第11話 今年こそ

 いよいよ大会当日。


 去年は正直、アルトとの約束があったから参加した訳で、それほど前向きな気持ちではなかった。

 いや、むしろ後ろ向きな気持ちだったな。

 

 それが今年は『自分がどこまでできるか試したい』という心境だ。

 師匠から一本取れたのもそうだし、何より⋯⋯。


「お兄ちゃん、今年は頑張ってね!」


「ああ」


 エリスの激励に俺は頷き、その背後を見る。

 なんと今年は父と母も仕事を休み、家族総出で来てくれた。

 どうやら父は剣に関わらないようにしていただけで、今年は俺がかなり強引に誘うと「仕方ないな」などと言っていたが、かなり楽しみにしていたみたいだ。


 母の「怪我だけはしないでね」という言葉に頷くと、俺は父を見た。


 父は特に何も言わず、ただ頷いた。

 俺も頷き返す。


 ──もう、この大会は俺一人の物じゃない。

 ただの憧れから、色々な人の気持ちを背負って挑む、そんな心境だ。

 

 家族の前で俺が決意を新たにしていると、一人の男が近付いて来た。


「お、エリスちゃん」


「あ、先生! 今年は来れたんですね!」


「うん、何とか代診の手配ができてね! いやぁ、大会を見るのは三年ぶりだよ、楽しみだなぁ」


 男はエリスが勤める病院の院長だった。

 この国一番乗りの薬学者で、彼の鑑定魔法は薬の効果などをすぐに解析できるらしい。

 王とも親交があるほどの偉い人だが、俺やエリスのような庶民にも気さくに対応してくれる好人物だ。


「フェス君、頑張ってるみたいじゃないか。今年は君に賭けよう、稼がせてくれよ?」


「任せて下さい!」


 院長はうんうんと頷くと、ウチの家族と共に観客席に向かった。


 俺がそのまま受付に行くと、アルトがその前に待っていた。


「やあ、フェス!」


「おう」


 拳と拳を合わせ、挨拶を交わす。


「去年はフェスが先に来てたからね。今年は僕が待っていようと思ってさ。──僕は東だよ」


「じゃあ、俺は西だな」


 受付を済ませ、改めてアルトと対峙する。

 俺もこの一年は修行漬けの日々だったが、アルトもまたそうだったのだろう。


 何より前回優勝者として、昨年以上に強者の風格のようなものを纏っていた。


「今年こそ、決勝で会えるよね?」


 アルトの問いに、俺が頷く。


「ああ。期待しててくれ」


 そんな話をしていると⋯⋯。


「おーお、お互い以外は眼中に無しってか。ナメられたモンだぜ」


 割り込むように声を掛けて来た男がいた。

 

「えっと、誰?」


 俺の疑問に、男は苦虫を噛み潰したような表情をした。


「去年も挨拶しただろうがっ! ジェダだよ!」


「あーっ、はいはい! 去年準優勝だったんだって?」


 去年そういえば控え室に来たなぁ。

 『次は俺とお前が当たる』なんて言ってたから一回戦で負けそうとか思ってたが、実際に一回戦負けしたのは俺だったわ。


 ジェダは次にアルトを見た。


「去年は世話になったな。この一年、お前に負けたおかげで俺は強くなった。雪辱を晴らさせてもらう」


 ジェダの言葉に、アルトは静かに笑みを浮かべた。


「悪いけど、君に負けるとは思えないね」


 おー、言うねぇ。

 アルトの返事に、ジェダはギリッと歯を鳴らした。


「ふん、足元掬われないでくれよ? 去年の誰かさんみたいにな」


 ジェダはアルトを一睨みし、そのまま踵を返した。

 その背を見ながら、思わず独白してしまう。


「何だろ、俺達と仲良くしたいのかな? 実は」


「⋯⋯ぷっ。フェスらしい発想だね」


「そうか? 何かプライド高そうじゃん、アイツ」


「彼は神官長の息子だからね」


「そうなの?」


「うん。まあ色々、プレッシャーとかあるんじゃない? 剣で身を立てられなさそうなら神官になれ、とかさ」


 ふーん。お坊ちゃま育ちで、高慢になっちゃったのかね。


「まあいいや、俺達には関係ない」


「うん。僕達には関係ない」


 そのまま、アルトとしばらく視線を交わしていると、ほぼ同時に、どちらからともなく拳が突き出された。


「今年は⋯⋯」


「今年こそ⋯⋯」


 拳がぶつかるのと同じくして、お互いが宣言した。


「決勝で会おうぜ!」


「決勝で会おう!」


 拳は離れ、互いに背を向けた。


 ──今年の俺は、もう振り返らなかった。




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