたくない」という気持ちが隠れているのではないか……? と、僕はなんとなくだけれどそう思った。真実は彼女にしかわからない。だから、それを聞いて解決するしかない。


 ……深読みしすぎだろうか。


 僕1人の力では、佐久を助けることが出来ないかもしれない。

 だから、彼女の近くにいる人物に助けを求めることにした。


『相談したいことがあるから、学校に着いたら中庭のベンチまで来てほしいんだ』


 皆起きているであろう時間になったらとある人物にメッセージを送った。



 僕が登校すると、もうその場所にメッセージを送った人物が来ていた。

 その人たちは僕に気がつくと手を振った。


「あっ、おはよ! どうしたのー?」

「玉置くん、おはよう」

「頑張って早く来てやったぞ」


 古屋、藤島、そして学。

 学はいつも遅刻ギリギリに来るから、いるかどうかは不安だったので姿を見つけてホッと息を吐く。


「あの、さ…………」


 信じてもらえるだろうか。

 協力、してくれるだろうか。

 手汗、若干震える声。緊張していることを体が示してくる。


「手伝ってほしいことがあるんだ」


 僕がそう言うと、3人は顔を見合わせてから、僕の顔をじっと見つめた。昨日「タイムリープはあると思うか」という質問をしたときと同じような表情を彼らはしていた。


「一緒に、佐久のことを助けてほしいんだ」

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