第12話 第一回戦

 アルトとの挨拶も済ませ、出場者の顔合わせも済んだ。

 俺の一回戦の相手は、去年アルトと『西』の決勝を争った人物だ。

 大会マニア達の間では、実際の決勝だった『東』対『西』よりも、この西の決勝こそが『事実上の決勝戦』と呼ばれるくらい、白熱した戦いだったと聞く。


 アルト相手に善戦した相手が一回戦か⋯⋯。

 気を抜ける相手じゃなさそうだ。


 今年も控え室で神官達に訪問され、祈りを受け、準備は整った。


 名前を呼ばれ、試合会場へと向かう。

 腹をさするが、大丈夫そうだ。

 今日は去年の反省を踏まえ、買い食いは控えたからな!


 舞台に上がる前に、全身に防具を装備した。

 試合で使う剣は刃引きしてあるが、別の言い方をすれば鉄の棒で殴り合う訳で。


 兜を始めとする防具は魔法金属で作られている、大会出場者にのみ装着が許された特注品だ。


 これに身を包む事自体が栄誉だとされている。


 少々殴り合った所で大丈夫な代物で、実際大会は怪我人こそ多いが、死者は出た事が無いのだ。


 去年は身に付ける事が叶わなかった装備に身を包まれると、気が引きしまる思いだ。


『ではこれより、西の第一回戦三試合目を始めます! 選手入場!』


『ウォオオオオオッ!』


 魔法によって拡声された大声とともに、会場から怒号のような声援だかヤジだが巻き上がる。

 声が巻き起こす振動を、我が身に感じる程だ。


 舞台に上がり、対戦相手と対峙する。

 ⋯⋯うっ、強そう。

 身体は俺の方がデカいが、防具の間から覗く筋肉は、かなり鍛え込まれているのが伝わる。

 何より瞳に宿る執念じみた眼光。


『では選手を紹介します! 大会出場回数四回! 昨年優勝者アルト氏と西の覇を競ったデルモン選手! その防御技術の高さから二つ名は「城門」! 間違いなく優勝候補の一角です!』


「うぉおおお! デルモンいけるぞ!」


「お前に全財産賭けてるんだ! 頼むぞ!」


「やっちまえ!」


 選手紹介とともに、応援と叱咤激励、欲望が飛び交った。


『対するフェス選手! 前回は大会史上初の一回戦棄権負け!』


 俺の紹介に、大会からザワザワとした声と失笑が漏れる⋯⋯。

 や、やめてくれよ⋯⋯。


『しかぁあーし! 巷では事実上の優勝者と呼ぶ声も! 何故なら彼はなんと⋯⋯あのヴァベルザイツに師事し、秘蔵っ子と呼ばれる男なのです!』


 続けて言われた選手紹介に、会場からとんでもない量の声が降ってきた。

 いや、秘蔵っ子とか呼ばれたことないわ、バカ弟子はあるけど⋯⋯。


「な、なにぃいいい!」


「噂には聞いてたけどマジだったのか!」


「やべぇよ! 俺デルモンに全ツッパしちまった!」


 いや、ちょっと⋯⋯。

 これはこれでイヤだな、変なプレッシャー掛けないで欲しい。

 師匠の名誉まで俺の肩に背負う事に⋯⋯。

 いや、そうじゃない。


 大会が終わるまでに変えてやればいいんだ。


 ヴァベルザイツの弟子だからじゃなく、フェスだから強いってな!


 気合いを入れ直し、剣を握る。


『それでは両者構え!』


 審判の声に、俺とデルモンは剣を構えた。

 前評判通り、デルモンの構えからは強者の雰囲気が漂っている。

 

 というか、そもそも俺、あまり他流との試合経験が無いんだよなぁ⋯⋯。

 ここ一年なんて、父さんと師匠としかやってないし⋯⋯大丈夫かな。


 俺が今更心配していると、まだ試合開始前だというのにデルモンは仕掛けてきた。

 構えながら、上段に隙を見せてきたのだ。


 ──罠だろう。


 防御技術に定評がある相手だ、打ち込めば、何かしらのカウンターが飛んでくるのだろうが⋯⋯。

 だけど経験が浅い俺には、相手の次手はわからない。


 いいさ、シンプルに行こう。

 隙が見えるなら、そこに打ち込む。

 相手が何かしてきても、俺もそれに対処すればいい。


 この一年頑張った俺になら、それができる。

 師匠の弟子で、父の息子である、俺なら──!


『試合開始ィイイィイイ!』


 審判の掛け声とともに、俺は踏み込み、上段から剣を振り下ろした。

 相手が恐らく誘いの為に見せた隙に、剣は吸い寄せられるように動く。


 さあどうくる──!


 ガンッ!

 

 えっ?


 思いも依らなかった手応えが伝わって来た。

 デルモンの瞳から直前まで湛えていた眼光が消失し、ふっと白目を剥いた。

 そのまま、彼は膝から崩れ落ちる。 


 ──シーン、と。


 先ほどまで怒号に包まれていた会場に、静寂が訪れた。

 しばらくそのまま静かな時が流れたが──。


『じょ⋯⋯上段一閃ッ! やはり噂は本物だった! 城門を一撃で粉砕ッ!』


 審判の声が沈黙を切り裂くと、それをきっかけに観客席から怒号と、賭けのハズレ券が舞う。


『近くで見ていた私でさえ、一瞬なにが起こったのか理解に苦しむほど鮮やかな一撃! フェス選手、二回戦進出です!』


 これで⋯⋯終わり? 

 剣を鞘にしまい、一礼する。


 会場スタッフがデルモンに駆け寄り、何か魔法を掛けている。

 気付けだろう。


 デルモンは頭を振りながら上体を起こし、周囲を見回し、肩を落とした。

 何か声を掛けようかとも思ったが⋯⋯やめた。


 踵を返し、退場するために歩いていると⋯⋯観客席の最前列に、家族の姿を見つけた。


「お兄ちゃん! 凄かったよ!」


 エリスからの声援。

 母はその横で拍手をしていた。


 父と目が合う。

 いつも通りの厳めしい顔だ。


 そんな父が──ぐっと拳を突き出し親指を立てた。


 それを見てようやく、自分が勝った事に実感が湧いてきた。


 俺も父に、拳と親指で同じように返事をした。

 


 

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