第7話 父
家に帰ると、両親は仕事を終え帰宅していた。
「あらフェス、出てきたのね!」
「う、うん。ごめん母さん⋯⋯父さんも」
「ああ」
母は心配そうに、父はどうでも良さそうに返事をした。
「二人とも、ちょっと良いかな?」
「何? 母さん夜ご飯の準備があるんだけど」
「お願い、ちょっとだけ」
「⋯⋯母さん、座りなさい」
父からの思わぬ助け船が出て、母も父の隣に座った。
俺も二人の対面に座る。
母は少し心配そうに、父は露骨に面倒くさそうにしていた。
「あの、まずは1ヶ月引きこもっちゃってごめん!」
俺が頭を下げながら謝罪すると、まずは母から返答があった。
「心配したわよぉ、ショックなのはわかるけど⋯⋯」
「う、うん」
俺が母に答えると、次は父から質問が飛んできた。
「⋯⋯で、これからどうするんだ?」
うっ。
父は静かに呟いたが、威圧感が凄い。
長年の労働で鍛えられた体躯は、一流の剣士に引けを取らない。
二年くらい前に一度、腕相撲をしたときもあっさりと負けた。
来年の大会を目指してもう一年、剣の修行をしたいなんて言ったらぶっ飛ばされるかも⋯⋯。
「1ヶ月もあったんだ。お前も今後の身の振り方くらい考えたんだろ? 早く話せ」
俺が話し出せずにいると、父はさらに促してきた。
ぷ、プレッシャー!
⋯⋯だけど。
ハッキリ言わなければ。
「父さん、母さん、俺⋯⋯来年こそ優勝したいんだ、だからもう一年、剣を続けさせてくれ!」
俺が思い切って言うと⋯⋯。
母は俺と父の間で視線を往復させた。
父は黙っている。
その様子を見て、まずは母が口火を切った。
「母さんは、一年くらい良いけど⋯⋯」
「ほ、ホント!?」
「うん、アンタも今回は実際には出場してないも同然だし、悔いが残るわよねぇ」
「うん、うん!」
母の賛同を得て、俺はほっとした。
父は見た目こそ恐ろしいが、母が決めた事にあまり口出しするのを見たことがない。
だが⋯⋯今回は違った。
「母さん、フェスを甘やかすのはよしなさい」
父の一言に、思わず母と顔を見合わせる。
母に苦言を呈す父など初めて見たからだ。
「フェス」
「はい」
父はあくまでも、静かに俺を呼んだ。
だが、声に含まれる威圧感に、思わず丁寧に返事をしてしまう。
「一年で優勝する自信があるのか?」
「⋯⋯」
「どうなんだ?」
自信⋯⋯と言われると⋯⋯。
俺の脳裏に、先ほど見たアルトの構えが過る。
攻略の糸口さえ見えない、あの構えが。
「自信がある、とはハッキリ言えないけど⋯⋯」
「そうか。なら話は終わりだ」
「ま、待ってよ!」
「聞こえなかったか? 話は終わりだ」
そのまま、父は立ち上がった。
そんな父の様子に、母が思わず手を握って止める。
「お父さん、もう少しフェスの話を⋯⋯」
「⋯⋯母さんが何を言おうと、話はこれで終わりだ」
⋯⋯だめか。
自信がある、と言えば良かったのだろうか。
だが、嘘はつけない。
父に嘘はつきたくない。
俺がそのまま座っていると⋯⋯。
「フェス、立て。庭に行くぞ、付いて来い」
そのまま父は庭に向かってスタスタと歩き出す。
⋯⋯?
いきなりの父の言葉に、俺は訳が分からないままついて行く。
外に出ると父はそのまま、庭に置いてある物置をガサガサと物色し始めた。
「⋯⋯おっ、あったあった」
物置のかなり奥底から、父が布でグルグル巻きにされた棒状の何かを取り出す。
布はホコリまみれで、何年も触れられていない事が窺える。
そのまま父が包みを解くと、現れたのは剣だった。
父の表情に一瞬、何とも言えない寂寥感とも、懐かしさとも取れる物が浮かぶ。
そして父は剣を抜き放ち、言った。
「もう、話はいい。フェス⋯⋯俺に負ける程度なら、剣の道は諦めろ」
「⋯⋯えっ?」
父さんが剣を?
そもそも使えるのか?
その疑問は、父が構えた瞬間に解ける。
──ゾクッ。
背中に走る緊張感が、父の腕前を物語っている。
「と、父さん⋯⋯防具は?」
「いらん。お前のも刃は付いてないんだろ? 基本の寸止め首下ルールでいこう」
用語まで知っている。
首下ルールは事故を防ぐ為の頭や顔面への攻撃無しの試合。
剣術大会本番は、頭に兜を被り、全身防具を付けたルールだが、簡単な練習では寸止めかつ首下に限定し、できるだけ怪我をしないようにする事も多い。
父の放つ雰囲気に、俺も腰から剣を抜いた。
「ほら──行くぞ」
と宣言すると、父は踏み込みながら⋯⋯上段から振り下ろして来た!
「ッ! チョッ!」
ガキィイイイン!
凄まじい音を立てながら、間一髪上段からの剣を受け止める。
「首下ルールだろっ!」
「スマン、あまりに隙だらけで。寸止めはするつもりだった」
「当たり前だろっ! 死ぬよ、普通に!」
「ごちゃごちゃ言うな、久し振りなんだ。ほら、行くぞ」
父は次々と攻撃を繰り出して来た。
そのどれもが早く、重い。
何より、ただ力任せに剣を振り回している訳では無い。
剣の修練を積んだことがある人間の動きだ。
父の攻撃を受け止めつつ、こちらからも攻撃を繰り出す。
俺の攻撃を的確に捌く父。
やはり気のせいではない。
素人が身体能力を活かして剣を振っている、という訳ではなさそうだ。
その後、何十合か打ち合う。
徐々に⋯⋯徐々にだが、俺が押し始めた。
そして父はとうとう攻撃を捌ききれず、俺の剣が肩口で寸止めされた。
「はあ、はあ、はあ、はあ⋯⋯」
お互い息を切らせ、肩で呼吸する。
しばらくそのまま止まっていたが、やがて父は俺を真っ直ぐ見ながら言った。
「フェス、約束しろ」
「⋯⋯何を?」
「優勝するなんて大それた目標じゃなくでもいい。ただ、この一年死ぬ気でやれ」
「うん、わかった」
「よし、ならいい」
父は俺に背を向けると、剣を再び布で覆い倉庫にしまった。
「母さん、今日は俺の食事はいいから三人で食べてくれ。フェスも母さんを手伝え」
「はい、あなた」
「う、うん⋯⋯」
「じゃあ、ちょっと出掛けてくる」
そのまま父は家を出て行った。
俺は父の姿が見えなくなってすぐ、母に聞いた。
「父さん、剣使えたの?」
「ううん、母さんも初めて見たわ⋯⋯でも」
「でも?」
「やっぱりお父さん、格好いいわよねぇ」
「⋯⋯そうだね」
母の惚気を聞けただけで、俺の疑問が解消される事はなかった。
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