23.バレてるぞ。
柳生と会えたのは、田所の誕生日の前日だった。
今日は休みだったため、いつ柳生が来ても良いように、俺は家にいた。
「平日だから、今日は仕事かと思って、職場に行っちゃった」
「年末年始だからな」
「木津もすっかり社会人だね」
実感わかないや、なんて言われる。
こちらは社会人五年目だというのに、失礼な。
そんな軽口を、脳内で叩く。
そうでないと、実感がわかないのは、もう年を取ることがなくなってしまったからだと、その原因は俺だと、責められているように感じてしまうからだ。
たぶん、いや絶対、柳生はそういうつもりでは言っていない。
「柳生、この間会ったとき、田所を幸せにしたいって言ってただろ?」
柳生がこの世にいられるのは、明日までだ。
時間がもったいない。
単刀直入にいくことにする。
「言ったね。木津のことも幸せにしたいとも言った」
「柳生の幸せは、なんだ?」
俺の問いかけに、柳生が目を大きく見開く。
「僕の、幸せ?」
「そうだ、柳生自身の幸せだ」
柳生はしばらくポカンとしていたが、徐々にその口元が弧を描いていく。
「今更僕が幸せになっても、もう時間がそんなにないけど?」
それは、あまり見たことのない、自嘲するような笑みだった。
どこか、やけくそになっているようにも見える。
「なにか、あったのか?」
「……あった。でも、言えない」
踏み込んでいいのか、悪いのか。
少し悩んで、俺は、踏み込むことにした。
「田所のことか?」
「……言わないよ」
「そうなんだな」
「木津。しつこいのは嫌われるよ?」
「お前、今ので嫌いになってたら、思いっきり会話の距離を取るだろう」
「あー、もう! 知ったような口を聞いて! 僕の彼氏かなにかなわけ?」
「友人だろ」
「わかってるよ、ばか」
柳生はこれみよがしにため息を大きく吐くと、あぐらをかいて座卓に頬杖をついた。
わかりやすく、すねました、の姿にちょっと吹き出してしまう。
「笑うなよ」
「悪い」
「……人間関係では、僕、器用なほうだと思ってたんだけどなぁ」
唇を尖らせて、そのまま突っ伏す。
お手上げ。
そう聞こえた気がした。
俺との話ではなく、恐らくは田所との問題のことを言っているのだろう。
「お前は、一定の距離を保つのは得意なんだろうけど、身内だと思った相手に対しては、かなり不器用だと思うぞ」
「……木津に言われたくない」
「俺を比較対象にしたら、大抵の奴は器用だろ」
「意外と木津のほうが、変に壁作るくせがない分、僕よりも器用だよ」
「今のお前には、言えないことが多すぎるからだろ。もしも、これなら言っていいってものがあれば、全部ぶちまけてしまえよ。そのほうが楽になるかもしれないぞ?」
向かいに座りながら言えば、突っ伏していた頭がもぞもぞ動き、茶色い瞳がこちらを見上げる。
「……木津は、僕がどれだけずるくても、僕のことを嫌いにならない?」
「お前が犯罪を犯さない限りは、嫌いにならないさ」
「もう犯罪を犯しようがないよ、僕」
柳生は小さく笑うと、姿勢を正した。
つられて俺も、背筋を伸ばす。
「僕は、田所さんの秘密を知っている。その秘密に関することを、なんとかしたいと思ってる」
「なんとかできたら、田所は幸せになるのか」
柳生は悩む仕草を見せてから、口を開いた。
「今、その秘密の内容のせいで、田所さんは苦しんでいる。だから、それをなんとかできたら、苦しみが消えるはずなんだ」
「でも、それが上手くいかない、と」
うなずく柳生。
そして、不安気に上目遣いで俺を見た。
「……嫌じゃない?」
問われた言葉の意味がわからず、ぽかんとする。
「なにがだ?」
「自分の好きな人の秘密を、他人が知ってるの」
「別に」
そこまで言って、この間写真を見返したときに気づいたことを思い出す。
「なんなら、柳生が田所のことを好きだと知っても、お前を嫌いにならねぇよ」
「……え」
こちらを上目遣いで伺っていた柳生が、物の見事にそのまま固まった。
当たっていた。
そしてどうやら、俺にはバレてないと思っていたらしい。
だいぶ鈍感だと思われていたようだ。
「俺だって、歳重ねているし、流石に気づく」
「……ごめん」
漫画だったら、シュン、という効果音がつくだろう。
そう思うくらいの勢いで、申し訳なさそうに柳生はうつむいた。
「謝ることじゃないだろ。一緒に暮らしているのだって、必要だからで、出し抜いてやろうとか、そういう気持ちではないだろ。……別に、そういう気持ちがあっても、俺は受け入れるつもりでいるが」
「……心広すぎ。利用されないか心配になる」
本当にごめん。
そう、柳生はまた謝る。
このままこの話をしていても、柳生がずっと謝り続けるだけで時間が過ぎていくだろう。
だから俺は、話を戻すことにした。
「で、田所の苦しみを消すために、柳生がやったことは、なんだったんだ?」
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