第二十話 やり直し
佐久と図書館で会った土曜日、家に篭って1人で勉強した日曜日を経て月曜日となった。その間タイムリープが起こることはなく、無事テストの日を迎えることになった。
……無事、と付けるべきかはわからないけれど。
「やっべぇ〜俺多分赤点取るわぁ〜。夏休みの思い出補習になりそうで笑えねえー」
もう何度も何度も、飽きるほど聞いたお馴染みの彼の台詞。
今までテスト返しの日に巻き戻っていたからすっかり忘れていたが、彼はテストがまだ始まってもいないのにこう言っては周りの席の者の笑いを誘っていた。笑いと言うよりかは苦笑に近い。
テストは1日3教科とか2教科ずつ行うので、4日間くらいかかる。例の彼は朝のホームルームが終わってからその日最初のテストが始まるまでの間にこの台詞を言うため、タイムリープしなくても1回のテスト期間につき4回、そして返却を含めると10回近く言うことになる。
それは飽きるだろうな……。
なんだか同じ台詞だけを言う、いわゆるゲームとかのモブキャラみたいなやつなのではないかと錯覚しそうだ。実は話しかけてもその台詞しか言わない、とか。
なんてね、と僕は頭を振って意識を彼から逸らした。
多分、この日を迎えられて良かったと思っているのはクラスの中で僕だけなのではないだろうか。
強いて言うならば、あとは学とか。
今自分の頭の中に出てきた人物の方に視線を送る。彼はすごい勢いで赤い下敷きとノートとを交互に動かしていた。きっと覚えるべき単語をオレンジやピンクの色のペンで書き、赤いシートで見えなくさせて暗記テストをしているようだ。
……それにしたって、動きが速い。シャッシャッシャッと紙とシートが擦れる音がこちらまで聞こえてきそうだ。あれでちゃんと答えを確認出来ているのだろうか?
答えなど確認しなくても合っているから大丈夫だ、という自信の表れなのかもしれない。
僕は一度視線を落として試験範囲の漢字がびっしりと書かれたノートを眺め、それから佐久の方を見た。
一昨日、一緒にではないけれど隣に座って勉強した彼女。
特に焦った様子はなく、普段と変わらない様子で自分で纏めたであろうノートを読んでいた。時折、「ゔゔー……」と獣のように頭を抱えて唸る古屋を藤島と一緒に宥めている。
「よーし、テスト始めるから筆記用具だけ出してあとは全部鞄にしまってなー」
紙の束を抱えた教師が入ってきて、僕は視線を戻し指示に従って机の上を片付けた。
全員が荷物をしまったことを確認してから、テストの問題用紙と解答用紙がセットで配られる。
そして自分の腕時計と教室の壁にかけてある時計とをチラチラと見比べながら、開始時間になると、「テスト開始!」と告げたのだった。
「じゃあ今日はこれで終わりな。まだまだあるから、明日以降も頑張ろう!」
今日の分のテスト、そして帰りのホームルームを終えると佐久が近寄ってきた。
「玉置くん、どうだった?」
「え、……うーん。結構、良いかも……?」
話しかけられたことに驚いて言葉を詰まらせつつも、不自然にならないよう努めて答える。図書館で隣に座ってきたり、教室で話しかけてきたり。呼び方が「玉置くん」と少しよそよそしかったとしても、距離は案外近かったのかもしれない。
「一昨日小説読んでたから、それの効果が出たのかな」
彼女はくすくすと楽しそうに、手元を軽く手で覆って笑った。
今日の試験科目は、1時間目は現代文で2時間目が古文だった。3時間目には歴史。見事に文系科目である。
「あぁ、『筆者の気持ちを考えて述べよ』とか? やっぱりああいう問題って読書よくする人はすぐわかるものなのかなあ」
「うーん、それはちょっとあるかも。私もよく読書するけど、そういう問題はわかるようになってきたかな」
あ、そうだ。
佐久は明るい声を上げた。アニメや漫画などで、キャラクターが何かを思いついたときに頭の上に電球が浮かぶシーンがあるが、それがピカリと点いたような声。
「玉置くんが読んでた小説、なんていう題名だったっけ? テスト終わった後に読みたくて……。忘れない内に聞こうと思ってたんだ」
「ああ、あれ」
あれ、は。
あれはタイムリープを主題とした物語。佐久には見せてはいけないような気がして、あらすじも題名も教えていないどころか、見えないように手で隠していたのだった。
その題名を伝えたら彼女は読むのだろうか。そうしたら、タイムリープはまた起こるのか……?
教えたらタイムリープしないって約束してくれますか? なんてふざけたことが言えるわけもなく。
「…………なんだったっけな。『何とかが何とかする』っていうタイトルだったよ」
精一杯の抵抗を込めて、濁して何もタイトルを推測できないように伝える。元の形の輪郭すらわからない。
一昨日読んだもののタイトルがわからないなんて、流石に怪しまれるか? と思ったが、佐久は気にする様子もなく再びくすくすと笑った。
「えー、なんだろう……。じゃあ、思い出したら言ってね?」
「あはは、わかったよ」
彼女は僕の返事を聞いて満足げに微笑む。
すると、
「桃花ちゃーん!」
と呼ぶ声が聞こえ、彼女は「今行くね」と応えてからこちらに向き直った。
「じゃあ、また明日ね。明日は全部理系科目だけど、頑張ろうね」
「うん。重たいものを一気に詰め込んで生徒のテンションを思いっ切り下げさせようとする学校の気が知れないけど」
あははっ!
今度は空気が漏れたようなくすくすという笑い方ではなく、とても楽しそうに声を出して佐久は笑った。
僕に手を振ってから、先程彼女を呼んだ藤島たちと何か話しながら帰り支度を手早く行い、3人で教室を出ていった。
……明日も頑張ろう。
彼女の後ろ姿を見つめ、僕は心の中で頷いたのだった。
——しかし。
その「明日」は、来なかった。
教師がノートを確認して、「やり直し」と赤ペンでチェックマークをサラリとつけるかのように。
単純なミスがあるからと問題を解き直させてくるかのように。
それらしき予兆も、佐久が飛び降りたという報せも何もなく、世界は7月2日へと巻き戻っていた。
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