第3話 史上初! 一回戦不戦敗!
いよいよ一回戦。
東の組み合わせが発表され、選手達の顔通しが行われた。
東の参加者に知り合いはいなかったが、俺の一回戦の相手は⋯⋯なんかしょぼくれたオッサンだった。
ハッキリ言って弱そう⋯⋯。
さっきの少年⋯⋯アイツの親父さんが東じゃないことを祈る。
俺が知らないところで、ひっそりと負けてくれ。
その後、それぞれに用意された控え室へ。
試合前の待機時間中、俺は神官たちの訪問を受けていた。
神官長が長々と大会の趣旨を語る。
神が偉大でどーたら、教会は立派でこーたらと、興味の無い話題が止まらない。
大会はただ強さを競うだけでなく、王と神殿へ自らの剣技を奉納する意味合いを兼ねている。
なので面倒だが、こういった宗教的儀式は避けて通れないのだ。
話が一段落し、神官長は下位の神官から杯を受け取った。
そこに神官長自らが聖水を注ぎ、俺に渡して来る。
聖水を受け取り、俺が飲み干すと、神官長がこちらに手をかざしながら祈りを捧げた。
「では、御武運を祈ります」
「はい、ありがとうございます」
俺の返事に頷くと神官たちは退出した。
毎試合これだと面倒だが、この儀式も一回戦だけらしい。
さて、試合前に集中でも⋯⋯と考えていると、ドアがノックされた。
神官も出て行ったし、このあと試合まで来客は無いはずだが⋯⋯?
「はい? 開いてるよ」
俺の返事に、一人の男が挨拶も無く入ってくる。
男はそのまま立っていたが、俺が何も話さないのを見て、イライラした様子で切り出した。
「よぉ、フェス。久しぶりだな?」
見覚えの無い男が、馴れ馴れしく俺を呼んだ。
「えっと⋯⋯誰?」
俺の返事に、男は不機嫌そうに眉をしかめると、忌々しげに言葉を吐いた。
「はっ。あっさり倒した相手なんて記憶にないってか。五年前、お前にボコボコにされたジェダだ」
ジェダ⋯⋯?
あ、あーっ!
「おお、ジェダか! 久しぶりだな! 少年の部で確かにやったやった!」
少年の部はトーナメント形式ではなく、一試合ずつ戦う、優勝者を決めない試合だ。
師匠に言われて参加した記憶がある。
「ふん、ようやく思い出したか」
「すまんすまん! で、何、お前も今日大会に出るのか?」
俺の質問に、先ほど以上に不機嫌そうにジェダが言った。
「組み合わせ表をちゃんと見て無いのか? 順当に行けば二回戦、お前の相手は俺だ!」
「あっ、そうなの? よろしくな!」
「くっ⋯⋯」
五年前の試合はあまり覚えていないが、あっさり倒した気がする。
もちろんこの五年で、ジェダがとてつもなく上達している可能性があるので油断は厳禁だが、それでも少し緊張が解ける。
一度植え付けられた敗北感ってのは、なかなか厄介だからな。
俺の様子が気に入らなかったのだろう、ジェダは背を向けた。
「五年前の俺とは違うって所、見せてやるぜ。一回戦で負けたりすんなよな!」
それだけ言ってジェダは出て行った。
⋯⋯何しに来たんだ?
まあ、いいや。
改めて集中し直そうと、剣の型でも確認しようと思った時⋯⋯。
コンコン。
ジェダと入れ替わるように、再びドアがノックされた。
「はーい」
「あ、フェスさん。そろそろ出番です」
「はーい!」
試合会場までの案内人の呼び出しに、元気に返事はしたものの、いよいよ本場か⋯⋯。
一回戦はしょぼくれたオッサンが相手とは言え、油断禁物。
でもなぁ。
もし、アイツの親父だったら、夢見悪いなぁ。
変なプレッシャーがかかってるな、俺⋯⋯。
でもさすがに負けてやろうなどという、慈悲は掛けられない。
どんな相手だろうが、俺は全力を尽くすだけだ。
優勝は無理でも、せめて決勝には行かなければアルトに合わせる顔が無い。
ぶっちゃけ、アルトが途中で負けてくれたら俺の肩の荷も下りる⋯⋯いや、そんな考えは良くないな。
しょうもない事を色々考えながら、試合会場までの通路を歩く。
──と。
ギュルルルル!
俺の腹が突然痛みを発した。
「痛ててててっ! なんだこれッ!」
緊張のせいだろうか?
俺って実は繊細なのか!?
「すみません、ちょっと腹痛がががが」
「ちょ⋯⋯早く、早く済ませてください!」
「は、はい!」
そのままトイレに駆け込む。
何とか間にあった⋯⋯は良かったが。
腹痛は治まらない。
試合前に腹を壊すなんて⋯⋯まさか俺に、そんな繊細さが備わっていたとは⋯⋯油断した。
変なモン食ったおぼえも⋯⋯いや、屋台で食った串焼きか!?
「フェスさん! 何をしているんですか! これ以上待てませんよ!」
ドアがガンガンノックされるが、俺の放出は止まらない⋯⋯。
──そのまま腹痛が治まらず⋯⋯俺は大会史上初となる、一回戦不戦敗となってしまった。
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