第十九話 図書館にて
今日は土曜日。明後日からテストが始まってしまうということで勉強しようとしたのだが、どうにも
集中出来ないので、図書館まで勉強しに行くことにした。もしかしたら、学辺りがいるかもしれない。学じゃなくても、きっと誰かしらクラスメイトの1人や2人くらいはいそうだ。
もうすぐでお昼時だからか、途中で通りがかる飲食店やコンビニの駐車場には車が多く停まっていた。
そう言えば、出てくる前に軽く何か食べておけば良かった。静かな図書館内でお腹が鳴ってしまったらきっと目立つ。……と軽く後悔してコンビニに寄ろうかと思ったが、よくよく考えたら別にお腹は空いていない。
まあ良いか、と僕は止めていた歩みを再開させた。
図書館の中に入ると、ガンガンに効いたエアコンの冷たい風が体を冷やした。扉が閉まり蝉たちの声が少し遠くなる。うろうろと室内を歩いてみたけれど、知り合いはいなかった。まだ13時にもなっていなかったので、きっと今頃昼食の時間なのだろう。14時を過ぎたくらいから人が増え始めるだろうか。
窓際に置かれた机に荷物を置き、椅子を引いて腰かけ、教科書とノートを広げて問題を解き始めた。
の、だが。
15分経っても、僕は集中出来ずにぼーっと窓の外を見ていた。
恐らく、同じプリントや教科書の問題を何度も解いたから飽きてしまったのだろう。学のように塾で貰った参考書だとか、プリントだとかがあれば困らないのだろうけれど。僕にはそんなものはないので、何か参考書のようなものはないか探すことにした。
あ、あれ。
参考書の棚に行くつもりが、気がついたら小説がずらりと並んだ棚の前に立っていた。
そこには、『中高生におススメ! タイムリープして幼馴染を助けに行く少年の物語!』というポップで飾られた一冊が、表紙を見せるように置かれていた。
タイムリープして幼馴染を助けに行く。時間を巻き戻すのは僕ではないけれど、なんだか「あなたのために選びましたよ」と言われているような気がして、僕はその本を手に取り席に戻った。
僕は本を開く前に背表紙のあらすじを眺めた。
……高校2年生の「僕」はある日幼馴染の少女が亡くなったという報せを聞く。自殺だったようだが不審な点が多数見つかり、「僕」は彼女が誰かに殺されたのではないかと推測した。彼女が亡くなってしまったという事実を取り消したい。過去に戻りたい。そう強く願うと、いつの間にかタイムリープしていて……。と、いう話のようだ。
僕は勉強そっちのけで読み進めた。
繊細な感情描写。目の前にその景色が広がりそうなほど細かい情景の叙述。僕はぐいっと物語の世界に引き込まれた。
主人公の「僕」はハスキーな低音ボイスで、幼馴染の少女は今にも消えそうなくらいの儚げな声で、少し高め。勝手に彼らの声を想像して、文中の台詞にその声を当てながら読む。すると、より登場人物の感情がひしひしと伝わってくるようだった。
「…………きくん。……玉置くん」
「……?」
不意に耳元で、文章にはない台詞が発せられる。小説に夢中になって、勝手に登場人物の声で物語にはない言葉を再生させてしまったかと思ったが、その声には聞き覚えがあった。
「玉置くん、小説好きなんだね」
顔を上げると、そこには小声で話し微笑む佐久桃花の姿があった。
休日だから私服姿で、シンプルな半袖Tシャツにデニムを履いている。服の色と同化してしまいそうなくらい腕の色が白く、若干心配になってしまう。彼女からしたら余計なお世話でしかないだろうけれど。
「さ、……と……?」
「砂糖……?」
まずい、「今回」はなんて呼べば良いのだろう。昨日に巻き戻ってから、僕は一度も彼女と会話をしていなかった。
桃花? いや、先程彼女は僕のことを「玉置くん」と呼んだ。だから名前呼びをするくらいの距離ではないかもしれない。では佐久か……?
口を開いては閉じるというなんだか阿呆っぽい行動をする僕を尻目に、彼女は僕の席に座った。
「さく、も勉強しに来たの?」
周りにはほとんど人がいないと言っても、一応は図書館内なので声を抑えて話しかける。
苗字で呼んでも特に怪訝な顔などはされなかったので、これで合っているようだ。
「うん。家だと集中出来なくて。玉置くんも?」
「あ、うん……。僕も、そんな感じ」
「そうだよねぇ。でも図書館は図書館で、全然関係ない本読みたくなっちゃわない?」
佐久はそう言って苦笑した。
僕も同じように笑って、今まで読んでいた本の表紙を見せる。裏側のあらすじを見せて、彼女の目に「タイムリープ」という文字が入らないように。
「僕も珍しく小説が読みたくなっちゃって」
「その本、初めて見たかも……! どんなお話?」
目を輝かせて聞いてくる。佐久って本好きだったっけ、と記憶を辿ったが思い出せなかった。
どんな内容?
主人公がタイムリープして幼馴染を助ける話です!
……とは、言わない方が良いような気がした。
まだこの小説を前半くらいまでしか読めていないが、主人公がタイムリープ出来るということがわかると周りは大騒ぎになっていた。それで色々と不都合が起き、「幼馴染」は1番最初に死んだ日よりも前に……。という場面があった。その後「僕」はまたタイムリープの力を使って、どうにか周りに悟られないように行動していたが。
この世界では、タイムリープするのは彼女の方だ。だが、僕が彼女のその力を知っていると当人にバレると、「最悪の事態」が起こってしまうかもしれない。
彼女がもし、飛び降りてもタイムリープしなかったら?
そうしたら、その後は彼女がいない世界が続くことになってしまう。
兎にも角にも、僕は自然に振る舞わなければならない。彼女に怪しまれないように。
口をついて出てきたのは、
「……高校生が青春する話」
という大雑把で下手くそな説明だった。怪しいにもほどがある。
しかし、佐久は「何それ」と、くすくすと面白そうに笑った。吐息混じりの笑い声が耳をくすぐり、なんだか落ち着かない。
じゃあそろそろ勉強するね、と机と向き合いペンを走らせる彼女とは対照的に、僕は読書にも集中出来なくなってしまった。
ページを適当に捲って重要な場面を読み飛ばすという、読書の醍醐味が失われるような行為をしてしまった。
今はやめておいて、またゆっくり出来そうなときにでも借りよう。
そのいつ来るかわからない「また」に思いを馳せ、僕は本を閉じて元の棚に返却したのだった。
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