「決勝で会おうぜ!」と約束したのに1回戦で敗退した俺。いつの間にか「真の優勝者はアイツ」みたいな扱いをされてしまう~待って待たれてまた待って~

長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中

第1話 フェスとアルト


 『史上最強のチャンピオン』と名高いヴァベルザイツは、第三十四回大会から第三十六回大会に渡り三連覇を成し遂げた。

 ヴァベルザイツの連覇を止めたのは、彼と常に決勝を争ったギルモアだ。

 ヴァベルザイツは対戦する事四回目にして初の敗北を喫し、それを機に大会からの引退を宣言。

 ギルモアは翌年二連覇を成し遂げたが、その時に残した言葉は多くの人々に感銘を与えた。


『やはりヴァベルザイツのいない大会に出る意味は薄い。去年は幸運を拾ったが、彼のいない大会で三連覇を成し遂げた所で、それは空き巣のようなものだ。彼の偉大な功績を汚す真似は出来ない』


 ギルモアはかく語り、同じく引退を宣言した。


 大会は一年に一度。

 今年で五十回目を迎える。


 優勝者として名を残すのは四十七名。

 連覇を成し遂げたのは、ヴァベルザイツとギルモアだけだ。


 だからこの国の少年達の多くは、偉大な二人の強さ、生き様が生み出す吸引力に抗えず、人生を引っ張られる者も現れる。


 例えば──まあ、俺とか。




──────────────────


「この日が来ちまったか⋯⋯」


 年に一度開かれる剣術大会。

 本来なら夢を叶える為に待ち望んだ舞台──と言いたい所だが、俺の気は重い。

 子供の頃から目指した場所への期待感が無いわけではないが、ここに来たのは半ば義務感──そんな会場前で、俺は人を待っている。

 思えば、いつもアイツを待っていた⋯⋯気がする。


 『待つ側』はいつも暇を持て余し、『待ち人アイツ』は常に忙しかった。

 ただ、そろそろやってくる事は間違いないはずだ。

 別に時間を約束していた訳ではない。

 大会受付の締め切りが迫っているってだけだ。

 アイツのエントリーがまだ済んでいないことは確認済み。

 ここで待っていれば、すれ違う心配をする必要は無いだろう。


 予想通り、それほど間を置かず待ち人が姿を見せる。

 待ち人──アルトは俺に気がつくと、大きく手を振った。


「フェス! 久しぶり!」


 五年ぶりに会う友人は見違えていた。

 早めに成長期を迎え、十五の頃には『オッサン』などと同級生から陰口を叩かれていた俺とは違い、アルトは五年前にようやく声変わりが終わったばかりだった。

 二人並べば『山賊と貴公子』などと揶揄されたもんだ。

 もちろん山賊が俺、貴公子がアルトだ。

 まあ実際、アルトは貴族の跡取りなので、間違っているのは俺の山賊だけなのだが。

 そんな貴公子殿は、かつては線が細く、どこか頼りなさを感じる事も多かった。

 それが今は、顔には面影こそあるものの、身体も二回りは大きくなり、がっしりとした体型になっている。

 留学先で揉まれ、相当鍛えられたのだろう。

 とは言え身長も体型も、ようやく俺と同じ程度になった、というだけだが。

 

