百歳以上

「柳生くん、一緒に写真、撮らない?」


 それは、単なる思いつきだった。

 昨日、柳生くんの笑顔を忘れませんようにと祈った。

 今日、仕事をしていて思ったのだ。

 写真を撮ればいいじゃないか、と。

 だから帰宅後、スマホを手に、柳生くんにそう言ったのだ。


「ごめん、写真はちょっと……」


 思いつきではあったけど、断られるとは思わなかったので、え、と間抜けな声が出る。

 柳生くんは本当に申し訳なさそうに、眉尻を下げてこちらを見ていた。


「柳生くん、写真苦手だったっけ」

「うん、そう。なんというか、苦手になった、かな」

「そっか、そうなんだ」


 両手でスマホを握りしめたままうつむく。


「なぁに、僕の写真撮ってどうするつもりだったの」

「どうする訳でもないけど……会えなくなるって言ってたから、柳生くんの笑顔、忘れないようにって思って」


 授業でしか関わりがなかったからかもしれないけれど、十年経った今、中村先生の顔がもう、よく思い出せない。

 どれだけ親しかったとしても、いつか柳生くんの顔も忘れてしまうかもしれないのだ。


「本当に、会えなくなっちゃう? 数年に一度でも厳しい感じなの?」


 顔を上げて問えば、うーん、と柳生くんが目をさ迷わせる。


「そうだね、数年に一度でも厳しいかな」

「……そっか」


 またうつむいてしまう。

 顔だけじゃない。

 声だって、思い出だって、いつかは消えてしまう。


「絶対会えないわけじゃないよ。きっと」

「きっと?」


 柳生くんはうなずくと、言葉を探すように目を動かしながら続ける。


「でも出来るなら、何十年もあとに会いたいかな」

「何十年もあと」

「……そうだ、じゃあ、百歳。百歳以上生きて」

「ひゃく……百!?」


 自分が百歳まで生きている様子を想像することが出来なくて、思わず大声を出したら、柳生くんが吹き出した。

 だって、あと三年と数日で三十になるのに、まだ不安定なのだ。

 百年も生きていられるのだろうか。


「百年以上生きて、生きられるだけ生きて、で、満足したら、会いに来てよ。思い出話、沢山聞けるの待ってる」

「生きるだけ生きてから会いに行くって、まるで柳生くんが……」


 死んでしまうみたいだ。


 言いかけて、血の気が引く。


「不治の病、とか……?」

「え、誰が?」

「柳生くんが」

「ないない」


 ケラケラと笑う柳生くんに、思わずむぅっと頬を膨らませてしまう。


「笑わないでよ」

「ごめん、つい」


 大丈夫だよ。

 そう、柳生くんが言う。


「これから死ぬとか、そういうわけではないからさ」

「そっか。それならよかった」


 ほっと息を吐く。

 同時に、縁起でもないことを考え、言ってしまったことに、少しだけ申し訳なくなった。


「百歳まで生きられるかな」

「案外秒かもよ?」

「だったらいいなあ」

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