第2話 お前なんか負けちゃえ

 妹が勤める病院は街一番の大きさだ。

 ちょっとした砦くらいの大きさがある。

 病院長はこの国に「薬学」を普及させた有名人で、国からの支援も厚い──と、ここに勤める妹に講義された。


 いつもは診察待ちや、面会の手続きのために人が多い待合室も、今日は閑散としていた。

 年に一度の祭りの日、みな病院どころでは無いのだろう。

 祭が人を元気にしている、というのは何か示唆に富んでいる気がしなくもない。

 結局のところ、人間には娯楽こそが良薬なのだろう。

 


 哲学者を気取りながら歩いていると、程なく妹は見つかった。


「よ、エリス」


「あ、お兄ちゃん。さっきアルトさん来たよ?」


「何だと! 俺より先にお前に会いにきたのか!」


「ち、違うよ、偶然! お見舞いだったみたい」


「それにかこつけて、お前に会いに来たに決まってるだろ?」


「もう、からかわないで!」


 なんだ、もう会っているならわざわざ来る必要は無かったな。


 幼少期から、二人が互いを憎からず思っているのは気付いていた。

 だが、アルトは貴族、俺や妹は庶民。

 精々こうやってからかうのが関の山、二人がくっ付く事なんて無いだろう。


「はは、悪い悪い。試合前の緊張をほぐしたくてな。なんせ夢の舞台だ」


「もう。そう言えば私が許すと思ってるんだから⋯⋯」


「しかし見舞いって⋯⋯誰を?」


「親戚がずっと入院してるんだって」


「ふーん」


「でもアルトさんスッゴくカッコ良くなっててビックリしちゃった。背も伸びてお兄ちゃんと変わらないくらいだったし」


「ああ、そうだな。⋯⋯で、どっちを応援する?」


「そりゃあ流石に? お兄ちゃんよ。二人とも応援するけど」


「ありがとうよ。まあ、見に来れない分、俺の優勝でも祈っててくれ」


「うん。怪我しないでね」


「おお、俺を心配してくれるなんて嬉しいね」


「仕事増やして欲しく無いだけよ。じゃあ私、そろそろ行かないと」


「はいはい、ありがとうよ」


 軽口を叩き合い、手を振って別れる。

 アルトの事を教えてやろうと思って来たのだが、もう会っているならここに用は無い。


 俺が出口に向かって歩いていると⋯⋯。


「あんたがフェス⋯⋯さん?」


 後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、10歳くらいの少年だ。


「ああ、そうだが⋯⋯なんで俺の事を知ってるんだ?」


 俺は別に有名人って訳じゃないし⋯⋯不思議だ。


「さっき、エリスさんが『お兄ちゃん』って呼んでたからそうかなって」


「ああ、なるほど⋯⋯で、何か用か?」


「大会に出るんだよね?」


「⋯⋯? ああ、そうだけど」


 俺が答えると、少年はしばらく睨み付けるような視線を飛ばしてきたあとで叫んだ。


「お前なんか、負けちゃえ!」


 少年クソガキはそのまま、背を向けて走り去った。

 しばらくその背をポカンと眺めていたが、しばらくして沸々と怒りがこみ上げた。


「はぁああああ? なんだあのガキ!」


 なんで知りもしない奴にそんな事言われなきゃならんのだ!

 元々自信が揺らいでいる所に⋯⋯。


「あーあ、来るんじゃ無かった⋯⋯」


 俺はそのまま病院を去った。



────────────────



 再び会場付近まで戻る。

 人の賑わいを当てにして、周辺には様々な屋台が出店している。


 これだけ人がいるのは、普段なかなか見れない光景だ。

 だが、それは多くの人が俺の試合を見る、という事でもあるわけで。

 ⋯⋯緊張するなぁ。

 なんか少し腹に入れるか。


 屋台を物色していると⋯⋯。


「はっ! お前の父ちゃんが勝てるわけねーだろ!」


「そうだそうだ! 身の程知らず親子!」


 子供たちが騒ぐ声が聞こえた。

 声のする方向を見ると、子供が三人。


 普通の少年二人と、少しみすぼらしい格好をした少年の計三人のようだ。


 父親の事を言われているのは、このみすぼらしい少年のようで、二人の罵倒に口を引き結び耐えている。


 ⋯⋯仕方ないな。


「おーい、イジメはやめろよー」


 俺が声を掛けると、普通側の少年がちょっとビビりながらも強がった様子で言ってきた。


「な、なんだよオッサン、関係無いだろ⋯⋯?」


 お、オッサン⋯⋯だと⋯⋯?

 老け顔だとは言われるが、見ず知らずの子供に言われるのはちょっとショックだ。

 まあいいや、悪ガキなんてこんなもんだ。


「ボウズ⋯⋯オッサンはな、イジメが嫌いなんだ。イジメっ子にはゲンコツする事にしてるんだが⋯⋯」


 言いながら拳を固め、見せ付ける。


「さて、イジメを止めるのとゲンコツ、どっちがいい?」


 言いながら、右の拳を左手のひらへと叩きつけた。

 パーンと、かなり大きな音が鳴り響く。

 イジメていた少年二人は顔を真っ青にした。


「ごごごごめんなさい、お兄さん! もうしません!」


「うん、もうするなよ? オッサンお前等の顔覚えたからな?」


「は、はい!」


 二人はそそくさと立ち去る。

 俺は残された少年に声を掛けた。


「大丈夫だったか?」


「はい、ありがとうございます⋯⋯」


「⋯⋯元気ねぇなあ、よし俺と何か食おうぜ」


「えっ、あっ」


 少年の許可も得ず、手を取ってひっぱる。

 そのまま屋台へ行き、串焼きを二本買った。


 木陰に座り、二人で食べながら話す。


「しかし、なんでイジメられてたんだ?」


「うち、貧乏だし⋯⋯」


「うちだってそうだぜ? でも俺は何か言ってくる奴はぶっ飛ばしてたぞ?」


「それは、お兄さんは強いから⋯⋯剣も持ってるし、今日の大会に出るんでしょ?」


「さっき聞こえて来た話だと、お前の父ちゃんも出るんだろ?」


「うん⋯⋯でも父さんは全然強くないよ、剣なんて使った事も無い」


「⋯⋯じゃあ、なんで?」


「お父さん、悪い奴に騙されて借金があって⋯⋯大会は賭けがあるでしょ? それで父さんはお金をかき集めて、自分の一回戦勝ちに⋯⋯」


「ストップ! ストーップ!」


「えっ?」


 アブねー。

 これ、絶対この先聞いちゃいけない奴だ。


 こういうのって、コイツの親父が俺の一回戦の相手だったりするんだ。

 やだよ、そんな気まずい思いすんの⋯⋯。


 名前とか人相、絶対聞いちゃならん!

 聞いちゃったら俺はもう戦えない、この少年や親父さんにトドメを刺すような真似はごめんだ!


「お前の親父、一回戦勝てるといいな! じゃあ俺はこれで!」


 ポカンとした少年を置いて、俺はそそくさと立ち去った。






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