呪い、祝い
第十一話 ヤバい
「ん…………」
いつの間に寝てしまったのだろうか。僕はリビングの床に倒れるようにして眠ってしまっていて、カーテンの隙間から射し込む光で目が覚めた。
硬いフローリングで寝ていたから、体の至るところがギシギシと音を立てている。
昨日はどうやって1日を過ごしていたんだっけ……。
確か、朝に担任から電話がかかってきたのだ。
——実は……。昨日の夜に、佐久が学校に忍び込んだらしくてな。今日の朝最初に来た職員さんが……。
担任は言葉を選びながら、途切れ途切れになりながらも伝えてくれた。
——血まみれで倒れている佐久を見つけて……。それで、屋上から飛び降りたんだろうって、屋上まで行ったら……。あいつの靴が…………。だから自殺だろうって……。
職員さんが発見したときには、もう既に彼女の心臓は止まっていた、とのことだった。
その報せを聞き終わって電話が切れた後も、僕はスマートフォンを握りしめたままの格好で固まっていた。
………………なんで?
なんで。ど、どうしてだ?
なぜ。何故……なんで、なんでなんでなんで!
どうして?
カラオケであんなに楽しそうにしていたのに。
帰り際「またね」って笑い合ったのに。
『わたし、お、大人に、なっちゃった、から』
『だから、わたし、もうだめ、なんだ』
『わかんない、私、巡くんのところに来て、どうしたかったんだろう。ごめんね、困らせたよね、ごめん』
あのときの彼女の取り乱しよう。
別れてから僕の家を訪ねてくるまでの間に、何かあったのか……?
それで、自殺してしまう前に僕のところへ来たのか……?
一体、何がそこまで彼女を追い詰めた……?
それからしばらく僕はその場から動けなくて。
気がついたら、今朝になっていた。
お通夜とかは? どうなった……?
僕は起き上がって自分の体を確認するが、身に纏っていたのは昨日と同じ部屋着だった。ということは、僕は家から出ていない……?
「今、何時だ……」
先に時間を確認しようと、僕は床に転がっているスマートフォンに手を伸ばした。夏休みだからと言ってだらけ過ぎると、段々生活リズムが狂っていき夏休み明けに早く起きられなくなってしまう。
画面を確認した僕は、目を疑った。
「………………は……?」
頭の中に浮かんだクエスチョンマークが、そのまま声になって出てくる。
どうして。
いや、でも、桃花が飛び降りたということを聞いた時点で、今までと同じく「こうなる」かもしれないとは、なんとなく思っていた。
だけど、今までとは少し違う。
何故だ。何が、違ったんだ?
桃花が、「あの日」でも夜まで生きていたこと?
7月13日。
本当なら、今日は7月29日になるはずだった。桃花が死んでしまったのは27日の夜で、発見されたのが28日。それからいつの間にか時間が過ぎて朝になって。
だけど、時が戻っている。
やはり、桃花が飛び降りることによってタイムリープが発生していると考えて間違いないようだ。
しかし今までとは明らかに違う点がある。
今までは7月26日から27日の2日間を行き来していた。夏休みに入ることは出来なかった。
それが、今回は片足を突っ込んだくらいの短い時間は過ごせていた。
いつに巻き戻るか、というのは変更できるということか……?
「…………あっ!」
まずい。
曜日を確認したが今日は平日だ。とりあえず学校に行かなくては。
僕は急いで準備をし、家を出た。
周りには同じ制服の生徒。
彼らに溶け込みながら、僕も歩いていく。
——いや、怖いな…………。
この状況に適応し始めている自分が。
普通だったら、何度も時間が巻き戻るという非日常を繰り返していたら気が狂ってしまってもおかしくはない、はずだ。
しかもタイムリープのトリガーは幼馴染の自殺。
訃報を何度も聞いているのにも関わらず、僕はそこまでパニックに陥ったことはなかった。
報せを聞いた後の記憶がなく、気がついたら時間が巻き戻っていたからか?
そして、僕には怖しいことがもう1つあった。
周りの人間は誰もこのことを知らないであろう、ということ。
ゲームやアニメの背景になってしまったかのように、彼らは同じ日常を繰り返している。台詞や行動に多少の違いはあるものの。
まさかタイムリープを繰り返しているなんて思ってもいないだろう。
学、藤島、古屋を始めとしたクラスメイトや担任。深く関わっている人はたくさんいるはずなのに、自分だけが浮いているような感覚。
これは、孤独なのか。
…………そうだ、彼らは?
先日、といってももうその事実は消えてしまいなかったことに、というかまだ起こっていないことになってしまった、カラオケに行ったこと。
学たちに何か変化はないのか?
今までとは違い放課後まで過ごすことができた。だから、一緒に行った彼らには、もしかしたら……。
そう淡い期待を抱いて教室へ向かったが。
「お、おはよ。…………どうした?」
珍しく早く来ていた学が、椅子に座らずぼーっと立っている僕の顔を覗き込んできた。
「学、早いね。今日……何かあったっけ」
「え、俺テスト前は大体早く来てるじゃん。昨日もそうだったけど」
「そう…………そうか……」
僕にとっての「昨日」は、桃花が死んだという訃報を聞いた日。
「何か変じゃないか……? お前……」
違う。
変なのは僕じゃない。何度も巻き戻って先に進めないこの世界だ。
それを創り出している桃花を盗み見る。ここ最近チラ見ばかりしているせいで周りに気づかれずに見る能力が向上してしまった気がする。全く喜ばしくない。
彼女は藤島と単語帳を手に持って問題を出し合っていた。古屋はまだ来ていないのか一緒にはいない。
そうだ、テスト……。
声になって出てきてしまったらしく、僕の目の前にいる学が首を傾げた。
「明明後日からじゃん、テスト。もう今日と土日しか勉強出来ないなぁ」
「ヤバいな……」
それどころではなさすぎて、ヤバい。
僕はもうすっかりテストが終わった気でいたから、ぽろぽろと頭から零れ落ちてしまっている。「今回」の世界線の僕は昨日までちゃんと勉強していたのかもしれないけれど、今この体にいるのは「テストが終わった」世界線の僕だ。勉強した記憶などはない。
「お前が『ヤバい』って使うの珍しいな。そんなにヤバいか」
「ヤバい、ヤバすぎるよ……」
何もかもヤバい。
呑気に笑う学を睨みつける。
「わからないところ教えてやろうか? 後でめっちゃ奢ってもらうけど」
「…………遠慮しとく」
一瞬迷ってしまった。
……いや、教えてもらう方がいいのか?
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