第4話 引きこもり
「おにいちゃーん、そろそろ出てきなよー」
部屋の前からエリスに呼ばれるが、出る気はしない。
俺が一回戦負けしてから、1カ月。
大会はあの後アルトが優勝した⋯⋯らしい。
俺がトイレから出た時には、もう呼び出しに来た案内人もいなかった。
一回戦棄権負けという大会史上初の行為に、俺はいたたまれなくなり、そのまま家に帰ってこの引きこもり生活だ。
夜みんなが寝静まったらコッソリ部屋を出て、庭で体を洗う生活。
家の敷地からは一切外に出ていない。
世間の目も気になるが、何よりアルトに合わせる顔がない。
決勝で会おうと約束したのに、一回戦負け。
しかもその約束は、子供の頃に俺がアルトに半ば押し付けたものなのだ。
師匠だって、俺に恥をかかせやがってと思っているだろう。
はぁ⋯⋯死にたい。
「もう、いい加減にしなよ! 今日はご飯置いてかないからね!」
最初は優しかったエリスも、最近は苛立ちを隠せないようだ。
駄目な兄ですまん⋯⋯。
ややあって、足音が遠ざかっていく。
完全に気配が消えたところで、俺はそっとドアを開けた。
いつもは部屋の前に食事が置かれていたが、今日は宣言通り飯抜きのようだ。
いいんだ、俺なんて。
このまま餓死してしまえば⋯⋯。
ベッドに戻り、横になる。
⋯⋯ぐぅぅぅ。
腹減ったなぁ。
そりゃ、俺みたいな駄目人間でも、生きてりゃ腹は減るんだよな。
エリスもいないし、部屋から出て食い物探すか。
台所を物色するも、ろくな食い物が無い。
まあ、夜になればエリスが用意してくれるだろう、それまで我慢⋯⋯。
ぐぐぐぐぐぅー。
腹の虫が凄い⋯⋯。
無理だ、俺みたいな大食漢がこの状態で夜まで過ごせるハズが無い。
これもエリスの作戦か。
いよいよ本気って奴だ。
仕方ないか⋯⋯いつまでも引きこもっていられないし。
まずは外で腹拵えといこう。
それにこの一カ月ずっと考えていたが⋯⋯仕事も探さないと。
今までは剣術大会で優勝とはいわずとも、それなりの結果を出して剣を教える仕事にでも就ければいいな、なんて考えてたが⋯⋯。
史上初の一回戦不戦敗じゃあ、その道も途絶えたも同然だ。
剣の道は諦めて、普通の仕事を探さないと。
幸い体力には自信があるし、選ばなけりゃ何とでもなるだろう。
今まで俺のわがままを聞いて、支援してくれた両親には悪いが、そろそろちゃんとしないとな。
⋯⋯その前に、アルトにも話さないと。
約束を破ってごめんって。
まあ、何にせよまずは飯を食いに行くか⋯⋯。
──────────────────
人目を避けるため、フード付きのマントを被って家を出た。
あまり知り合いと合わなそうな店を選び、はいった。
給仕と目を合わさないようにしながら、一番安い定食を注文し、提供されるのを待っていると⋯⋯。
「しかし剣術大会凄かったよなぁ!」
別の三人組が座る席から、聞きたくない話題が飛んで来た。
「ああアルト様の剣捌き、ありゃあ今まで色々なチャンピオンを見てきたけど、歴代でもトップクラスだぜ!」
「そりゃそうよ、なんたって留学先では、あのギルモアに剣を習っていたらしいじゃねぇか!」
「なに、そうなのか!」
「お前そんな事も知らねえのかよ!」
昼間から酒を飲み、ワイワイと語っている。
まあ、剣術大会はこの街一番の娯楽だ、俺も普段は話題にする事は多いが⋯⋯。
「それに引き換え、今回は史上初の一回戦棄権負けなんて出るしよぉ! 傑作だな!」
ビクッ。
俺の事が話題に上り、思わず身体が硬直した。
このあと、三人にからかわれるのか⋯⋯。
聞きたくない、と思っていたが。
なぜか他の二人は男の話題に続くことはなかった。
チラッと盗み見ると、それまでとは違った雰囲気で、真剣な表情のようだ。
そのうち一人が、溜め息をついた。
「ホント、お前何も知らないんだな⋯⋯」
「えっ、何が?」
「今回の大会はな⋯⋯アイツが実質的な優勝者なんだよ」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ?
