第十二話 まじない
テスト前になると、もうテスト範囲を教え終わっている科目の授業では、自習の時間が設けられる。1人で黙々とペンを走らせる人、席を移動して仲の良いグループで固まって勉強する人、単語の問題を出し合う人、様々だ。
今の僕は恐らく人とクイズ形式で勉強出来るレベルではないので、1人黙々とプリントを解き直そうとする、のだが。
何故だか学がわざわざ椅子を持ってきて近くに座り、悠然と脚を組んで塾の教材らしい参考書を読み始めた。
そんな余裕こいておいて、テスト後はいつも「また佐久に勝てなかった……」とか落ち込む癖に。
彼は1ページめくるごとにチラチラと視線をこちらに向けている。非常に気になる。
やっぱりどこかのタイミングでデコピンかつねりを1発お見舞いしておいた方が良いだろうか。
またまた声に出ていたのか、それとも今僕が学に向けた視線から殺気を感じ取ったのか、彼はわたわたと額や頬、腕を隠す仕草をした。手から離れた参考書が床に落ち、分厚いから中々重みがあるらしくドタッと人が倒れるのと似た音がした。
僕につねられそうになったときの学の動きは変わっていなくて、なんだかホッとする。側から見たら間抜けな行動だけれど。
参考書を拾い上げた彼は脚を組むのをやめ、普通に座って静かに読むようになった。
残念だったな、学。
僕には君の手助けは必要ないようだ。
学が静かになってから何問か解いてみたのだが、ヒントを得るために教科書を見ることもなく、自力ですらすらと解けてしまった。
どこかの通信教材の広告の漫画で見たような、「この問題……見たことある! 解ける!」ということを体験していたのだ。
その後別の授業も自習となった。
学は依然として僕の目の前に居座り続けている。
「…………ねえ、学」
「なんだよ」
僕は桃花の方を一度見た後、彼に声をかけた。
皆喋りながら勉強しているので、教室は少し賑やかになっている。だから僕が普通の声量で話しても、席が離れている桃花に聞こえることはないだろう。
それでも、念のため小声で話を続ける。学も僕につられてひそひそと答えた。
「最近、何か変なことなかった?」
「変なこと?」
「いや、なんていうか…………」
同じ夢を何度も見る、とか。
時間が巻き戻っている、とか……。
なんて言えるはずもなく、僕は言葉に詰まりながら彼の返答を待った。
「いや…………強いて言うならちょっと体重が増えたくらい」
…………。
ん?
「見た目はわからないけど……」
「そうか……」
心なしか肩が落ちている。気にしていたのだろうか。
「いや、そりゃね? 自覚はあるわけだよ。家帰ったら夜ご飯食べて、その後デザートでアイス食べて。部屋に戻って勉強するぞってときに頭使うから糖分が欲しくなるわけ。それでチョコとか…………」
詳細を聞いてもいないのに勝手に喋り続ける学。
ごめん、別に聞いていないんだ……。
彼に適当な相槌を返しつつ、僕は藤島や古屋にも同じ質問をするか悩んでいた。
その2人は桃花の机に固まっていた。教え合っているのか、時折プリントを指差して何かを尋ねたり、単語帳をめくって何かを話しているのが見える。彼女たちが頭を抱えているのはきっとテストについてであって、僕と同じ悩みではないのだろう。
聞くにしても大体いつも桃花といるし、「ちょっとごめん!」と言って2人だけを借りて離れるのも不自然すぎる。
どうしたものか。
でも、学に何も変化がないのであればあの2人もそうなのだろうか。
いや、学と彼女たちでは桃花と過ごした時間の長さが変わってくる。その差が出るかもしれないし……。
あ、頭が痛くなってきた……。
なんだかここ最近、色々なことを考えすぎてか頭が痛い。知恵熱に近いものだろうか。全く頭を使わずに生きてきた訳ではないのに。思春期の一般学生程度には普段から頭を悩ませているはずなのだが。
「頭痛いのか? 痛くなくなるおまじない教えてやろうか?」
「保健室の方が確実でしょうが……」
なんでおまじないで頭痛を治そうとしたんだ。
普段は、まあ素直に褒めたくはないが頭が良いのになんだか阿呆っぽいんだよなあ。
「ちなみにどんなやつ?」
「え、掌に『人』って書いて……」
「それ緊張がなくなるやつじゃなかった?」
笑うつもりなどなかったのに、ははっと声が漏れてしまう。ウケ狙いとかではなくて、素でこれなのだから面白い。
「おまじないって不思議なやつ多いよね」
「あー、まあ呪術ってことだからじゃないか? 人智を超えた力だから人間には理解し難いんだよ、きっと」
「そういうことなの?」
「さあな。でもおまじないって『呪い』って漢字で書くじゃん」
呪い。
その文字を頭の中に浮かべたときに、桃花の声が蘇る。
——ひどい呪いだね。
何が呪いなのか。それはきっと、タイムリープのことなのだろう。
でも、彼女自身が起こしていることなのに?
ひどい、っていうのはどういう意味なのだろう……。
考えれば考えるほど、わからないことが増えていく。また頭が痛くなりそうだ。
僕はなんとなく掌に「人」と書き飲み込む仕草をした。
それを見た学が、「さっき緊張のおまじないだって言ってなかったか?」と首をひねったのだった。
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