第8話 師匠

 結局父は出掛けたまま、深夜まで帰って来なかったようだ。

 なぜ父が剣を使えるのか、そこを詳しく聞きたかったのだが⋯⋯。


 俺が起きた時には、父は既に仕事に出掛けていた。

 母が言うには、今日も遅くなるとのことだ。


 俺は一ヶ月開いてしまった事を詫びるため、師匠の所に向かった。


 正直師匠の所に行くのはかなり怖いが⋯⋯仕方ない。





──────────────────



 師匠の家に到着すると、庭でお茶を飲みながらボーッとしていた。


 史上最強のチャンピオン、ヴァベルザイツ。

 引退したあとは、大会の賞金で悠々自適な生活を送っており、仕事もろくにしていない。


 俺の他に弟子はいない。

 留学前にはアルトも一緒に学んでいたが


「お前にはギルモアの剣の方が向いている」


 という師からのアドバイスをキッカケに、アルトは留学したのだ。


「師匠、すみませんでした!」


 俺が駆け寄り頭を下げると、師匠はニンマリと笑いながら言った。


「いえいえ、いいんですよぉー? 実質的なチャンピオンさん!」


 師匠は立ち上がると、俺の横に来て、肩をバンバン叩きながら嬉しそうにしている。


 くっ⋯⋯知られていたか⋯⋯。

 恐れていた事が⋯⋯。


「一回戦棄権負けにもかかわらず、実質的なチャンピオンとか⋯⋯面白すぎるだろ!」


 はっはっはっは、と笑う。

 師匠は俺をからかうのが好きだ。


 ハッキリ言って、性格が悪い。


 世間では三連覇を果たし、その後剣術大会から潔く身を引いた高潔な人物だと思われているが、とんでもない。


「師匠なら、もっと弟子を慰めるとか⋯⋯無いんですか?」


「無い! だってどうせお前に優勝は無理だと思ってたしな!」


「ワンチャンあるかも、って言ってたじゃないですか⋯⋯」


「そりゃお前、勝負に絶対なんか無いんだから、ワンチャンはいつだってあるだろ。お前の一回戦の相手だって、本来なら一勝だってできないはずだっただろ、いーひっひっひっ」


 そう言うと、師匠は腹を押さえながら体を揺らした。

 クソ⋯⋯だから来たくなかったんだよ⋯⋯。

 だけど父さんと約束したし。


「もういいでしょ、師匠。今日から俺⋯⋯死に物狂いで練習しなきゃいけないんです!」


 やや強めに俺が言うと⋯⋯師匠は笑いを止め、俺に真剣な表情を向けつつ肩に手を置いた。


「その事だがな、フェス」


「⋯⋯な、何ですか」


「俺は自信が無いんだよ、お前の師匠としてやっていく事がさ」


 表情を曇らせ、師は辛そうに声を絞り出した。


「⋯⋯なぜですか?」


 師匠は再び『ニマァ』と、口元に笑顔を浮かべた。


「だって、実質的な優勝者さんに俺なんかが教えるの無理じゃないかな、あーっはっはっは!」


 コイツ⋯⋯。

 師匠じゃなきゃぶっ飛ばしてやりてぇ⋯⋯。


「まあ、自信ないけどやりますかー」


「⋯⋯お願いします」


 師匠が立てかけてあった剣を取り、抜いた。


「さあ、お前がどの程度鈍ってるか見てやろう」


 そのまま、師匠が構える。

 それに合わせて俺も構えた。


 ⋯⋯とまあ、師匠はふざけた男なのだが未だに一流の剣士だ。

 まだ一本も取れた事が無い。


 アルトの見せた構えのような、隙がないという訳では無い。

 力みは感じず、余裕綽々の自然体。


 だが、俺は知っている⋯⋯いや、今まで何度も見せつけられている。

 打ち込めば、返される。


 さらに⋯⋯。


「ほい」


「あっ⋯⋯」


 俺が余計な事を考えている間に、頭上ギリギリに剣が振り下ろされていた。


「ごちゃごちゃ考え過ぎだぜ? 実質的チャンピオン」


 全身の微細な動きや呼吸から、相手の集中力や意識配分を読み取り、的確に繰り出される攻撃。


 師いわく──間隙かんげきの剣。


 集中し続けられる人間はいない。

 だから隙を消し続けられる人間もいない。

 ならば立ち合いの中で見えた隙、表出した隙をつけばいい。

 師は簡単に言うが⋯⋯。


「ほら、次だ」


「⋯⋯はい!」




 それから数時間立ち合いを続けたが──結局今日も一方的にやられた。

 

 




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