ど、どういう事だ!?
「どういうことだよ」
俺の心の声を、さっきまで俺をバカにするような事を言ってた奴が口にした。
今は彼を応援したい。
頑張って聞き出してくれ!
彼の疑問に、事情を知っていそうな男が話し始めた。
「いいか、実はあのフェスって奴⋯⋯妹を人質に取られてたなんて噂があるんだよ⋯⋯」
エリスが!?
元気に働いてたけど!?
「マジかい⋯⋯?」
「いや、確証はねぇんだけどよ。アイツの妹が会場にいなかった、って話があってな。大会に身内が出るのに見に来ない⋯⋯この街で有り得るか? そんな事?」
しばらく沈黙したあと、男は答えた。
「そりゃ、絶対ねぇって言い切れるな」
「だろ?」
あるよ!
なんなら両親も仕事で来なかったよ!
「いや、それは俺が聞いた話とちょっと違うな」
三人のうち、残り一人が訂正した。
「アイツの一回戦の相手が、ヤバい筋から金を借りててな⋯⋯その返済の為に、自分自身の一回戦突破に金を賭けてたらしいぜ?」
あ、あの時の坊主の親父!?
やっぱり一回戦の相手、そうだったのか!
「それで事情を知ったアイツが『俺はいつでも優勝なんて出来るから、心配すんな!』つって、その子供に約束したって話だぜ」
してない!
「だけどよ、そりゃ八百長じゃねぇか?」
「バッカ、だからすげえんじゃねぇか。お前、出来るか? 一年に一度の大会で、史上初の棄権負けなんて真似⋯⋯少々小銭積まれたって割に合わねえだろ?」
「いや⋯⋯そりゃ、出来ねぇけどよ」
「だろ? 普通ならそんな負け方しようモンなら、恥ずかしくてこの街を出て行くレベルだ。そんな不名誉をあっさりと受け入れる⋯⋯これに対する答えは一つだ」
「な、なんだよ、その答えって」
俺も知りたい!
教えてくれ!
連れの質問に、男はニヤリと笑いながら答えた。
「優勝なんていつでもできるって自信さ」
無い!
そんな自信ない!
ゼロ!
「まあ、そうとしか思えないわな⋯⋯」
男が深刻そうに呟いたその時、彼らの席に店主が料理を運んで来た。
「いやいや、お前ら全然分かってねぇな」
給仕しながら、訳知り顔で店主は言った。
自説を否定された男が、面白く無さそうに聞いた。
「なんだよマスター、俺たちが間違えてるって」
男の問いに、料理を置き終わった店主が立ち去る事なく応える。
「この噂の出所はな、優勝したアルト氏だよ」
えっ?
アルトが⋯⋯?
「方々で、『僕はフェスに勝ちを譲られた⋯⋯情けない』ってこぼしてるらしいぜ? お前等の話ってのはそこから出た尾鰭はひれだよ」
アルトがそんな事を?
何故だ?
「お待たせしました!」
隣のテーブルに聞き耳を立てている間に、俺の席にも料理が運ばれてきた。
よし、急いで食べて、アルトに会いにいこう。
事情を知りたいし、なにより約束を破った事を謝らないと⋯⋯。
俺が食事をかきこんでると、隣のテーブルから再び声が聞こえた。
「いや、色々説明されて確かにって思ったけどよぉ、それでもまだ、お前等が勘違いしてるだけじゃねぇかって気持ちがあるんだが」
負け惜しみのような心境なのか、単なる不信なのか、何も知らなかったらしい男が言った。
うん、あなたが正解です、と伝えたい。
「まーだそんな事言ってるのか、じゃあお前を納得させる最後の事実を教えてやるよ」
向かいの男が、自信有り気に答えた。
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