第43話 現在編パート8 言葉にできなかった思い その2

「あっ…ここが…」

校内に入ると、真っ先に家庭科室へ。

「確か…カギは閉まってるはずなんだけど…」

そう言いつつも、扉を開けようとすると…。

ガラガラと音を立てて、開いた。

「あれ…開いてる…」

「神様が私に味方してくれたのかな…?」

「まぁ、散々振り回されてるけど…」

「そう…だよね……」

余計なことを言ってしまっただろうか?

明らかに表情を暗くする撫子。

しかし、俺は何も謝罪はせずに中へと入る。

いや、やっぱり謝っておこう。

「ごめん…」

家庭科室の中に入るなり、俺はすぐさま謝罪の言葉を口にする。

「え?」

「さっき余計なこと言ったから…」

「う、ううん! べ、別に気にしてないから大丈夫だよ!」

こういう時の彼女は、間違いなく気にしている。

なんか悪いことしたな…。

「と、とりあえず、少し話さない?」

話題を切り替えるように、そう言って椅子に座る撫子。

俺はそんな撫子と向かい合うようにして椅子に座る。

この景色…何だか、懐かしいような…。

それでいて、ずっと見ていたような…。

そんな不思議な感じがした。

「えっと…今日はこれを露草くんに…」

撫子は早速、鞄から一冊のノートを取り出して、俺に渡す。

「これ…」

「私が…書いた日記だよ…」

ページは全てが埋まっていて、一ページ、一ページ、びっしりと内容が書かれていた。

そして、パラパラと流し見をして気がつく…。

「……そういう…ことか……」

「う、うん…この日記、露草くんとの思い出しか書かれてないんだよ…?」

何気ない日常の一コマ。

ただ一緒に帰っただけ。

ただ一緒に勉強しただけ。

ただ一緒にお昼ご飯を食べただけ。

そんな何でもないような、ただの日常。

他の人からすれば、きっと取るに足らない、つまらないものなんだと思う。

だけど…そこにあったのは…間違いなく……


鴇羽と俺の…大切な思い出だった。



〇月◇日。


今日は初めて露草くんとお昼を一緒に食べました。

家庭科室に着くなり、露草くんがいきなり「結婚したい」なんて言い出すから、私はすっごく困りました。

もちろん、嬉しすぎて、困ったのです。

でも、その後、冗談だったと言い出して、ショックを受けました。

私…冗談でプロポーズされるみたいです…。

うぅ…やっぱり私のこと、異性としては見てくれてないのかな?

普通に仲の良い友達…みたいな…。

あっ、でも連絡先を交換することができました。

念願の露草くんの連絡を手に入れられて、すっごく嬉しいです。

しかも、その後、私のお弁当を食べてくれました。

さ、流石に桜でんぶのハートが描かれたご飯とか、あ~んして食べさせたりとか…ちょっとやりすぎたかなって反省はしてます。

露草くんは優しいから、断らなかったけど。

やっぱり好きでもない女の子にこんなことされるのは、嫌だったかな…。

次からはもうちょっと、自分の気持ちを抑えようと思いました。

なんて思いつつも、露草くんと過ごす時間は幸せすぎて、抑えられない気がします。

今日もただ一緒にお昼ご飯を食べただけなのに、すっごく幸せでした。


「このまま時間が止まればいいのに…」

と口にしてしまうぐらいです。

聞かれて…ないよね?

小さな声で言ったから、多分、聞こえてないと思うけど…。

も、もし聞かれてたら…どうしよう…。



「……ははっ、なんだ…俺と…全く同じこと…を……」

笑みが零れたかと思えば、今度は涙が溢れてきた。

「あっ…露草…くん……」

泣き出した俺を見て、心配そうに声をかけてくる撫子。

「ご、ごめん…き、気にしないで…本当、最近涙もろいな…俺……こんなのばっかだよ…」

次へ次へと、俺は日記のページを読み進める。

「………ぐすっ…」

涙がぽたぽたと日記に何度も零れ、鴇羽の書いた文字が滲む。

だけど、俺の滲んだ視界では、全部の文字が、ぼやけて見えた。

一ページ、一ページめくるたびに、涙がどんどん溢れる。

もう二度と会えなくなってしまった。

いなくなってしまった。


そこに彼女はいないはずなのに。

ずっといたような…不思議な感覚。


気がつくと、日記は最後のページにたどり着いていた。



〇月◇日。


今日は悲しいことがありました。

露草くんに嫌な思いをさせてしまったかもしれません。

明らかに様子が変わったのは、私が好きな人の話をしたからだと思います。

露草くんのことが好きです。

なんて、この日記に書いても意味ないのは分かっています。

いつかちゃんと言葉にして伝えたいです。

でも…その前に、今日の理由をちゃんと聞かないと…。

きっと私が何かしてしまったから…。

正直、どうすればいいのか分かりません。

でも、次会う時は、しっかりといつも関係に戻れるといいなって…。

例え、私の恋が実らなくても…


露草くんとずっと一緒にいたいです。


馬鹿…だよね…。

実らなかったら、ずっと一緒にいれるわけないのに…。


もう一度、書きます。


露草くんが好きです。



「…ごめ…ん…俺が…ちゃんと…言葉にしていたら…伝えられていれば…」

まるでその日記が彼女だと言わんばかりに、俺は日記へと語りかけていた。

よく見ると、このページは俺が涙を零すよりも前に、文字が滲んでいた。

その答えはあまりにも簡単なことだった。

「…俺……最低だ…好きな子を…泣かせる…なんて…」

「露草くん…」

読み終えた日記を閉じて、俺は撫子に返そうとする。

すると、撫子は首を横に振った。

「ううん。それは私が持ってるよりも、きっと露草くんが持ってる方がいいよ」

「そう…か…」

「うん…」

「分かった…」

ギュッと大切に胸に抱え込む。

まるで鴇羽を抱きしめるように。

「ははっ…ごめんキモいよね…日記を抱きしめるとか、本当どうかしてるみたいだ……」

茶化しながら笑う俺に、真剣な眼差しで撫子は言った。

「ううん。全然、キモくなんかないよ……」

「そう言ってくれると、少し心が和らぐよ…ありがとう…」

「うん…」

目の前にいるのは、彼女なはずなのに。

彼女は絶対に目の前に現れることはない。

そんな矛盾も…いつかは上手く飲み込めるのだろうか…。

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