 目の前まで来ると、彼は軽く拳を突き出してきた。


「おう、アルト。久しぶりだな」


 握手の代わりに、昔と同じく拳を合わせる。

 その手応えも五年前とは違い、がっしりとした重みを感じた。


「あ、フェス、その」


「思い出話も、土産話も、まずは受付を済ませてからだ」


「⋯⋯あ、そうだね!」


「俺は『東』だ」


 大会は『東』か『西』でエントリーする。

 そして決勝は『東』と『西』の勝者同士の争いだ。

 エントリーで分ければ、決勝まで出会わない。


「じゃあ僕は『西』だね」


 俺の言うことを素直に聞くその姿は、子供の頃から変わらぬアルトそのままだ。

 平民の俺と、貴族の子息であるアルト。

 本来なら逆の振る舞いをしそうなものだが、ガキ大将と子分という主従関係は今なお健在に見えた。


 アルトは受付を済ませると、戻ってきて俺を上から下へと、しげしげと眺めた。


「相変わらず、フェスは強そうだね」


「今はお前も変わらないよ。しかしデカくなったな」


「ははは⋯⋯かなり鍛えて貰ったからね。いつまでもフェスに負けてられないから、さ」


 控え目だが、その表情からは自信が滲み出ていた。

 俺は頷くと、あえて口元に笑みを浮かばせながら答えた。


「そうか。お前とやるのが楽しみだよ」


「だからフェス、僕は絶対負ける気は無いんだ、無いんだけど、その⋯⋯」


「⋯⋯?」


「いや、なんでもない。うん、楽しみだ。初めて──君に勝つのが」


 何かを言いかけたアルトの様子は気になったが、言いにくそうにしている事を無理やり聞こうとも思えず、俺は話を続けた。


「ふん、言うようになったな⋯⋯子供の頃からの約束、まだ覚えてるか?」


 まあ、確認するまでもなく忘れてはいないだろう。

 ⋯⋯正直な事を言えば、忘れてもらっていた方が気は楽だが。


「もちろんだよ。二人で、ヴァベルザイツとギルモアの伝説を塗り替える⋯⋯でしょ?」


 うん。

 やっぱり覚えてるよね。


「ああ。本当は戦う前に言葉を交わすつもりは無かったんだ。だけどお前が覚えているか確認したくてな」


「忘れる訳がないよ」


「ああ、そうだな」


 そのまま、どちらからともなく二人同時に拳を突き出し、再び軽く触れあわせた。


「じゃあ、アルト⋯⋯」


「うん、フェス⋯⋯」


「決勝で会おうぜ!」


「決勝で会おう!」


 拳は離れ、俺たち二人は互いに背を向け歩き出した。







 ──が。






 俺は五歩ほど歩いてから、素早く振り返った。

 もちろんこちらを振り返りなんてしないアルトの背を眺めると、小さくも鋭い呟きが意識せず漏れた。


「何なんアイツ! メッチャ強そうになってんじゃん!」


 子供の頃からアルトが留学するまで、俺は彼に一度も負けた事が無かった。

 実力は自分が数段上だ、と感じていた。

 ところが、だ。

 見ただけで、アルトが五年前とは比較にならない強さを手に入れた事はわかった。


 身体だけでなく、歩き方を見ればわかる。

 元々アルトはバランス感覚がよく、器用なタイプだった。

 そこにパワーが加わった、というのが、彼をひさしぶりに一見した俺の見立てだ。



 一方の俺はこの五年間、正直伸び悩みを感じていた。


 それは切磋琢磨する友人がいなくなった事で気が抜けた、と言えるが⋯⋯まあ、言い訳だ。


 師に言わせれば


『まあ、過去にはお前より弱い奴が優勝した事もあるし、組み合わせ次第でワンチャンあるかもね? って感じだ』


 と評価されていた。

 つまり、自分の事をとても優勝候補だとは思えない。

 アルトは留学中、師に紹介された人物の指導を受けたはずだ。

 そしてその背には、かつてのチャンピオンたちを見た時に俺が感じた、『王者の風格』が備わっていた。


「勝てる気がしない⋯⋯」


 だから師匠の評価は外れてるな、と思った。

 天を見上げ、しみじみと独白する。


「師匠、これたぶんワンチャンも無いですよ⋯⋯」


 だからと言って、逃げ出す訳にも行かないが。

 なんせ幼なじみとの約束。

 そしてこの約束は、半ば俺がアルトに押し付けたモノなのだ。

 それに応えようと頑張ったアイツに、格好悪いところは見せられない。


 ⋯⋯なんか、自分で掛けた呪いが跳ね返ってきたような心境だ。


「まあ、ここまで来たら、なるようにしかならないよなぁ。ジタバタしてもしょうがないし⋯⋯」


 試合までまだ時間はある。

 アルトの事を伝えるために、俺は妹に会いに行く事にした。


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