第6話 約束

 その後、どんなに俺が説明してもアルトは


「わかってる」


「君がそういう事にしたいなら、いいよ」


 という、微笑ましいものでも見るような視線を向けてきた。

 無理だ⋯⋯これ。


「とにかく、フェスにお願いしたい事があったんだ」


「⋯⋯何だよ」


 噛み合わない話に、疲れを感じ始めていた俺は適当に返事をした。

 アルトはそれまでの態度を一変し、真剣な表情になる。


「ここじゃ何だから⋯⋯付いて来て」


 アルトの、どこか有無を言わさない態度に、俺は彼に言われるがまま付き従った。

 道中特に会話もなく、目的地に辿り着く。


 そこはアルトの実家の屋敷に建てられた道場だった。

 アルトは壁に掛けられた木剣を二振りほど取り、一本を俺に渡して来た。


「フェス⋯⋯僕たちだけの決勝戦⋯⋯ここでやろう」


 俺が返事する間もなく、そのままアルトが剣を構えた。


 ──瞬間。


 アルトから放たれた覇気が、俺の身体を振るわせた。

 構えを見ただけでわかる。


 今のアルトと、俺の差。


 打ち込む隙が無い。

 どう打っても返される。


 自分が行動した結果、何が起きるかという未来が見える。

 機能美さえ感じさせるアルトのその構えに、俺が見とれていた事に気が付いたのは、彼から声を掛けられた時だった。


「フェス⋯⋯そうか、そういう事か⋯⋯」


 俺が逡巡していると、アルトは呟きながら木剣を下ろし構えを解いた。

 それによって、俺の身体に与えられていた不可視の呪縛も解ける。


「僕が構えても、そこまで自然体を保てるなんて⋯⋯留学先にもいなかったよ。ギルモア先生でさえ、ね」


 いや、圧倒されて動けなかっただけなんですが。


「いいよ⋯⋯君はこう言いたいんだね? 『俺たちの決着の舞台は、あくまでも決勝戦だ』って⋯⋯」


 全然違う!


 ⋯⋯が。


 だからと言って『そんなことねぇよ、今、決着つけようぜ』とも言い出せなかった。


 試合をすれば、俺はアルトに打ちのめされるだろう。

 それ自体はまだいい。



 ──アルトをガッカリさせてしまう、それが耐えられない。


「わかったよ、フェス。ごめんね⋯⋯焦りすぎたようだ」


 アルトは頭を下げると、俺から剣を受け取り木剣を壁に戻した。

 二人で道場から出て、彼は門の外まで俺を送った。


 その間、彼の構えを見て圧倒されていた俺は、一言も発する事ができなかった。



「じゃあフェス⋯⋯来年の決勝で会おう。それまでは会うのは控えよう」


 アルトは一方的に約束すると、門の中へ消えた。





────────



 家に戻る道すがら、今日のことを考えてみた。

 どうやら世間では、俺は『実質的な優勝者』みたいな扱いらしい。


 アルトもまた、俺が彼のライバルとして相応しい人間だと思っているようだ。


 ただ、勘違いの多くは優勝者であるアルトの発言や、俺の師匠が『ヴァベルザイツ』である、という事実から生じているようだ。





 ──そのままにしちゃえば、良いんじゃないか?


 アルトは来年も俺が出ると思っているようだが、剣はもうやめちゃって、家計を支えるために働くことになった、そう伝えれば⋯⋯。

 幸い俺が思っていたような、世間から白い目で見られる、という心配もどうやらないみたいだし。


 来年の大会に出て、変にアルトをがっかりさせるくらいなら⋯⋯いっそこのまま勘違いして貰っていた方が、彼の為にもいいんじゃないだろうか?


 うん、そうだ。

 そうしよう。


 両親⋯⋯特に父は、俺が剣をやっている事を気に入らないみたいだし。



 父はこの街の男にしては珍しく、剣術大会に一切興味を見せない。

 子供の頃に何度か観戦に誘ったが、「あんなモン見に行く暇はない」とにべもなく断られた。


 俺が剣を始めると伝えた時も、「そうか」としかいわなかった。


 今まで特に反対も賛成もされたことがない。

 八人兄弟の長男として、早逝した祖父に代わり全員を育て、独立させたという働き者の父からすれば、剣なんて道楽にしか見えないのだろう。

 なら、さっさとこんな道は諦めて、俺も働いた方が⋯⋯。


 パシンッ!


 ここまで考え、俺は両手で、自らの頬を挟み込むように叩いた。




 ──できるか!



 俺が今考えている事は全て言い訳だ。

 自分が折れた理由を、周りのせいにしているだけだ。


 剣を辞めるのは、まだいい。

 だけど、その理由を周りのせいにしてるようじゃだめだ。


 何よりアルトは、俺が幼少期に一方的に押し付けた約束を守り、ちゃんと決勝の舞台に立ち、優勝を果たしたのだ。


 なのに俺は約束を破り、勘違いを利用して自己保身なんてしたら⋯⋯。


 そう。

 父は剣については何も言わないが、ひとつだけ、俺にしつこく言っていることがある。


「約束ってのは守れないこともある。だけどなフェス、守ろうとしなければならない、それが一番大事なんだぞ。守ろうとしなかったら、それはもう約束じゃないんだ」


 そうだ。

 守れる守れないじゃない。



 ──守ろうとしなければならない、これまでサボった分も。


 だからまずは、両親の理解を得なければ。


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