第14話 二人の違い
こんなに偶然が重なるとは考えにくい。
だから──恐らく偶然じゃない。
だとすると考えられるのは一つだ。
俺とアルトの共通点、そこに潜む思惑。
それを証明するには、必ず決勝に進まなければならない。
そして、もし俺が間違っていれば、決勝に進んだことは無駄になってしまうだろう。
幸い、二回戦以降の組み合わせを確認したところ、デルモンよりも強そうな奴はいなかった。
もちろん油断するつもりはないが、それでも練習前に集中するための時間は少なくて済むだろう。
考えがまとまると、俺は目的の人物に会いにいった。
観客席の中を探していると⋯⋯いた。
「医院長!」
「おお、フェス君。ありがとうな、君のお陰で稼がせて貰ったよ、いやぁ、凄い試合だったね!」
「ありがとうございます」
「ああ、あと⋯⋯アルト君は残念だったね⋯⋯」
「はい⋯⋯」
「まぁ今日、私の代理を務めているのは、外傷などの外科手術のエキスパートだからね。私なんかより安心だよ」
アルトは試合後に運び出され、そのまま病院に向かった。
骨折は肘あたりらしく、やっかいな状態みたいだが⋯⋯無事回復する事を祈るしかない。
「そう仰っていただけると安心です。それで実は、医院長にお願いがありまして⋯⋯」
「お願い、なんだね?」
「はい、もし俺が決勝に進んだら⋯⋯」
──────────────
その後、俺は全ての試合を上段一発で決め、西の代表になった。
そして、東の代表はジェダ。
アルトの腕を折った、因縁の相手との決勝戦だ。
だが、代表戦まではまだ時間がある。
俺はもう一人、目的の人物を探すと⋯⋯その人物は貴賓席で見つかった。
「神官長様」
「ああ、君は西の代表に選ばれた⋯⋯たしか、フェス君?」
神官長は何となく、俺のことを歓迎していないように見えた。
「はい。お祈り頂いたおかげで、なんとか決勝まで来ることができました」
「いやいや、君自身の実力だろう。でも、良い心がけだ」
俺の事を褒めながらも、やや面倒そうにしているように見える。
言葉に気持ちが籠ってないというか。
だが、俺はそれに気が付かないフリをして、用件を伝える。
「はい。つきましては⋯⋯もう一度、お祈りをしていただく事は可能でしょうか? 通常は一回戦開始前だけだと存じてはいるのですが⋯⋯俺はこの戦いを、神にしっかりと捧げたいのです」
もし、俺の予想が外れているのなら──この申し出は断られるハズだ。
そうすると、医院長にお願いしたことも無駄になる。
断ってほしい。
俺が思っているような事なんて、間違っていてほしい。
そう俺が心で念じていると⋯⋯。
神官長はそれまでの態度を一変させ、笑顔を浮かべた。
「うん、素晴らしい考えだね! 君のような信心深い若者がいるなんて感心だ! 普段なら特定の選手に肩入れは控えるべきだが、君には特別に祈るとしよう」
「ありがとうございます、では控室でお待ちしております」
「うむ、準備ができたらすぐに伺うよ」
用件を済ませ、控室に戻る。
しばらくして、神官長が訪ねてきた。
「すまないね、あくまでも私的な⋯⋯言うなれば好意で祈らせて貰う関係で、他の神官は連れてきていないがいいかね? 簡易的な儀式になるが」
「はい、もちろんです」
「うん、では始めよう。まずはこれを」
神官長は持ってきた聖水をグラスに注ぎ、俺に手渡してきた。
それで、確信できた。
普段の稽古から、相手を観察する事を心がけている。
神官長は平静を装っているが、焦りや緊張が細かい所作から滲み出ている。
俺は──グラスと、神官長が持ってきた聖水の入った瓶を奪い取り、物陰に隠れてもらっている人物を呼んだ。
「医院長! これを鑑定してください!」
俺の言葉と共に、医院長ともう一人、大会運営の責任者であるイヴァン卿が出てくる。
イヴァン卿は医院長の友人らしい。
医院長の要請に応えて来てくれたのだ。
俺の言葉を理解したのか、神官長はハッとした表情を浮かべた。
「や、やめろッ!」
奪い返そうとしてくるが、足を引っ掛けて転ばせ、背中に足を乗せた。
ここまでしたんだ、もし何もなければ確実に失格だろう。
だが、アルトの名誉を守るためなら、それも仕方ない。
それは俺にとっては、約束より上位にある。
友人が、悪意によって不名誉を負わされたなら、それは晴らす⋯⋯ココは絶対に譲れない!
