第5話 お見通し

「なんだよ、もったい付けるなよ」


 さっきから俺の心を代弁してくれる彼に感謝しながら、次の言葉を待つ。

 最後の事実とやらを知っている男は、酒をぐびっとあおると、満を持したように言った。


「フェスってのは⋯⋯なんとあの、ヴァベルザイツの弟子なんだぜ?」


 どくん。

 師匠の名を出された事で、俺の心臓の鼓動が再び跳ね上がる。


「何だって! それを先に行ってくれよ! ならお前らの言ってる事は間違いねぇな、ヴァベルザイツの弟子ってんなら納得だ!」


「だろ? あの偉大なチャンピオンの弟子が、一回戦をビビって棄権するなんて真似するもんかい!」


「そりゃそうだ!」


 テーブルでは再び話が盛り上がる。


「ヴァベルザイツは本当に強かったなぁ、一回負けたくらいで引退するなんてもったいなかったよな」


「バッカ、それが格好良いんじゃねぇか! 美しい引き際ってやつだよ」


 彼らの話は、師匠の話へと移っていた。


 ──俺はこれ以上聞く気になれず、さっさと食事を済ませて外に出た。





──────────────────



 


 アルトの実家を訪ねると、病院に行っているとの事だった。

 そういや、あの日も誰かを見舞ってたとかエリスが言ってたな。


 病院に向かうまでの道を進んでいると、ちょうど反対側からアルトが歩いて来た。


 心の準備もなく出会い頭に遭遇してしまった!


 俺と同時にアルトも気が付いたようで、こちらへと駆け寄って来た。


「フェス⋯⋯!」


「よ、よお、アルト⋯⋯」


 色々考えていたが、何を、何から言えばいいか。

 俺が逡巡していると⋯⋯。


「フェス、ごめん!」


 アルトが突然謝罪とともに頭を下げてきた。


「⋯⋯へっ?」


 何か言われるとは思っていたが、さすがにこれは予想外だ。


「ちょ、いきなりなんだよ、頭なんか下げるなよ」


 思わずいつもの──昔のノリで言ってしまう。

 アルトは俺の言葉に頭を上げた。


 ⋯⋯泣きそうな顔をしていた。


「だ、だってフェス⋯⋯僕のせいで、トーナメントを棄権なんて真似を⋯⋯」


 ⋯⋯⋯⋯ん?


「えっと、話が見えないんだが」


 俺が今の心境をそのまま口にすると──アルトは泣きそうだった表情を呆れたような、それでいて笑顔を浮かべた。


「⋯⋯本当にフェスは変わらないね」


「いや、本当に⋯⋯」


「もう、いいから。僕は全部知ってるだよ? フェス」


「何をだよ」


「君はあの日⋯⋯僕と入れ違いで病院でマージに出会った、そうだね?」


「マージ?」


「いいよ、とぼけなくて。本人から聞いたんだ、君に負けちまえって言ったってね」


 ⋯⋯あ。

 今の今まで忘れてたけど、そんな奴いたな。

 あの時は少し腹も立ったが⋯⋯。


「それで君は知ってしまった。マージと僕の約束を」


「約束? 何の⋯⋯」


「君の事だから、ひさしぶりに会った時の僕の様子がおかしいと思って、色々調べたんだろ?」


 ⋯⋯そう言えばアルトは俺に会った時、何か言いたそうにしていた。

 それも、今の今まで忘れてたけど⋯⋯。


「そして君は知ってしまった⋯⋯僕が優勝したら、マージは手術を受けるって約束した事を、ね」


「知らん知らん知らん知らんッ!」


「とぼけなくていいって。成功率は低くないけど、マージはなかなか決断できなかった、だけど今回僕が優勝した事で、無事手術を受けて成功したよ」


「⋯⋯まあ、それは、良かった、な?」


「うん⋯⋯全部君のおかげだ」


「いや、だから俺は何も⋯⋯」


「君は恐らくこう考えたんだろう? 一試合でも出て君の剣を僕が見れば、お互いの実力差がわかる。それでもし決勝で手を抜けば、流石にバレる⋯⋯だからフェス、君は強さを見せないために、一回戦棄権負けなんていう不名誉を敢えて背負ってくれた⋯⋯そうだね?」


 アルトはどやっ! と聞こえて来そうなほどビシッと俺を指差した。


「ぜんっぜんちがーう!」


 俺はその『どや指』を思わず掴んで叫んだ。

 アルトはしばらくきょとんとしていたが、しばらくしてふっと笑みを浮かべた。


「まあ、流石に、そうだよね」


「そうそう⋯⋯」


「君なら⋯⋯そう言うよね!」




 ⋯⋯この指へし折って、目を覚まさせてやろうか!


 

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