医院長はグラスと瓶、それぞれを魔法で鑑定し、眉を潜めた。
「⋯⋯激しく腹痛を伴う下剤が混入されている。ある国で淑女が無理やりコルセットを付ける為に開発された物だが、我が国では危険性から所持すら禁止されている代物だ」
「わ⋯⋯私は知らん! きっと他の神官が⋯⋯」
神官長の言い訳を、イヴァン卿が押し止めるように言った。
「聖水は神殿の井戸で汲み、不正がないように神官長が厳重に管理する⋯⋯もし他の神官が入れたとしても、あなたの管理不行き届きは免れません。何より貴方の息子さんの対戦相手にだけ薬が入っていた、という状況を陛下はどう見ますかな? アルト氏に薬が盛られたかどうかは、彼の血液を採取すれば鑑定可能との事ですよ? どちらにせよ、貴方が認めなければ神殿全体を捜査すべき一大事件となり、下手をすれば巷の『神殿不要論者』を活発化させるやも知れませんな」
おおー。
医院長にお願いして良かった!
二人のおかげで、言い逃れは難しそうだ。
俺一人だと、絶対言いくるめられていそうだ。
まぁそもそも、薬の鑑定なんてできないけども。
「⋯⋯私が、入れた──グッ!」
神官長が観念したように言った瞬間、俺は思わず足に力を込めていた。
「フェス君、止めときなさい⋯⋯君の進退をかけるほどの相手じゃないよ」
「⋯⋯はい」
医院長に諭され、俺は足を上げた。
そのまま神官長を見下ろしながら、俺は言った。
「ジェダに今すぐ謝れ。ならこの不正を明らかにするのは、決勝戦の後にする」
「そ、そんな⋯⋯息子には、この事は秘密に⋯⋯!」
「ダメだ。そもそもこんな不正、このままにしておけるはずがない」
俺が視線を送ると、イヴァン卿も頷く。
「当然この事は王に報告する。今すぐ報告すれば、関与の有無に関わらずジェダ君は失格だ」
イヴァン卿の言葉に、神官長はうなだれた。
「⋯⋯わかりました、息子には私から説明します」
その情けない様子を見て、俺はジェダに同情した。
俺の父との、明らかな違いに。
神官長がやったのは、息子への不信であり、裏切りだ。
息子には優勝する力はないと考え、こんな事をした。
俺の父は「お前ならできる」と言ってくれた。
それは本当にできるできないではなく、俺を信じてくれたのだ。
──仮に優勝できず、挫折を感じたとしても、俺がそこから立ち直り、抜け出せるだろうという事を。
『お前ならできる、俺の息子なんだから』
根拠も、理屈にもならないその言葉が、俺に力をくれた。
自分ができるだけのサポートとして練習には付き合いつつ、それでも結果を俺に委ねる事ができる。
親としての責任を果たしつつ、決して過保護にはならない。
一方神官長は、自分の息子が力も心も弱いと判断し、安易な方法で成功させようとした。
それがコイツと、俺の父との差だ。
世間的な肩書きはどうか知らないが、俺の父は親として、男として、コイツの遥か上にいる。
そんな父の息子である事が、誇らしく思える。
だから俺はジェダに同情しつつも、目の前の男への感情が押さえきれない。
「これだけは、言わせてください」
イヴァン卿や医院長に言いながら、俺は神官長の胸倉を掴みながら、叫んだ。
「神官長なんて大層な肩書き持ってる奴が──子供の愛し方間違えてんじゃねーよ!」
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